事件です。パーティは終わり
私は光ヶ丘くんを頭突きして逃げ出していた。
光ヶ丘くんは突然雰囲気が変わったかと思うと、逃さないと脅してきた。
どうしたんだろう一体。
逃げたら結衣を人質にする、というようなことも言っていた。それから中学校の時仲の良かった桐花のことも。
どうして彼女のことを知っているのだろうか。
それどころか、私が今日秋津くんの家に行ったことも知っていた。
私が思っているほど光ヶ丘くんは優しくないと言っていた秋津くんの言葉を思い出す。
結衣も、光ヶ丘くんが怖いと。
……私が見てきた光ヶ丘くんはどこに行ってしまったのだろうか。
走り疲れ、フラフラと歩いていると何かにぶつかった。
「いってえなあ!」
「すみません……。」
ヤンキーだ。
彼は私を見ると残虐そうな笑みを浮かべた。
「おいおい、どうしてくれんだよ。
骨折れちゃっただろ?」
「救急車呼びますね。」
「ああ!?慰謝料だろ慰謝料!!」
制服でいたのが間違いだった。
こんないかにもな当たり屋に当たってしまうなんて。
「私、五百円しか持ってないです。」
「嘘つくんじゃねえよ、おら、財布出せや。」
私は黙ってカバンから財布を出すなんてことはしなかった。
何故かカバンに入っていたバールを取り出し、彼の腕目掛けて振り下ろす。
「ギャア!?」
「人のお金取ろうとするな!クズ!頭カチ割るぞ!」
「な、なんつーもん持ってんだよおめえ!?」
「バールだよ!」
「そうじゃねえ!」
父から教わったのは大体のことは暴力で片付くということだけだ。
ヤンキーが諦めるまでバールを振りかざし続ける。
「どっか行け!しっしっ!」
「わかったから!」
ヤンキーは慌てふためいてどこかへ走っていった。
バールを振りかざしていた腕が痛い。
明日は筋肉痛だろうなあ。
ふと虚無感に襲われる。
光ヶ丘くんのこと好きなのに。光ヶ丘くんと恋人になれてあんなに幸せだったのに。
彼は、私と違う。
愛情が違う。
悲しくなって結衣に電話をかける。今頃何してるのだろう。
「もしもし。アヤ?大丈夫?」
結衣は3コールしないうちに電話に出た。
「う……ん。」
「……何かあったの?」
「結衣……。」
私は結衣に光ヶ丘くんに言われたことを話した。
光ヶ丘くんの側から離れられないこと、友人を人質にするということ。
「……そっか……。」
「私……光ヶ丘くんのこと好き。大好き。でも、光ヶ丘くんの求めるような恋愛は出来ないよ……。」
「……うん。わかるよ。
……アヤ今どこにいるの?私秋津くんの家にいるから、おいでよ。」
「……行く。」
秋津くんの家は豪邸で、そしてセキュリティが抜群だ。何故か家に入るまでに14個も防犯カメラが設置されているのだ。
この家に強盗には入れない。
「あ!恋ヶ窪さ〜ん!」
「……田無さん……鷺ノ宮さん……。」
来てたんだ、と言いかけてそのまま口が開いた。
クラス中の女子が集結している。それと千川くんと拝島くんも。
「……秋津くんがハーレムの頂点に?」
「いや違うんだよ。
……その、アヤと光ヶ丘くんが別れたって言ったその瞬間おめでとうパーティーが開かれることとなってしまいまして。」
おめでとうパーティー?
「私は光ヶ丘くんだけは無いと思ってたよ。
お姉ちゃんの結婚相手探してもらってる手前こんなこと言えないけどね。」
田無さんが私にオレンジジュースを渡しながら声をかけてきた。
「うん。気持ち悪いよね〜。
萩山くんと付き合ってるの親に隠して貰ってるから悪く言えないけど〜。」
小平さんがウンウンと頷く。
「よく今までなんとも思わなかったよね。私は無理。
うちの父のヤミ献金手伝って貰ってるからこんなこと言ったら悪いけど。」
鷺ノ宮さんが困った顔のまま光ヶ丘くんを罵る。
「friendとしては良いと思うけれどね。
玻璃さんの恋人になるために悪く言わないでおくよ。」
清瀬さんが私を慰めるように肩を叩く。
「別れられて良かったわね?私なら喉噛みちぎってるわ。
噂も自殺も止めてもらったしそんなことしないけれど。」
中井さんの笑顔が恐ろしく感じる。自殺……?
というか、彼女たちはそんな理由で光ヶ丘くんと仲良くしていたの?結婚相手探し?ヤミ献金?自殺?一体何事?
光ヶ丘くんの言っていた協力関係ってそういうことなの?でもヤミ献金は犯罪では……?
そういえば父はマグロ漁船にいると言っていた。
……まさか、それも彼女たちの誰かと関係がある?
「っていうか、待って!私たち別れてないよ!」
「えっ!?」
その言葉に一斉にみんなが私を見た。
「ちょっと……すれ違ってるだけで……。
今日も喧嘩してそのまま出てきちゃったっていうか……。」
「でもこのままだと逃げ出した恋ヶ窪さん追っかけて拉致監禁されるんじゃない〜?」
「ら、拉致監禁!?」
そんなことしない……とは思うけど、どうなんだろう。ヤミ献金にマグロ漁船だしな……。
「少なくとも睡眠薬は飲まされるな……。」
千川くんの低い声が私の耳に届く。
睡眠薬!?どういうこと!?
「あ、あの、それは一体……。」
「……きっと命までは奪わないと思うけどな。それ以上保証はできねえ。」
彼のやたら深刻な表情が恐ろしい。
「ま、待ってってば!私は、私は……」
光ヶ丘くんの普通の恋人になりたいだけなの!
そう叫ぼうとした時、ガラパゴス携帯が鳴る。
ディスプレイを見ると見たことのない番号だった。
「これは翡翠くんが別の番号を使って居場所特定しようと掛けてるね。」
「出ない方が良いんじゃない〜?」
「いや、出なかったらそれはそれで恐ろしい目に……。」
「ど、どうしたらいいの……。」
私がオタオタしていると、清瀬さんがサラリと携帯を奪って電話に出る。
何故か彼女はスピーカーホンにして、格好つけて電話をかざしていた。
「Hello! it's me!」
イッツミーじゃないよ。
私は清瀬さんから携帯を奪い返し、マイクに声を近づける。
「も、もしもし?」
「……へ、ヘロー?」
電話の向こうの声は、こちらを外国人と思ったのか拙い英語で挨拶していた。
「……あ、いや、私は日本人なので……。」
「お、おお。
……お、お前誰だよ。」
「それはこちらの台詞ですけど。
あなたどなたですか?もしかして番号間違えてませんか?」
「あ?アヤって奴の番号だろ?」
随分親しげに呼ばれてしまった。
……というか、これは光ヶ丘くんではない。
はて、誰だろうか。私の電話番号知ってる人でこんなヤンキーな話し方する人いただろうか。
「そうですけど……。あの、あなたは?」
「俺は八坂、八坂 嘉治だ。
恋ヶ窪 綾糸は預かった。」
「……は?」
恋ヶ窪 綾糸は私だ。
誰に預かられているというのだろうか。
「何言ってるんですか、あなた。」
「うるせえ!
こいつがあの拝島遥をボコしたことは知ってんだよ!」
私は思わず拝島くんを見る。彼はポカンとした表情をして、それから私を見た。
殴られた後頭部が痛むのか手で押さえている。
確かに私は拝島くんを消火器で殴ったけれど……。
「……恋ヶ窪は私です。誰と間違えてるんですか。」
「ハア?おめえ何言ってんだ?生徒手帳にも恋ヶ窪 綾糸ってあんぞ。
……写真んトコ舐め猫貼ってあるけどよ……。
とにかく、こいつをシメなきゃ俺の気が済まねえ。
ただし、5対1はいくらなんでも可哀想だからな。おめえらの中から強えの4人、連れてこいよ。千川とかいんだろ?
……球場前公園で待ってる。10時までに来い。ここで決着付けてやる。」
そこで電話は切れた。
……なんなんだこれ。
「イタズラ?」
「恋ヶ窪さんはここにいるし……。
……あ、メール来たみたいよ。」
田無さんに言われ見る。
やはり知らないアドレスだ。
メールを開けると、光ヶ丘くんが、頬を腫らしてこちらを睨みつけている写真がそこにあった。
「光ヶ丘くん!?!?」
どうして彼が、なんて痛々しい。
「目つき悪……。」
私と清瀬さんが写真に驚いていると、秋津くんが「わかった!」と手を叩いた。
「電話の相手はこいがくぼさんとひかりがおかくんを間違えてるんだ。」
「へっ!?」
「こいがくぼ りょうじ、だから男だと思ったんじゃない?」
その名を口にするでない。
でも納得だ。
生徒手帳はどこにも無い。きっと光ヶ丘くんの家で落としたのだ。彼はそれを届けようとしたとか、とにかく私の生徒手帳を持って外に出てそれで電話の相手に捕まってしまった。
相手は光ヶ丘くんの持っていた恋ヶ窪 綾糸という生徒手帳の名前から、光ヶ丘くんを私と勘違いしてしまっている……。
しかし、だとすると今頃私が光ヶ丘くんと同じ目に遭っていたということになる。
だが私はあんなヤンキー知らないし、球場前公園で付けるべき決着もない。
「私と光ヶ丘くんが何したって言うのよ。
ってか八坂って誰。」
「やさかは隣の高校のヤンキーだねー。
こいがくぼって名前の人がはるかを殴ったぞって話が隣まで広まったんじゃないかなあ。」
「確かに拝島くんのこと殴ったけど……でもそれがなんなの?反省文はちゃんと書いたよ。」
「はるかはこの辺りのヤンチャな人たちまとめてるんだよ。
それを殴ったこいがくぼさんに怒ってるのか、それともこいがくぼさんを倒せば自分がトップに立てると思ってるのか……。
とにかく、こいがくぼさんをたおしたいみたいだねー。」
そんな、私はただ光ヶ丘くんの身が危ないと思って消火器でちょっと小突いただけなのに。
それにしても、ヤンチャな人たちをまとめてるって……。
……それってつまり……。
「番長?」
「違うから。
向こうが喧嘩売ってきたから相手してただけで、別にそういうんじゃない。」
「でもまとめてるんでしょ?」
「まとめてない。
ただもう二度とこんな事しないようキツく言っただけで……」
それは番長なのでは……。
しかし拝島くんは嫌そうな顔で「番長とかそういうダサいのじゃない」と首を振っている。
「番長じゃないなら何?」
「……爽やか高校生……?」
それだけは違う。
みんなもそう思ったのか「嘘つくなゴリラ」「黙れサイコパス」「ストーカー規制法で逮捕しようか」と野次っている。
「なんで金持ち学校に番長がいるの……?」
「……うちのクラスって一応、頭いい人の集まりってことになってるけど本当は違くて、実際はゴミ溜めみたいなものなんだよね。
光ヶ丘くんと女子の派閥と、どこにも属さない派閥は純粋に成績で入れた人。
でも拝島くん率いる派閥は親のコネと金を使って入った人たちだから柄が悪いのが多いの。」
田無さんはため息をつきながら私に教えてくれる。
ゴミ溜め……?私はゴミ溜めの中で特待生になろうと必死になってたってこと……?
「翡翠くんと私とか依澄……っていうか朝霞さん以外の女の子は翡翠くんの側にいて、そのゴミ溜めに何かされないように守ってもらってたんだ。
勿論、他にも色々理由があって翡翠くんの側にいたわけだけど……。」
「オレとはるかはゴミ溜めー!」
秋津くんは拝島くんの肩を組んで朗らかに言った。ゴミ溜めで良いのか。
拝島くんはゴミ溜めと言われ嫌そうな顔をしている。
「千川くんはゴミ溜め……?」
「一緒にすんじゃねえよ。」
「でもヤンキーだし……。」
「俺は拝島と違って根が真っ直ぐなヤンキーだ。」
千川くんは私の目を見つめて宣言した。
自分で根が真っ直ぐと言う人は果たして本当に根が真っ直ぐなんだろうか。
「根は真っ直ぐかもしんないけど、幹から歪んでるよな。」
「あんたみてえに根も幹も枝も葉も歪んでねえから良いんだよ。」
「俺のどこが歪んでるって?」
ヤンキーバトルが始まってしまった。クローズだ。ハイアンドローだ。
「はるかー。みとめなよ。少なくともはるかの愛情ひょうげんは歪んでるから。」
「っていうか喧嘩してる場合じゃないんだ!」
私は千川くんと拝島くんの間に立つ。
両側から発せられる威圧感がすごい。
「ひ、光ヶ丘くん助けないと!
えっと、警察……」
「警察はやめたほうが良いんじゃないかなあ。」
鷺ノ宮さんの眼鏡の奥の瞳が光った。
「例え八坂とやらとそのお仲間を逮捕したところで、この問題は解決しない。それどころか、更に恋ヶ窪さんを狙う人が増えるかも。
ちゃんと恋ヶ窪さんが女って名乗って、拝島くんを殴ったのは正当防衛とでも言うしかないんじゃないかな。
……納得してもらえるかわからないけど。」
でもやるしかない。
光ヶ丘くんを捕らえられているのだ。早く助けに行かなくちゃ。
「わかった。行こう。」
「え!?ダメ!危ない!
アヤはバールを持たせたら世界一かもしれないけど、素手だったらただの女の子なんだよ!?」
「大丈夫。今日もバール持ってきてるから。」
「なんでだよ。」
カバンからバールを取り出すと、拝島くんが一歩後ろに下がった。
「なら俺も行く。あんた1人で行かせるわけにはいかねえし。
……このままだと死人が出そうだからな……。」
「せ、千川くん……!」
なんて優しいんだ……!
ごめんね、心の中でヤクザとかヤンキーとか光ヶ丘くんの近くにいると霞んで見えるとか言って。
「カッコイイ……。」
田無さんも感心したように呟き、小平さんと清瀬さんもウンウンと頷いている。
私の横で拝島くんが恐ろしげなオーラを出しているけれど……。
「はるか怒らない!顔こわいよ!」
「……っていうか、元はと言えば遥がちゃんと手下締めとかなかったからいけないんじゃん……。」
田無さんの一言で拝島くんはしぼんでいった。
全くその通り。全く、本当全くその通り。
「俺も行く……。」
「はるかが行くならオレもー!」
「私も!」
結衣まで……。なんて優しいんだろう。
「……いっそ皆で行かない?」
清瀬さんの提案により、私たちはゾロゾロと球場前公園に行くこととなった。




