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妬み嫉み

チャイムが鳴る。

光ヶ丘くんは来ない。

珍しい、遅刻だろうか。


ホームルームが始まると、パタパタと軽やかな音がして光ヶ丘くんが入って来た。


「すみません。」


「遅延か?」


「……いえ、寝坊しました。」


あの光ヶ丘くんが寝坊?

そんなの初めてだ。

どうしたんだろう。

彼を見つめていると目があった。

思わず逸らしてしまう。


昨日、私は中井さんと光ヶ丘くんの間に何があったのかモヤモヤして変な態度を取ってしまった。

更にそれをなんとかしようとまた変な態度を取ってしまう。

メールや電話をしようと思ったが、結局彼に連絡することはしなかった。

光ヶ丘くんから「何かあった?」とメールが来たが、なんと答えていいか分からず返信は出来ずじまいだった。


ホームルーム後、光ヶ丘くんは先生に呼ばれてどこかに行ってしまった。


「……アヤ、どうかしたの?」


「へ、な、なんで?」


「だって、いつもならまばたきする以外は光ヶ丘くんのこと見てるのに今日は先生の金歯見てたし……。」


結衣も私をよく見ている。


「き、金歯ってホームアローン思い出すよね。」


「なにそれー。」


秋津くんがスッと現れると、結衣にまとわりついた。


「おはよう、秋津くん。」


「おはよー……。何とか窪さん。」


「……恋ヶ窪だよ。覚えてあげて?」


「ごめんねー。」


いいよ、と手を振る。

恋ヶ窪なんて珍しい苗字なのによく覚えられないなあとも思うけれど、覚えて欲しいわけでもないので気にしていなかった。


「こいがくぼさん……。こいがくぼ 何さん?」


「え?」


「下の名前。」


思わず全身が固まった。

結衣が「アヤって呼んで」と言ったが秋津くんは納得しなかった。


「あや……?こいがくぼ あやって言うの?

どういう漢字書くの?」


「いや……アヤはあだ名で……。」


「そうなの?なら何?」


逃れられない。

私は観念して自分の名前を名乗った。


「恋ヶ窪……恋ヶ窪 綾糸。」


「りょうじ?」


「ワーッ!!」


私は思わず耳を塞いでしゃがんでいた。

リョウジ。信じられない。これが女に付ける名前か?


「りょうじー、どうしたの?」


「下の名前で呼ばないで!呼ぶならせめてアヤって呼んで!!」


私は教室の中心であだ名を強制した。


私の名前を付けたのは父方の祖母だと言う。

ロクデナシを育てたロクデナシである。

なんで!可愛い孫に!リョウジ!?


「綾糸って運命の糸とか、赤い糸みたいでいいでしょ?でもアヤイトだと変だからリョウジ!いい名前!」


馬鹿だ。馬鹿おばあちゃん。

お陰で今まで「え?男?」とか「リョウジくんは男子トイレ使いなよ」とか酷いことを言われた。もちろんやり返したが。


「ごめんね?アヤ?」


「なんか親しげで腹立つから恋ヶ窪さんって呼んで。」


光ヶ丘くんにもそう呼ばれた事はない。


「こいがくぼさんって気難しいね。」


「自分の名前が嫌なんだって。」


「リョウジ?嫌なの?かっこいいのに。」


「だから嫌なんじゃない!

女の子っぽい名前が良かった……。結衣とか!依澄とか!亜弓とか!暁とか!」


お母さんも抵抗したらしい。

しかしロクデナシ共は私にリョウジと名付けた。

地獄送りにしてやりたい。


「依澄とか暁って別に女の子っぽくはないような……?」


「中性的でかっこいい!」


「リョウジは?」


「男の名前!」


スポーツやってそうで、背が高くて、「こいつは俺の女」って言ってナンパ追い払いそうな男の名前だ。


「ふーん、だから恋ヶ窪さんって下の名前書かないんだ。」


振り返ると清瀬さんがいた。

うんうんと納得したように何度も頷いている。


「清瀬さん……おはよう……。」


「恋ヶ窪さん、私の名前教えてあげる。

清瀬 ケイト 華奈よ。」


「えっと……良い名前だね。

っていうかミドルネームあったんだ。」


「まあね。でもよく考えて。

清瀬、ケイト、華奈、全部K。

つまりKKKになるの!Ku Klux Klan!

白人至上主義の秘密結社!最悪じゃない!?」


クークラックスクラン……。

確かにあんまり良いとは言えないけれど、イニシャルにしなければいいだけでは?


「別にイニシャルなんて気にしなければ……」


「私の人生にケチが付いた気がする!

こんなイニシャルじゃなかったら玻璃さんからドタキャン食らったりしないのに……。多分。」


なんだそれは……。

と思ったけれど、ふと気づく。

多分清瀬さんは本気で嫌なのだ。

私の名前と同じくらい。

だけれど私も清瀬さんも名前なんてそんな悩まなくても、と言われてしまう。

結局、自分の悩みは他人には理解されないということだろう。


「っていうか、あなたの光ヶ丘くんの名前の方が凄くない?翡翠だもん。まさにキラキラネームじゃない?」


「え?でもそれは光ヶ丘くんの溢れんばかりの美貌と聡明さ、誰に対しても優しい平等さと冷静な分析能力を兼ね備えた性格を思えばピッタリな名前だと思うけど……?」


「恋ヶ窪さんって光ヶ丘くんのことだとどうしてスラスラ言葉が出てくるの?いつもアホなのに。」


アホって失礼じゃないだろうか?

しかし結衣も秋津くんも「ねー。」と同意していた。

あんまりだ。


私が凹んでいると、チャイムが鳴った。

慌てて席に着く。

光ヶ丘くんはもう席に座っていた。

いつの間に帰ってきていたのだろう。


彼はこちらを見ることなく、まっすぐ教壇を見ていた。


✳︎


「恋ヶ窪さん、今日一緒に帰れる?」


放課後、光ヶ丘くんはこちらを伺うように尋ねてきた。

私はうんと頷く。少しぎこちない動きになったかもしれない。


私たちは黙って下校する。

何か話さなくちゃ、と思うのに口がうまく動かない。


「おーい、翡翠くーん。」


振り返ると鷺ノ宮さんがニコニコとこちらに駆け寄ってきた。

後ろには中井さんもいる。


「……どうかした?」


「今日は電車で帰るの?」


「そうだけど……。」


「そっか。

お邪魔してごめんね、また明日。」


鷺ノ宮さんはあっさりと会話を終えると身を翻した。

なんでそんなこと聞きにきたんだろう?

中井さんは鷺ノ宮さんと一緒に戻らずちょっとだけ笑ってスッとこちらを通り過ぎた。

光ヶ丘くんはそれを見てホッとしたように息を吐く。


……胸のモヤモヤがどんどんと大きくなっていく。

鷺ノ宮さんの今の行動は何?中井さんはどうして笑ったの?


「なんだったんだろうね。

……昨日車で来たから……?」


光ヶ丘くんはうーん、と首を傾げている。

聞かれてもわかるはずがない。

光ヶ丘くんはなんでも隠しているのだから。


「私にはわかんないよ。」


思わずキツイ声で言ってしまった。

自分でもその声音にビックリして、けれどなんて続けていいかわからない。


「……そう、だよね。」


「……ごめん。」


お互いまた無言で歩く。

こういう時どうしたらいいのかわからない。


「……恋ヶ窪さん。

何を怒っているの?」


私は光ヶ丘くんを見つめた。

怒っているのだろうか。私は、彼に。


「……別に……。」


「恋ヶ窪さん。」


彼は咎めるような、縋るような声を出した。


「……お願い、拗れたくない。」


光ヶ丘くんはそっと私の手を掴んだ。

私はその手を握り返す。

私だって拗れたくない。そして、この気持ちは話さなければ解決しない。

私は意を決して光ヶ丘くんに尋ねた。


「……光ヶ丘くん。中井さんと何かあったの?」


「どうして?」


「だって、一昨日一緒にいたって……。

どうして一緒にいたの?」


「……それは……。」


光ヶ丘くんは珍しく言い淀んだ。


「……答えたくないならいい。」


「待って。

……一昨日は……中井さんが……。」


「いいよ、無理に話さなくて。

誰にだって隠し事はあるもん。」


「……俺が隠し事してたから怒ってるの?」


彼は私の顔を覗き込んだ。

不安そうな顔で。


「だって……!光ヶ丘くん隠し事ばっかり!

小平さんの偽装彼氏やってたり、田無さんと2人で拝島くんの家に行ったり……!

光ヶ丘くんが頼られてるのは分かるけど、でも、私はいつも蚊帳の外。

何をしてるのかわからないから不安になる……!」


言い切って、息を吐く。

束縛するうざい女だと思われただろうか。

不安定な女だと、面倒な女だと思われただろうか。


光ヶ丘くんの顔を見上げる。


彼は笑顔を浮かべていた。

見たこともない、妖しい笑みだ。


「……恋ヶ窪さん……嫉妬してくれたの……?」


光ヶ丘くんの声は僅かに震えていた。

顔は紅潮し、息も洗い。


「……そう、だよ。

光ヶ丘くんが他の女の子と喋ってたら気になる。」


「そっか。そうなんだ……。」


彼は潤んだ瞳で私を見つめる。

……なんだかさっきから様子がおかしい……。


「ひ、光ヶ丘くん?」


「恋ヶ窪さん……!」


光ヶ丘くんは私を抱き締めた。

こんな路上で、力強く。


「キャア!?ど、どうしたの!?」


「恋ヶ窪さんが嫉妬してくれたのが嬉しくて……!

恋ヶ窪さん可愛い。堪らない……。」


彼は感極まったように私の名前を呼ぶとキスをしてきた。

何度も長くしてくる上に抱き締める力が強まるので息が苦しい。

こんな、学校の近くで……!


「ひ……かりがおか……くん!」


私が彼の肩を叩いて止めると、彼は慌てて身を離した。


「……あっ、ごめん。あんまりにも可愛かったから飛んじゃうところだった……。

……俺が好きなのは恋ヶ窪さんだけだよ。

君だけがこの世で1番大好きで、大切なんだ。」


「光ヶ丘くん……。」


彼の愛情を感じる言葉に頭がポーッとなった。

私は光ヶ丘くんを抱きつく。


「……八つ当たりしてごめん。」


「ううん。」


私と光ヶ丘くんは見つめ合った。

周りに人はいない。


私は彼と唇を合わせた。


もしフライデーがいたら「高校生、明るいうちから路チュー!!」と見出しで書かれることだった。

危ない危ない。

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