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パーティは終わらない

迂闊だった。

声を掛けられ、振り向くよりも早く殴られた。


俺はただ逃げ出した恋ヶ窪さんの後を追っていただけだった。

相手は俺が持っていた生徒手帳から、すっかり俺を恋ヶ窪さんだと思い込んでいた。


恋ヶ窪 綾糸。


ロマンチックな名前だ。

恋ヶ窪という苗字だからか、綾糸がまるで赤い糸のように思える。

本人はこの名前が好きではないようだが、俺は良い名前だと思う。

ただ、読みがリョウジなのは……男と間違えられても仕方がない。


恋ヶ窪さんは生徒手帳の顔写真のところに何故か猫の写真を貼っていた。

お陰で俺が恋ヶ窪さんではないとバレていない。


「おめえみてえなヒョロっちい奴が拝島遥を締められると思えねえけどなあ。

世の中わかんねえな。」


茶髪のツンツン頭の男が俺の髪を掴む。

八坂、とか言ったか。何が目的なんだろうか。


俺は手も足も縛られ、地面に転がされた状態だ。

後ろには八坂の仲間が数人いる。

……困った。このままだと何されても抵抗できない。


「……何がしたい?」


「おめえをブッ倒せばよ、俺はここら一帯のトップになれるって訳よ。

ついでだからおめえの仲間もぶっ潰してやっからな。」


「俺に仲間なんかいない。」


「ハ、よく言うぜ。

千川と仲良くしてんの見たことあるからな。」


「……たまたま、話ししてただけだよ。」


本当に、俺に仲間なんていない。

……恋ヶ窪さんに逃げられた今、俺を助けてくれる人はいない。

ただ八坂と一緒に朝を迎えることになるだけだ。


「拝島くんは……番長だったんだね。」


「ああ。ったく、あいつがここらのイキってる奴締めたせいでつまんねえことつまんねえこと。

ゲーセンでカツアゲしてただけでブン殴ってくる。ちょっとタカったらボコボコにしてきやがって。

お陰で誰もなんもしやがらねえ。つまんねえよ。」


拝島くんも良いところあるんだな。少し意外だ。

田無さん以外興味がなさそうなのに。


「……俺は関係ないよね?」


「関係ねえことねえだろ。

恋ヶ窪、お前は拝島ノしたんだ。」


「あれはたまたま……喧嘩とかじゃない。

俺はトップでもなんでもない。離してくれないかな。」


「んな話信じられっかよ。

……そろそろ約束の時間だな。」


八坂は公園の入り口を見つめた。

残念。誰も来ない……はずだった。


バタバタと駆ける音がして顔を見上げる。

……あれは秋津くん?後ろにいるのは千川くんだ。その横に拝島くんもいる。


「……なんで?」


「やっぱ来たじゃねえか。

しかも拝島もいやがる……ん……?」


駆ける音は止まらない。

拝島くんの後ろに清瀬さん、小平さん、鷺ノ宮さん、田無さん、少し遅れて朝霞さん……そして。


恋ヶ窪さん。


彼女はゼエゼエ言いながら駆けていた。

やがて俺を見つけると「光ヶ丘くん!」と叫び声を上げて寄ってきた。


なんで、彼女までもが来たんだ。

俺は……俺はあんな脅すような真似をしたのに。


「光ヶ丘くん!大丈夫!?」


「どうしてここに……。」


「光ヶ丘くんを助けに来たの。」


恋ヶ窪さんは俺の元に跪くとぎゅっと抱きついて来た。

暖かい。


「ごめんなさい、私……と拝島くんのせいで。」


「な、なんだおめえはよ。

空気読めよ、今これから俺たちは……」


八坂が焦ったように恋ヶ窪さんをどかそうとする。

その手が恋ヶ窪さんに触れるより早く、恋ヶ窪さんは八坂の手を捻り上げた。


「私の名前は恋ヶ窪。

恋ヶ窪 綾糸。

あなたが探してたのは私だよ。」


「っはあ!?おめえ、女だろ!?

ってか腕離せよ!」


「私の祖父母が私にキラキラネームを付けた!だから女なのにリョウジ!コイガクボ リョウジ!

そして私が拝島遥を消火器で殴って気絶させたの!

あなたが勘違いして攫ったこの人の名前は光ヶ丘 翡翠!


いい?光ヶ丘くんは優しくてかっこよくて周りに気が使えて運動神経抜群でテストはいつも一位いつだって冷静で、仮面ライダーよりウルトラマン派、靴を履くときは右足から、足の指の形はギリシャ型、爪半月は薬指だけ無くて、あくびをかみ殺すときは握りこぶしを当ててる、そんな人なの!」


恋ヶ窪さんはそう言うと、八坂の腕をますます捻り上げた。

そういえば爪半月薬指だけ無いかも。


「いってええ!!!おめえなんだよ!?気持ち悪いなあ!!」


「私は光ヶ丘くんの恋人!」


恋人。

その言葉にふっと心が軽くなる。

俺のこと、まだ好きでいてくれてたんだ。


「……なあ、恋ヶ窪……そろそろ八坂離してあげたら……?」


拝島くんが恐る恐る声を掛けた。

八坂は苦悶の表情を浮かべ呻いていた。


「あっ、そうだよね……。私ってばつい……。」


「ついで捻り上げられたら堪ったもんじゃないよなあ……。」


恋ヶ窪さんは照れたように頬を抑え、八坂を離す。


彼はよろけながら恋ヶ窪さんから距離を取り、睨みつけた。

恋ヶ窪さんは意に介さず俺の手足を縛るロープを解く。


「お前が恋ヶ窪……?

拝島を気絶させた……?」


「消火器で後ろから殴られたんだよ。」


拝島くんは不名誉だと言わんばかりだ。

彼は八坂を見下し睨みつける。


「で?こんなことして、どういうつもりなんだ?」


「決まってんだろ?

俺がトップになる。おめえらなんかすぐ沈めてやるよ。」


「上等だよ。」


拝島くんと八坂が睨み合う。

その後ろで千川くんがヤンキー座りをしてその様子を眺めていた。

更に後ろで女子軍団がつまらなさそうな携帯を弄っていた。飽きるの早くない?


「やっぱ喧嘩すんだなあ……。」


「ち、違うじゃん!

拝島くん!私たちは誤解を解きに来たんだよね!?」


「そうだったっけ?」


拝島くんはすっとぼける。

俺は自由になった手足を伸ばし、立ち上がった。


「結局……全部拝島くんが悪いってことで良いのかな。」


「そうだね。」


恋ヶ窪さんの手を取り立ち上がらせる。


「じゃあ、俺たちは帰ろう。

拝島くんが相手してれば良いよ。

次喧嘩したら停学……いや退学かもね。」


「……それは困る……。」


拝島くんは顎に手を当て、眉間を寄せた。

田無さんから離れたくないのだろう。


「おい、逃げんのかよ拝島!?」


「退学になるわけにはいかないから。」


「はるかー!帰ろー!」


秋津くんが拝島くんの手を引く。


「待てよ……!ならおめえら何しに来たんだ!?」


「何って、光ヶ丘助けに来たんだよ。

もう光ヶ丘も元気そうだし、終電終わったら困るし、帰る。」


「千川、てめえもか!?」


「ああ。

もうこんな馬鹿なことすんじゃねえよ。

人質取るならせめて人を間違えるな。」


俺たちは八坂から背を向けて歩き出した。

なんだったんだ、これ。

今にアウトレイジ並みの喧嘩が始まると思ったのに。


「光ヶ丘くん、ほっぺ大丈夫?」


恋ヶ窪さんに言われ、殴られていたことを思い出す。

そんなに強い力で殴ってなかったのか、ヒリヒリするけど腫れたりはしていない。


「大丈夫だよ。」


「ごめん……。私……と拝島くんのせいで……。」


「恋ヶ窪さんは悪くないよ。拝島くんの責任だから。」


「……イカれカップルめ……。」


拝島くんも責任を感じているのか、それ以上文句は言わなかった。


「っていうか、本当に八坂くん放っておいて平気なの?後ろから殴ってこないよね?」


「恋ヶ窪じゃあるまいし、そんなことしないだろ。

それに顔見て思い出した。アイツ、すごい弱い。

ほら、亨が前ゲーセンで絡まれただろ?」


「あー、あのひとかー。

たしかに弱かったねー。オレなにもしてないのに今日のところは勘弁してやる!ってかえっちゃったもん。」


見掛け倒しなんだ……。

八坂を盗み見ると苦々しげにこちらを見ていた。

周りの仲間たちも悔しそうだ。


向こうも間違った誘拐をした手前、襲ってこれないのかな。


「あれ?fightしないの?」


「しねえよ。なに期待してんだ。」


「そんな〜。あたしたち誰が一番多く倒せるか賭けてたのに〜。」


そんな違法行為を働いていただなんて気付きもしなかった。

呑気なものだ。


「でも何事もなくて良かった。

あの人たちも何もしてこないし……」


朝霞さんが優しく微笑んで秋津くんの手を引いた時だった。

後ろから「チクショウ!!」という大きな声が聞こえてきた。


「なんだ、まだなんかあんのかよ。」


「おまえらは……おまえらは良いよな!

なんたって共学だ!そんなナリでも女子と喋れる!

だがなぁ、俺たちは違う……。男子校だ……。」


八坂は苦しげに言うと、彼の周りの仲間たちが肩を叩いて慰めている。


「……女の子と喋りたいなら共学入れば良かったんじゃ……?」


「うるせー!中学の時事故って受験間に合わなくてここしか入れなかったんだよ!!

良いよな……恋ヶ窪じゃなかったお前は彼女いるしモテるし、いつも拝島の近くにいるヒョロッとしたお前も巨乳の彼女いるみてえだし、千川も拝島もなんやかんやでモテるし……。なんなんだよ……拝島ゴリラじゃねえか……なんでモテるんだよ……。」


八坂はとうとう泣き出した。

千川くんも拝島くんも「はあ、そうですか……」と冷めた目でその様子を見ていた。

というか、彼ら以外の全員が。


「はるか、モテモテ?」


「さあ……。依澄以外興味ないからわからない。」


拝島くんは八坂を軽蔑したように見ながらボンヤリと返事した。

それを聞いていた田無さんは眉間にシワを寄せて「気色悪い」と呟いていた。


「せんだくん、モテモテ?」


「千川な。

あと別にそんなことねえ。そうだったら良かったんだがな。」


「ひかりがおかくんは……。こいがくぼさんにしか好かれてない。」


「その通りだよ。」


横で恋ヶ窪さんは「光ヶ丘くんは麗しく高貴なオーラが出て近寄りがたいかもしれないね。」と言っていたが、現実を知っている俺は黙っていた。

俺のことなんて、恋ヶ窪さんくらいしか好きにならないよ。


「あのー、オレたちモテてないみたいなんだけど……?」


「おめえが1番腹立つんだよ!その後ろの巨乳の可愛い彼女なんだよ!?イチャイチャしやがって!!」


指差された朝霞さんはパッと秋津くんの後ろに隠れる。

そういうところも可愛いと思われたのか、八坂は「クッソ……嫉妬で気が狂う……。」と泣いていた。


「あさかさんは彼女じゃないよ?」


「じゃあなんだよ!」


「ともだち。」


「共学の奴らはそんな可愛い子と友達になれて、そんな密着出来んのか!?ふざけんな!!」


八坂の仲間たちも泣き出した。

収集がつかない。


「つまり俺を攫ってトップに立とうとかなんだとか言ってたのは、女の子と喋れる嫉妬から?」


俺はなんとか収集をつけようと、話をまとめた。

……なんだかひどい理由でさらわれてしまった。

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