お泊まりパーティ!まさかの来客!
30分くらい経っただろうか。
あさかさんが遅い。誰呼んでるんだろう。
そう思ったら玄関の呼び鈴が鳴った。
「秋津くーん!朝霞ですよー!」
「はーい。」
ドアを開けると、そこには予想外の人物が立っていた。
「……いずみ。」
「……秋津くん?
朝霞さん、どういうこと……?
朝霞さんとお泊まり会するんじゃないの?」
いずみはビックリしながら標識を見て「あ、秋津……くんの家……」と言っていた。
「亨ー?どうした?」
はるかが来てしまった。
いずみはその声だけでビクリと体を震わせる。
はるかもまた、いずみを見て固まった。
「い、ずみ……。」
「みんなどうかしたの?」
あさかさんはキョトンとしていた。
そうか、彼女は知らないのか。
「あのねー、いずみとはるかはちょっと仲が悪いっていうかー……拗れてるんだ……。」
「え、そうだったの?」
「あと、オレあんまりいずみ好きじゃない。」
「ええ……。」
あさかさんは困った顔になった。
反対にいずみはちょっと苛立った顔になる。
「いや、待って。
私秋津くんとそんなに話したことないのになんで名前で呼ばれてるのかわからないし、嫌われる理由もわかんないんだけど。
それから、拝島くんとは仲が拗れてるんじゃない、他人。」
いずみはバッサリと言い切った。
「あー!そういうこと言う!
はるかかわいそうじゃん!
ガラスのハートなんだよ!」
かわいそうなはるか。
他人だなんて言われたら辛いだろう。
「強化ガラスのことかな?
悪いけど朝霞さん、私帰る。」
「ううん、何も知らなくてごめん……。
じゃあやっぱり3人でお泊まり会しよっか……。」
あさかさんはショボショボと部屋に入った。
いずみはそのあさかさんの手を取った。
「ま、待って。
朝霞さんも泊まるの?」
「そうだよ?
言わなかったっけ?」
「いや、お泊まり会するってしか……。
まさか、3人で?」
「うん。」
いずみは絶句した。
オレとはるか、そしてあさかさんの顔を見比べると「ダメだよ!」と叫んだ。
「だ、ダメ?」
「男2人に女1人って……!!
何されるかわかんないじゃん!」
「何……される?」
「そう!
朝霞さん、私と亜弓とでお泊まり会しよ。それがいいよ。」
「秋津くんと約束が先だし、アヤの連絡待ってるから……。」
あさかさんは困った顔になる。
いずみも困った顔だ。
「いずみは帰って良いんだよ。」
「朝霞さん置いて帰れないよ!」
「えー……。
しょうがないなあ。布団3枚も引けるかなあ……。」
オレの部屋そんなに広くないんだけど……。
取り敢えず、机をどかさなくては。
「はるか、机どかすの手伝って。」
「待て、まさか依澄泊める気か?」
「しょうがないじゃん。
あさかさんと一緒が良いってさー。」
「……なら俺は帰る。」
「ええ!?」
いずみがいるのに。
はるかのことだから、内心いずみがいて大喜びなはずなのにどうしてそんなことを?
それとももういずみのこと好きじゃなくなったのだろうか?
いやそんなはずない。昨日だって電話でいずみの様子聞いて来たくらいだ。
「どうしたの?はるか。」
「どうしたもこうしたもないだろ……。」
「4人で泊まろうよ。」
あさかさんの言葉にオレはウンウンと強く頷く。
しかしはるかは頷かなかった。
「俺が帰るか、依澄と朝霞が帰るか、どっちかだ。」
「そんなー!
いずみだけ帰りなよ。」
「朝霞さん、帰ろう。」
「え、でも……。」
「あさかさんはオレの家でお泊まり会するの。
帰るのはいずみだけ!」
「それがダメなんだって……!」
いずみは自分の身を抱いて、苛立ったように右手の人差し指を噛み始めた。
ギチギチと音がする。血が出てるんじゃ……。
心配になり始めた時、いずみは顔を上げた。
「……わかった……。4人でお泊まり会しよっか……。」
「はーい。
じゃあはるか、机どかすの手伝ってね。」
はるかの顔はあり得ないと言いたげだった。
嬉しいくせに。照れ隠しの演技かな。
「あさかさんもいずみも、部屋上がってー。」
はるかの背中を押してオレの部屋に入れると、彼はその瞬間膝から崩れ落ちた。
「ダメだろ……!お泊まり会は……!」
「なんで?
人多い方が楽しいし、はるかもいずみとお泊まり会出来て嬉しいでしょ?」
「それがダメなんだろ……!
我慢できなくなって絶対何かやらかす……。無理だ……。」
「いずみがいたら嫌?」
「…………………………俺は嫌じゃない。嫌じゃないに決まってんだろ…………。」
なら何を悩んでいるのだろうか。
ここに泊まるのはいずみの意思だ。
気にする必要ないだろうに。
「はーるか!机どかそう。
布団敷けないよ。」
「……後でいいだろ……。今は全身の力が抜けて無理……。」
「なんだそれ。」
床に転がるはるかを放置して、あさかさんといずみを部屋に入れる。
「後で机どかすことにしたー。
ねー!何する?ウノ?花札?トランプ?オセロ?」
「何がいいかな。
秋津くんが負けるやつ。」
「お泊まり会と言えばそれ以外に人生ゲームとか人狼ゲームとか、愛してるよゲームとか?」
愛してるよゲーム?
なんだろう、と思ったのがいずみに伝わったのかルールを教えてくれた。
「円になって隣の人に愛してるよって言う。言われた側はえ?って聞き返すか次の隣に愛してるよって言うかする。
愛してるよって言う、言われるのに笑ったり照れたら負けってゲーム。」
「面白そうだけど、それだとはるかボロ負けしちゃうね……。」
「なんでだよ。」
「はるかの隣にいずみ座らせるから。」
いずみに愛してるよ、なんてはるかは言えないだろう。
ましてやいずみから愛してるよなんて言われたら嬉しさのあまり気絶するかもしれない。
……それはそれで面白そうだ。
「やっぱしやろう!愛してるよゲーム!」
「待て待て待て!
人生ゲームにしよう!」
「持ってない!」
「そこの棚にあんだろ!」
はるかは棚に置いてあった人生ゲームを広げた。
バレていたようだ。
「わー、人生ゲームって懐かしいな。」
あさかさんはおもちゃの紙幣を眺めて、いずみはルーレットを無言で回し続けていた。
やりたいんだろうか?
「じゃあ人生ゲームの後で愛してるよゲームしよう。」
「愛してるよゲームはやんねえからな。」
オレたちは夢中になって人生ゲームをやった。
久しぶりにやったからだろうか。とても楽しかった。
やっぱりオレが1番になったけれど、その過程が何より楽しい。
あさかさんがアイドルになって破滅していく様は特に面白かった。本人は悲しんでいたけれど。
いずみも、はるかに対しての怒りみたいなものをまるで忘れたかのようにニコニコ笑って冗談を言ったりした。
はるかは勿論嬉しそうで、愛おしくてたまらないという目でいずみを見ていた。
はやくいずみがはるかの気持ちに気付けばいいのに。
「あ……!アヤから電話だ!
ちょっと私、廊下出るね。」
しまった。こいがくぼさんのことすっかり忘れていた。
でも電話出来るってことは何もなかったんだろう。……たぶん。
「俺トイレ借りる。」
「はーい。」
はるかはノソノソと部屋を出て行った。
部屋にはオレといずみだけだ。
「ねえ、いずみ?」
「……待って、ずっと思ってたんだけど、どうして名前で呼ぶの?」
「だって苗字知らないし。」
「田無だよ!
なんで苗字知らないのに名前はわかるわけ……。」
たなし……。変な苗字。
こいがくぼさんほどじゃないけれど。
「はるかがいずみの話ばっかりするから、名前はちゃんと覚えたんだよね〜。」
「……え?私の話……?」
「うん。
今日のいずみがどれだけ可愛かったかとか、男と話してたけどまさかあいつのこと好きじゃないよな……とか、下着が透けてるのを指摘したらもっと嫌われちゃうかなとか。」
「下着……!?」
いずみは慌てた様子で自分のシャツを見た。
大丈夫、今日は透けてない。
制服だと透けているらしいけど。
「……はるかはずっと、いずみのことが好きなんだよ。」
いずみは忌々しそうに顔を伏せた。
そんなに嫌なのかと悲しい気持ちになる。
「あのさ、聞きたいんだけど。
高校に入ってからはるかに意地悪された?」
「……拝島くんが謹慎になる前はそもそも近づかなかったし……。」
「……謝ることもさせなかったの……?」
それじゃはるかは、いつまで経ってもいずみに許してもらえないじゃないか。
「謝るって……。」
「はるかはずっと後悔してたんだよ。
小学校の時のこと。
自分のせいで学校に来れなくなったのに、どうしても会いたくて押しかけたりしたって。
それを謝りたくても近づいたら逃げるって。」
いずみはオレの言葉に抵抗するかのようにブンブン首を振った。
「だって遥に近づいたらどんな意地悪されるか……!怖かったんだよ!?」
「……もう許してあげて。
はるかは今までずっと苦しんでた。」
「じゃあ聞くけど、謹慎になった時、遥は私に掴みかかって来た!
それは何!?」
「うん……。それはね、」
オレはいずみの背後に回り込む。
「あの時はるかはいずみに話しかけて、いずみは逃げたんじゃない?」
「……うん。」
「だからはるかは慌てて背中を掴んだ。」
オレはいずみのシャツを掴む。
「こうやって……。
でもはるかって自分が思ってるより力あること知らないんだよね。
だから、シャツが破けちゃった。」
さすがにそれを実演したら怒られるだろうから、手を離す。
それからまたいずみの前に座った。
「シャツが破けたら、多分……。
下着が丸見えになっちゃうよね。」
「……うん。」
「それで更に慌てたんじゃないかな。
思わず襟元を掴んで止めようとした。」
オレはいずみの襟元を少しだけ掴んだ。
傍から見たら掴みかかっているように見えるだろう。
「まさか。
悪意が無かったって言いたいわけ?」
「ないよ。絶対。」
オレは強く言い切った。
これには自信がある。
はるかはいずみのことが好きすぎて気が狂ってるから、たまに訳のわからない思考に飛ぶけれど、もうわざと傷付けて振り向かせようとはしないだろう。
なにせそれをやっていずみから拒絶を受けたんだから。
「でも私、怒鳴られたよ?
ふざけんなって。」
「いずみはその前になんて言った?」
「えっと……。怒鳴られる前だよね。
確か、さようなら、かな?
それで遥はちょっと待てって言ったから私は来ないでとか言った気がする。」
「ほんとにそれだけ?」
「……あ、あともう関わらないで、顔を見るのすら嫌だとか言ったかな……?」
それは……はるかがかなり可哀想だ。
はるかにしてみれば、久しぶりに会えた大好きな人なのに、会って話そうとしたら拒絶が続いていたんだから。
自業自得と言ってしまえばそれまでだが、オレははるかが好きなのでなんとかしたい。
「はるかはすぐ怒鳴るからなー……。
ふざけんなっていうのは少しはなしさせろくらいの意味だったのかもしれない。」
「……すごくいい方向に取るね。」
「オレはるか大好きだから。」
「……あっそう。」
いずみは冷ややかにオレを見た。
「でも、はるかのいずみへの気持ちには負けるよー。
なんたって、えーっと……10年間好きなんだよね?人生の3分の2はいずみへの愛でできてる。」
「……重い……。」
「……そんなこと言わないでさ、すこしだけでいいからはるかのこと許してあげられない?」
オレはいずみの肩に手をかける。
いずみはちょっとだけ悲しそうにオレを見た。
「……いずみがはるかを許せないのはわかってる。
すごいいじめられたんだもんね。
でもはるかもその分苦しんだよ。
いずみがはるかの悪口を言うと、それがはるかのわるい噂になって、はるかの周りから人がどんどんいなくなった。
はるかのやることなすこと、全部悪くとらえられた。」
「え……?」
いずみは気付かなかったようだ。
彼女は中学ですっかりはるかを忘れていたからそんなの知りもしなかったのだろう。
しょうがない。彼女ははるかと他人になりたかったんだから。
「私……そんな……。
孤立させたかったんじゃなくて……ただ、されたことを言って、みんなにわかって欲しかっただけで……。」
「そのみんなのなかに、はるかのことが嫌いな人がいたんだろうね。
わざと話を大きくしたんだ。」
いずみの顔色が悪い。
自分の行なったことに気付いたのか。
それとも、それじゃあはるかを責められないと思ったのか。
オレはいずみの肩をパンパンと叩いた。
「はるかに悪いと思うなら、はるかとはなしして。拒絶しないで。」
「………………わかっ、た。」
いずみはゆっくり頷いた。
よかった、丸く収まりそうだ。
オレは扉に向かって笑いかけた。
「だってさ!
よかったね、はるか!」
「……は?」
いずみも扉を見る。
はるかが所在なさげに立っていた。
「もしかして、ハメられた!?」
「ち、違う!
亨が勝手に……!俺はトイレから戻ってきただけで……!」
「いつから、いつから話聞いてたの!?」
「……俺の愛が重いって言われたあたりから……。」
嘘だ。
本当はオレといずみがはるかの行動を再現しているあたりからいた。
少しでも盗み聞きの罪を軽くするつもりなのだろう。
「……ああ、そう。」
いずみは黙った。はるかも黙る。
部屋は不自然なほど静かだった。
「オレ、あさかさんの所行くー。
あとは若いおふたりで。」
「ま、待ってよ!」
いずみが慌てた様子でオレの手を掴んできた。
痛い。いずみって力強い。ゴリラみたい。
「いたいー!」
「え?ごめん。秋津くんって脆弱なんだね。」
オレが悲鳴を上げると、いずみは慌てて手を離した。
脆弱とは失礼な。確かに、強くはないけれど。
「いずみがゴリラなんじゃないのー?」
「ゴリラは遥でしょ。」
「誰がゴリラだよ。」
遥はムッとしたように言って、それからちょっとだけ笑う。
いずみもつられたように笑った。




