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強制手段

「ごめんなさい、急に呼び出して。」


中井さんはいつものあの淀んだ笑顔を見せて家の近くの公園に現れた。


「いいよ、別に。

それにしても誰にも見つからないような家出なんてどうして急に。」


「だって、あんな噂流れたら学校にいられないじゃない。」


あんな噂、とは彼女が中学の時に教師の子供を妊娠したことだろう。

彼女は否定していない。


「気にしてないと思った。」


「そうね、あまり気にならないわ。」


「ならどうして……?」


「気にする人がいるから。」


中井さんは呆れたような顔で微笑んだ。

今までに見た中で1番自然な顔だった。


「そうだ。

お礼なんだけれど、あなたが何喜ぶかわからなくて。

取り敢えずこれ。」


中井さんは分厚い封筒を寄越してきた。

中を見てみると全て一万円札だった。


「なにこれ。どうしたのこんなお金。」


「持ってたブランド品全部売ったら150万円になったのよ。どうぞ、数えても構わないわ。

それとも、お金じゃない方がいいかしら。」


「こんな大金……。

……あれ?荷物それだけでいいの?」


中井さんの荷物はボストンバッグ一つのみだった。

これから家出するにしては少ない。


「私、あまり物は持たない方なのよ。」


「あんなにブランド品持ってるのに?」


「親が私に買い与えるのよ。」


それを全て売り払ったということか。

何か違和感を覚える。

なんだか今日の彼女は吹っ切れて見える。

何故?家出するから?不安は微塵にも見られない。

そこでふと気付いた。まさか。


「ねえ、それよりどこに行くの?」


「……どこだって良いんじゃない?」


「どうして。困るわよ、変なところだったら。」


「だってそこで死ぬつもりだよね。」


中井さんは目を見張った。

図星か。


「まさか。死ぬつもりなんてないわよ。」


「ならこのお金、俺に全部渡していいの?今後の生活に必要なんじゃない?」


「貯金があるから平気よ。」


「前に貯金はしてないって言ってたよね?

君にしては意外だなって思ったから覚えてるよ。

悪いけど、死にに行かせるわけにはいかない。

家まで送るよ。」


「待って。」


中井さんは俺の手を強く引いた。

冷たい手だ。まるで幽霊のように。


「お願い、迷惑はかけない。

暫くはどこかで身を潜めて失踪ってことにする。死ぬときも身元が分からないようにするわ。だからお願い。」


「冗談じゃない!

君が死んだら少なくとも2人泣くよ。

1人は恋ヶ窪さん、もう1人は千川くん。

そんなことはさせられない。」


「死んだなんて知らなければ泣くこともないわ。」


「失踪だとしても相当傷付くと思うよ。

ねえ、千川くんのことどうでもいいの?

千川くんはあんなに中井さんのこと好きなのに。」


そして中井さんも千川くんのことが好きなのだろうと思っていた。

2人とも意地を張っているが、本当は思い合っていると。


「違うわ、彼は私に罪悪感を持っているの。だから償おうと必死なのよ。

お願い。これ以上私に彼を潰させないで。本当は真面目で友達想いの人なの。あんな、不良気取ってるのおかしいのよ。

私は気にしないのに彼は私の噂を気にしてしまう。なんとかしようとしてしまう。

だからどんどん荒れてってああなってしまった。

これ以上私のことで思い悩ませたくない。彼の前から消えたいの。」


彼女は必死で俺に言い募ってきた。

驚いた。

中井さんがこんなに必死な顔をするところ見たことがない。想像もできなかった。

それほどまでに千川くんのことが大事なんだろう。


「千川くんがそんなに大事なら余計に死んじゃダメだ。」


「大事だからこそ側にいれないのよ。」


「……千川くんから離れたいなら死ぬ必要はない。」


中井さんは泣きそうな顔で微笑んだ。


「夕間がいたから生きていただけよ。

本当はもっと前に死ぬはずだったんだから。」


いつも飄々としていた彼女だけど、やはりあの噂は彼女を追い詰めていたのだ。

死にたいと思うほどに……いや、生きたいと思えなくなるほどに。


そして、あの噂は本当だったのだろう。

教師の子供を妊娠した時か、中絶した時か。いつかはわからないがその時に死ぬつもりだったのだ。

そう思うと、彼女から常に漂う全てを投げ出したような雰囲気に納得がいく。

その事件の時からずっと、彼女は……。


けれど死んだら千川くんが悲しむ。だから彼女は今まで生きていた。


それでも、千川くんは中井さんの誹謗中傷に耐えられずに喧嘩をしてばかりになって荒れて、それを見ていた中井さんは限界を感じたのだろう。

自分がいると千川くんが荒れてしまうから、離れようと。

離れて死のうと。


とにかく俺の手に負えない。

中井さんをここで家に帰したら、今度は俺を頼らずに死にに行くだけだ。

さすがに見殺しには出来ない。

彼女は確かに嫌な奴だが、憎んでいるわけでもないし、情はある。


「わかった。

どこかまでは送るよ。」


「……納得したとは思えないけど。」


「納得してない。

けど、家を出ることは賛成だよ。

このお金は返すから、別の場所でやり直せばいい。」


俺は中井さんに150万円の札束を突き返した。


「……どうして。」


「お金には困ってないから。

出世払いでいいよ。出た先で偉くなって力を蓄えておいて。」


「本気で言ってるの?」


「うん。だから死なないで。死んだら墓荒らすからね。

じゃあ、沼袋に頼んで車出してもらおう。」


俺は運転手の沼袋を呼び出した。

ついでに行き先もこっそり指示しておく。


「お待たせしました。」


「いえいえ、付き合わせてすみません。」


「構いません。」


沼袋は無表情にドアを開ける。

中井さんは警戒するように車内に入っていった。

俺はその隣に座る。

ああ、これが恋ヶ窪さんなら、楽しいドライブになるというのに。


「今、これが恋ヶ窪さんならなって思ったでしょ。

フフ、私も光ヶ丘くんじゃなければって思ってたところよ。」


自殺を考えている割に元気だ。

死ぬ必要ないんじゃないの?


「思ってないよ。

あ、沼袋さん。このジュース貰っていいの?」


「どうぞ。」


「中井さんはオレンジジュース飲める?」


「ええ。」


「そう、よかった。」


俺と中井さんは同時に缶を開け、ジュースを飲む。


「それで、どこに行くのかしら?」


「内緒。着いてからのお楽しみだね。」


「変なところはやめてよ。」


「大丈夫大丈夫。」


中井さんは疑わしげな目でこちらを見たが何も言わずにオレンジジュースを飲んでいた。

疑うべきはその飲み物だというのに。

俺は心の中でほくそ笑んだ。


30分経った頃だろうか。

中井さんの頭がゆらゆらと揺れ始めた。


「……なんだか眠いわ。

光ヶ丘くん、さっきのジュースに何か入れてないわよね。」


「睡眠薬が入ってるよ。」


「え……何やってるの……?

んん……眠い……。」


中井さんは身を起こそうとしたが、眠気に勝てなかったのかそのまま椅子に倒れこんだ。


「翡翠さん、後ろにブランケットが。」


「ありがとう。

じゃあさっき言った場所に向かってもらえる?」


「了解しました。」


50分ほどで目的地に辿り着いた。

思ったより時間がかかってしまった。

刑事ドラマなんかに出てくる飲ませたらすぐ眠くなる薬というものがこの世にあればいいのだが、そうはいかない。


俺が車から降りるとすぐに千川くんが駆け寄ってきた。


「なんだよ、こんな時間に大事な話って。」


「うん。色々あるんだけど。

車に乗ってくれる?」


千川くんは睨みをきかせながら車内に乗り込む。沼袋は気を利かせ車内から降りた。

俺は千川くんの一列後ろに座る。

中井さんの姿を見ると更に千川くんの目は鋭くなった。


「どうしたんだよ、こいつ。」


「……家出しようとした。」


「はあ?」


「……家出して、行方をくらまして、そこで死ぬつもりだったみたい。

……というか死ぬつもり。」


「何、言ってんだよ。死ぬ?」


俺が頷くと千川くんは顔を覆った。

簡単に信じてくれるということは、彼ももしかしたら予兆を感じていたのかもしれない。


「なんで死のうなんて……。」


「ずっと前から考えてたみたいだよ。

でも、死んだら千川くんが悲しむって我慢してたらしい。

ただ今回の騒動で我慢出来なくなったみたいで……」


彼は辛そうに体を丸めた。


「……別れを言うために今日うちに来たのか……?なんでだよ……。どうしたらいいんだよ……。」


千川くんは今にも泣き出しそうな声で呟いた。

俺にはどうすることもできない。

こうやって千川くんに会わせるのが正しいのかもわからなかった。


「……君が、中井さんのことで喧嘩して荒れていくのが見てられなかったみたいだよ。

千川くんを潰したくないって言ってた。」


「俺が自分でこうなるって決めたんだよ。

暁が原因じゃないし、そんなんで潰れねえよ。」


千川くんはそっと中井さんの手を握った。

馬鹿な中井さん。

千川くんはこんなにも中井さんのことが大事なのに、どうしてそれが分からないのだろう。


「……千川くんに中井さんを任せても平気?」


「ああ。」


「心中したりしないよね。」


「するわけねえだろ。」


千川くんは当たり前だと言わんばかりに吐き捨てた。


「よかった。

中井さん多分あと30分は起きないと思う。起きたら千川くんの家にでも連れて行って。」


「……あと30分……?」


「あーあの、睡眠薬飲ませたんだ。

自殺するって聞かないからちょっと無理矢理……。」


「怖えな……。恋ヶ窪に悪用すんなよ。」


「…………………………………………うん。」


「間が長い……。」


千川くんがため息を吐くと、中井さんがモゾモゾと動き出した。

もう目が覚めたのか。薬がそこまで効かなかったようだ。


「…………ゆうちゃん?」


ゆうちゃん?

千川くんを見る。まさか、夕間のゆう?


「……随分と可愛いあだ名だね。」


「うるせえな!

……暁、大丈夫か?」


……そういえば中井さんも千川くんのこと夕間と呼んでいたし、千川くんも中井さんのことキョウと呼んでいる。

幼馴染なんだっけ?

通りでお互い、変に通じ合ってるわけだ。


「……あれ?私……。

そうだ、光ヶ丘くん、あなた人に睡眠薬盛るなんてどうかと思うわ……。」


「ごめんね、どうしても止めたくて。」


「なんで止めるのよ……。わたし……」


「死にたかったってか?ふざけるなよ。」


千川くんが中井さんを腕の中に閉じ込めた。

言ってることとやってることが正反対だ。


「言っておくけどな、お前がいなくなったら俺はもっと荒れるぞ。

お前の両親ボコボコにしてやるし、あのサッカー部の連中と入間はぶっ殺す。

そうしないのはお前がそれを望んでないだろうと思ったからだ。」


彼は中井さんから少し身を離すと、頬を撫でた。


「お前は枷だよ。

無くなったら、俺はあっという間に地獄行きだ。」


「なに言ってるの。

ゆうちゃんは優しいからそんなことできない。」


「いつまでも俺に幻想抱いてるなよ。

俺は優しくしたい奴にしか優しくしない。」


俺にも優しいよね、千川くん。


「大体、何も気にならないなら俺の将来なんかどうでもいいだろ。気にすんなよ。

俺の将来は俺が決める。

だからお前はお前のしたいように生きればいい。生きて、また前みたいに笑えよ。」


千川くんは力強く言い切った。

すごく男らしい言葉だ。

中井さんはポカンと千川くんを見つめていたが、やがて蕩けるように笑った。

いつもみたいに澱んだ目をしていない、綺麗な笑顔だった。


「ありがとう。」


そのまま中井さんは千川くんに倒れこんだ。

おっと、これはちょっと外に出ているべきか。


「……俺外出てるね。」


「いや、待て。

お前睡眠薬どれくらい入れた?」


「え?」


「また寝たんだけど……。」


……睡眠薬の効果が一時的に薄くなって目が覚めたということか?

そんなことあるんだろうか。


「……いや、用量用法守ったよ。」


「ならいいけどよ……。

もう絶対使うなよ。」


「…………………………………………うん。」


「……間が長いんだよなぁ。

……まあいい。そろそろ行く。こいつは貰ってくぞ。」


「是非是非。」


千川くんはこちらを一瞥すると「ありがとよ」と呟いた。

それから中井さんをヒョイと抱えて車を出ると家に帰って行った。


「俺たちも帰りましょう。

今日はありがとうございました。」


「とんでもございません。」


沼袋は車に乗りエンジンをかける。


明日中井さんと会えるといいな、と今まで一度も願ったことないことを思った。

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