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放課後保健室、消毒液の温度

清瀬さんの英会話講座をしているうちに、いつの間にか掃除が終わっていた。

しまった。これじゃ私、役立たずじゃないか。


みんなは帰る準備をしていたが、私はコソコソと隠れていた。

まだ終わってないとバレたらちょっと恥ずかしい。

いや、これも清瀬さんがネバーギブアップの発音が違うと言い出したから……。


耳をすませていると、みんながバイバイと言うのが聞こえる。

よしよし、帰ったな。

本棚の本を抜いて雑巾で拭く。


ここら辺は画集ばかりで重くてしょうがない。

しかも重い本なのに、高い位置に置いてある。

普通、こういうのは下の段に入れないかな。

運動部に入っていればマッスルボディが手に入って十冊くらいいっぺんに持てただろうが、帰宅部の私は三冊で限界だ。


でも。

清瀬さんにたくさん学んだじゃないか。

そう、ネバーギブアップ!

手を大きく広げ、五冊掴む。

あなたならやれるわ!アヤ!


「危ない!」


えっ、と思う間も無くバタンバタンゴトンゴトンと音がした。

色んなところが痛い!

どうやらマッスルボディではない私には五冊は無理だったようで、頭から画集が降って来た。


「大丈夫!?」


「うん、平気。

ちょっと無茶しちゃった、だけ、で、」


あれ、今ここに誰がいるの?

顔を上げる。

そこには光ヶ丘くんの光り輝く顔面があった。


「ひ、光ヶ丘く、」


「脛、擦りむいちゃってる……。

立てる?保健室行こう。」


脛を見ると、10センチほどピーっと線が入ってうっすら血が滲んでいた。


「大丈夫。全然。こんなの、大した傷じゃないから。」


「そう?

他には?痛いところない?」


「な、ない。全然、ない。元気。」


というか、痛みを感じる余裕がない。

なんで光ヶ丘くんいるんだ。

私の醜態見られてしまった。恥ずかしい。


「腕も擦っちゃってるね。

あれ?手首も腫れてない?

ああ、それに、」


光ヶ丘くんの清らかな指が私の冷や汗の浮かんだこめかみを撫でた。


「ここも……。」


「う、あ、」


光ヶ丘くんが私の顔を触ってる!?

予期せぬ事態に私の喉からはゾンビのような声が漏れてしまった。


「あ、ごめん。痛いよね。」


「ぜ、全然!全然平気!こんなの大したことないし!慣れてる!

き、気を遣わせてごめん!帰って大丈夫だから!」


私は大慌てで落ちた画集を抱える。

ああ、なんでこんなことに。


「恋ヶ窪さん。俺がやるから貸して。」


「い、いいよ!

わ、私、清瀬さんとお喋りしてて全然掃除してなかったの。

だから、ほら、その、」


「いいから。」


光ヶ丘くんは私から画集を奪うと、棚に戻していく。

光ヶ丘くんに迷惑を掛けてしまった。


「ご、ごめん。」


「謝ることじゃないよ。

そもそもこんな重い本、高い棚に置くことが間違ってる。」


私もそう思う。アイシンクソートゥー。

光ヶ丘くんはテキパキと棚に並べ、ものの10秒で終わらせてしまった。


「あ、ありがとう。

あとは私だけで大丈夫だから。」


「まだ掃除するの?」


「うん。

あの、全然掃除出来てないから、私。

だから、その、」


「いいよ、次の当番の人にここだけ出来なかったって言って回そう。

それより恋ヶ窪さんの手当てしなきゃ。」


「え、手当て?

あ、傷?いいよ、ほんと、大したことないの。大丈夫。」


光ヶ丘くんは私の腕を優しく掴んだ。


「ダメ。

ほら、俺も保健室行くから一緒に行こう。」


「そ、そんな迷惑かけられないよ。」


「迷惑じゃないから。ね?」


光ヶ丘くんのその聖母のような微笑みに気を抜かれた私はフラフラと彼についていった。


✳︎


保健室の前に行くと、張り紙がしてあった。

なんだろう。


「先生いないみたいだ。」


「えっ、あっ、じゃあしょうがない!

帰ろ!」


「まさか。」


光ヶ丘くんハハッと笑って遠慮なく保健室の扉を開けると、ズカズカと入って行く。

意外に大胆。そんなところも好き。


「ちょっと手当てするだけだもん。

怒られないよ。

ほら、おいで?」


「う、ん。」


光ヶ丘くんに手を差し伸べられ、私はおずおずと保健室に入る。

手当てしなきゃいけないし、しょうがないよね。


「座って。」


光ヶ丘くんに椅子に座るよう促され、ポーッとしたままそこに座る。

ああ、光ヶ丘くん。なんてかっこよくて優しいんだ。


彼は慣れた仕草で消毒液を取り出し、綿にかける。


「脛見せて。」


「うん……。うん?」


光ヶ丘くんは綿をピンセットでつまんで、私の脛に触れようとしていた。


「ちょ、ちょっと、ま、待って!

自分でやる!から!」


「でも腕痛いでしょ?」


「ぜんっぜん!痛みとか、無い!

いつもより調子いいくらい!」


「そんなわけないよ。

こんな真っ赤に腫れてるんだから……。」


自分の手首を見る。

確かに真っ赤になってる。

でも全然大したことじゃないのだ。

そんなことより光ヶ丘くんに迷惑ををかけるほうが問題である。


「ほ、ほんとに、平気なの。」


「……もしかして恋ヶ窪さんって……。」


光ヶ丘くんはピンセットを持ったままにんまりと笑う。

なに、その顔。かっこいいじゃないか。惚れてしまう。惚れてるけど。


「消毒液怖いの?

ハハ、大丈夫大丈夫。優しくするから。」


「えっ、やっ、ちがっ、」


「ジッとしててね。」


光ヶ丘くんはにんまり顔のまま、綿を私の傷に当てた。

その冷えた感触に体がビクリと跳ねた。


「ヒェッ!」


「あ、沁みちゃった……?

ごめんね。すぐ終わるから。」


光ヶ丘くんは申し訳なさそうに謝ってから、絆創膏を貼ってくれた。


私、光ヶ丘くんに治療させてる。

なんてことを……!


「だ、大丈夫。

あ、大丈夫じゃない!自分でやる!」


「んー、でも恋ヶ窪さんって右利きだよね?」


「え、う、ん。」


「どうやって右腕の治療するの?

左手でやる?

それにこめかみの傷だって。」


ミステリドラマの刑事並みに利き手に注視してるんだな。光ヶ丘くんって刑事にもなれるんじゃないだろうか。

私は光ヶ丘くんからピンセットを奪おうと伸ばした手をゆっくり下げた。


確かに、左手で治療出来そうもない。

擦り傷はともかく、腫れてる箇所に湿布を綺麗に貼る自信がない。

こめかみの傷なんてどうやればいいのだ。

私のことだから目に消毒液を入れそうだ。


「んと、えっと……。」


「俺がやってもいい?」


「お、お願い、します。」


彼はにっこり笑う。

それから私の傷の手当てを再開した。


光ヶ丘くんは優しくて、かっこよくて、包容力もあって、傷の手当ても出来る。

なんて凄いんだろう。

ますます惚れてしまう。大好きだ。


私が光ヶ丘くんに見惚れている間に彼はあっという間に擦り傷に絆創膏を貼り、手首に湿布を貼ってくれていた。

凄まじい手際の良さだ。


「あ、ありがとう。」


「どういたしまして。」


光ヶ丘くんの手が私の頬に添えられた。

こめかみの傷を見てくれるようだ。


ジッと顔を、というか傷を見られているのだが、とにかく恥ずかしくて私は目を閉じた。


こめかみに冷たい感触がしたが、必死で目を瞑る。


光ヶ丘くんの顔を間近で見る絶好のチャンスだが、それ以上に自分の心臓が大事だ。

今、ただでさえバクバクと鼓動が早くなっているのに、顔を間近で見たりなんかしたら鼓動が早くなり過ぎて死んでしまう。


「恋ヶ窪さんって、ほんと無防備だよね。」


光ヶ丘くんの手がスルリと私の頬を滑り顎を通り首筋を撫でる。


「へっ!?」


突然の感覚に驚いて目を開けると、彼は困ったような、呆れているような表情をしていた。


「だって今ここには俺と恋ヶ窪さんしかいないのに、赤い顔して目なんか閉じちゃって。

心配だな。

もし俺が悪い男だったら恋ヶ窪さん今頃襲われてたよ?」


「おそっ、襲われ……!?」


「うん。」


光ヶ丘くんはあっさり頷いた。

襲われる?それってドラマだとベッドに薔薇が散る、そういうやつ?


「ああ、俺はそんなことしないよ。

そこまで外道じゃないから、安心して。」


「やっ、あの、その、ひ、光ヶ丘くんに、お、おそ、襲われるとは、思ってない、けど、うん。」


「んー……。」


光ヶ丘くんは自分の口に手を当て、こちらを見つめた。

うっ、光ヶ丘くんに見つめられたら持病の恋煩いの発作が……。


「恋ヶ窪さんがあんまり無防備だと、そこまでの外道になっちゃうかもしれないな……。」


彼の言葉にポカンとなった。

それはどういう意味?

私が無防備だと、光ヶ丘くんは人を襲う外道になってしまう?


「あの、それは、」


どういう意味ですか?

という私の言葉は外から聞こえてきた「光ヶ丘くーん!」という甲高い声に消された。


この声は清瀬さん?


「呼ばれてる。

恋ヶ窪さん立てる?」


「あ、うん。」


私はなんとか立ち上がり、保健室から出ようとした所で止まる。

2人きりでいたところを見られたらまずいんじゃないか?


「あ、わたし、もう少し休んでく、から、光ヶ丘くん、行って。」


「え?大丈夫?」


「平気!あの、えっと、少し疲れただけだから。

手当てしてくれてありがとう。」


光ヶ丘くんは私を見た後、「気をつけて帰ってね。」と手を振って保健室から出て行った。


私は椅子に座って、先ほど言われた言葉の真意を考えることにした。


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