滅びろ体育
今日の体育はバレーボールだ。
球技は苦手だ。
あまりのノーコンっぷりに中学の時はボールを持たせるの禁止と言われた。
私がボールを持つと必ず何かにぶつけるからだ。
「はあ、バレーボール苦手なんだよね……。」
「結衣も?」
「うん。シュート?ホームラン?出来ないんだよね……。」
「バレーボールにシュートもホームランも無かった気が……。」
「バスケなら出来るんだけどな……。」
結衣が体育館の半面を見た。
そこでは男子かバスケットボールの試合を行なっている。
「光ヶ丘くんカッコいいなあ……。」
「……体育座りしてるだけだけど……。」
「何もしてなくてもカッコいい……。」
その時光ヶ丘くんと目が合った。
見つめすぎていたようだ。
彼はニッコリ笑うと、私に手を振ってくれた。
う、嬉しい……。
「ああ、アヤ!倒れないで!
今から試合だよ!」
「あ、ご、ごめん。
光ヶ丘くんの余りのカッコよさに失神するところだった。」
「手振られただけでしょ。落ち着いて。」
結衣は私をズルズル引っ張りながらコートに入る。
ああ……光ヶ丘くん……。
お願いだから私の試合は見ないでね……。無様な姿をあなたに晒したくない。
「恋ヶ窪さんは私たちと同じチームだね。」
鷺ノ宮さんが駆け寄ってくると、私の腕に抱きついた。
うっ、柔らかな感触……これは胸が?
タオルでも詰めてるんじゃないのか?
デカイ……。
「よ、よろしくね!」
「こちらこそ〜!」
田無さんも鷺ノ宮さんに習って私に抱きついた。
田無さんも中々……。
「……2人とも毎日牛乳飲んでるの?」
「飲んでないけど……どうして?」
「む、胸が大きいから……。」
「ああ、恋ヶ窪さん小さいもんね。」
鷺ノ宮さんが困った顔をしたまま、私の胸を鷲掴んだ。
「ヒッ!」
「でも大丈夫。翡翠くんなら胸が小さかろうが大きかろうが愛してくれるって。
多分。」
「そ、そ、そうかな?」
「恋ヶ窪さんって胸柔らかいね。
これなら翡翠くんも大喜びだよ!
多分。」
「そ、それはよか、った?」
鷺ノ宮さんは眉を下げながら私の胸を揉んでいる。
田無さんはそれを見ていたと思ったら、なぜかやっぱり揉んで来た。
「揉むと大きくなるらしいよ。」
「あ、ありがと、う?
でも、ほら、試合はじまるから!」
「大丈夫大丈夫。先生が空気入れ持って来てていないから。」
「まだ揉むつもり!?」
その時、私の足元にバスケットボールが転がって来た。
「ごめんね、ボール飛んでっちゃった。
拾ってもらっていい?」
ひ、光ヶ丘くんだ。
私は揉む手が緩んだところでその手を払い、ボールを拾って光ヶ丘くんに渡した。
「は、はい!」
「ありがとう。
試合頑張ってね。」
「う、うん!」
ジャージ姿の光ヶ丘くん……。
気絶しそうなほどカッコいい……。
「ありゃりゃ、女相手にも嫉妬するもんだね。」
「自分も触りたいだけじゃないかなあ。」
私はスキップしながら鷺ノ宮さんと田無さんの元へと戻った。
ルンルン気分だ。
「あ、先生戻って来た。
試合はじまるよー。」
私は試合が始まっても、バレーに一切集中出来なかった。
……みんなの胸を見てしまう。
ああ、すけべオヤジみたいだ……。
それもこれもみんなが思っていたよりも大きいことが原因だ。
意外なのが結衣である。動くたびポヨンポヨン揺れるほど大きい。
……何詰めてるんだろう……。綿?
反対に、中井さんは親しみを覚えるサイズだ。
彼女は全体的に小柄で華奢で、まだまだ成長途中という感じだ。
成長したら胸も大きくなってしまうだろう……。お願い、今のままでいて。
「じゃあ次、恋ヶ窪さんサーブお願いね。」
「……人にぶつからないように祈っといて。」
「…………わかった。」
鷺ノ宮さんも田無さんも神妙な面持ちで頷いた。
よし、やるぞ!
……と意気込むとろくなことにならないものである。
私の打ったサーブは弧を描くことなく右寄りに直進し、ボールは思い切り結衣の頭にぶつかった。
あんな軌道、誰が予測できた?
「結衣っ!」
「ウッ……アヤ……。」
結衣はゆっくりと膝をついた。
私は試合を投げ出し彼女の肩を抱く。
「お願い、死なないで結衣!
あなたが死んだらカラオケパジャマパーティの約束はどうなっちゃうの!?」
「済まぬ……。」
「結衣ーッ!」
「盛り上がってるところ悪いけど、成績つけられないから早く保健室連れてってあげてくれないかな。」
先生が名簿片手に急かす。
「私が責任持って連れて来ます。」
「保健委員がいいんじゃない?
ほら、保健委員さんー?」
「朝霞さんです……。」
「あ、あら……。」
結衣は側頭部を抑えて「なら私が連れて行きます!」と訳のわからないことを言っている。
ダメだ、打ち所が悪かった。
「男子の保健委員は誰?」
「…………拝島くんです。」
「あらあら……まだ自宅謹慎中だよね……。
いいわ、なら恋ヶ窪さんが連れて行って……」
「俺行きます!」
手を上げたのは井荻くんだった。
周りから笑い声が聞こえ、その後「なら俺行きますよ!」「いやいや俺が!」と希望者が募る。
そんなに体育が嫌なんだろうか。
「ええ?恋ヶ窪さん行くって言ってるからいいわよ。
ほら、シュート練習してなさい。」
「いやー、でもほら、男手があった方がいいっすよ!」
「そうそう、朝霞さん1人で歩けないかもしれないし!」
「俺おぶって行きますよ!」
……?
なんかおかしい……。
その時誰かの声が耳に入った。
「朝霞さん胸大きいから……。」
そ、そういうこと?
なんともしょうもない。
こんな奴らに任せておけないので私が行かなくては。
私は立ち上がって結衣を起こす。
「結衣、歩けそう?」
「てやんでい!あたぼうよ!」
結衣は勢いよく立ち上がるとそのまままたしゃがみこんだ。
ダメダコリャ。
「ああ、朝霞さんダメだよ!急に立ち上がったら!
ゆっくりゆっくり。」
結衣は言われた通りゆっくり立ち上がり、フラフラと歩き出した。
私が横で支えるが、グニャグニャとしてうまく支えられない。
なんだこの茹でたパスタみたいな生き物!
そのとき、頭の上から声が降ってきた。
「だいじょうぶー?」
声の主、秋津くんは長身を曲げて覗き込んでくる。
その顔は他と違ってニヤニヤしておらず、無表情だった。
「えっと、結衣大丈夫?」
「べらんめい!」
さっきから訳のわからないことばかり言う。
ああ、こうなってしまったのも全て私の責任である。なんて申し訳ない。
「ダメかも。」
「オレ手伝うよ。
えーっと、なんとか窪さんは腕持って。
オレが足持って運ぶから。」
「……え?そういう運び方?」
「え?違うの?」
「そ、そうじゃなくて支えてあげれば歩けるし……。」
「ああ、なるほどね!」
秋津くんは真顔で手のひらをポンと打つと、結衣の体を持ち上げた。
お、お姫様抱っこだ!!
周囲から歓声があがる。
「こういうこと?」
「違うけど、それでいいや。」
「じゃあオレ、あさ……がやさん?のこと保健室運んでくるよ。」
「よ、よろしくね。」
秋津くんは真顔でえっほえっほと言いながら去って行った。
……任せて良かったんだろうか。
「良かった。頼りになる子がいて。
じゃあ朝霞さんのことは秋津くんに任せて授業を再開しましょう。
ほら、恋ヶ窪さんも戻って。」
「はーい。」
先生が笛を鳴らし、試合開始のホイッスルが鳴る。
田無さんと鷺ノ宮さんは私に決してサーブを打たせようとしなかったが、それ以外は概ね満足のいく結果になっただろう。
「……恋ヶ窪さんは居残りね。」
……はて、どうしてだろうか。
結局、放課後居残りとなってしまった。
「恋ヶ窪さん、居残りだってね。」
授業終わり、爽やかに光ヶ丘くんが話しかけて来た。
額に光る汗すら美しい。
「う、うん……。」
「俺待ってるから、終わったら教室来て。」
「光ヶ丘くん……!!」
なんて優しいんだ!
補習になった私を馬鹿にせず、それどころか一緒に帰る約束をしてくれるなんて。
大好きだ。
「あの、すぐ終わらせるから!」
「焦らなくていいよ。
ちゃんとすれば、絶対出来るから。ね?」
光ヶ丘くん、なんて罪な男。
これ以上私を惚れさせてどうするつもりだ?
「イチャついてるのもいいけど、早く着替えて来たら〜?」
「あ、そうだった!」
他のみんなはもう着替え終わったらしく、制服姿で廊下を歩いていた。
「俺も行かなきゃ。
またね。」
「うん!
……あれ、秋津くんって帰って来たっけ?」
「秋津くん?
……そういえば見てないな。」
保健室に連れて行ってからもう結構経つのに。
もしかしてサボってるのかな。
「……まあいいか。」
なんにせよ結衣の様子が大事だ。
もし一生あのままなら、私は責任を取って共に生きていこう……。
私はそんな決意を胸に、着替えてすぐ保健室に向かった。
「失礼します。
……あれ?誰もいない……?」
そうか、保険医さんもお昼休みかな?
ベッドを見ると一つしか使われていない。
結衣だろう。
私はそっとカーテンを開けた。
「結衣ー、大丈夫……」
そこにいたのはすやすや眠る結衣……と、すやすや眠る秋津くんだった。
秋津くん、まさかお前も下心ボーイズだったのか!?
「あ、秋津くん!?何やってんの!」
「……あー、なんとか窪さんおはよう。」
「おはよう!
なんで結衣のベッドで寝てるの!」
「運び疲れちゃって……。」
「隣の使いなよ!」
「んー……アヤ?」
結衣がのそりと体を起こした。
そしてゆっくりと自分の周りを見渡す。
「あ、あ、秋津くん!?!?
なんで!?何やってんの!?」
「眠くてー。」
「変態!お嫁にいけなくなるじゃない!」
結衣は秋津くんの背中をバシバシ叩いた。
言ってることは古風だが、なんにせよ元気そうでよかった。
「えー?だいじょうぶだよ。
あさがやさん可愛いから。貰い手あるってー。」
「朝霞ですけど……?」
「あー、あさか。あさかね。
オレ人の名前覚えるの苦手なんだ。」
「とにかく下りてーっ!!」
秋津くんはヒョイとベッドから下りた。
結衣は私の腕をひくと、私の陰に隠れた。
「秋津くん、結衣に何もしてないよね?」
「何もって?」
「……おっぱい揉んだりとか?」
結衣に背中を殴られる。
ごめん。他の言い方思いつかなかった。
「揉んでないよー。
オレおっぱい興味ないもん。」
「そ、そうなんだ。
私もおっぱい大きい子より、小さい子を大事にしてほしい。」
「アヤ、なんかおかしくない?」
「あー、なんとか窪さんおっぱい小ちゃいもんね。」
私は思わず枕を振りかざしていた。
これから育つんだよ!馬鹿め!
「秋津くん。」
こ、この麗しい声は!
私はサッと枕を下ろした。
カーテンが開く。
光ヶ丘くんだ!
「あー、えっと、光……くん。」
「先生が探してたよ。
シュートの小テストのときいなかったから、放課後テストしたいって。」
「光ヶ丘くん、どうしてここに?」
「朝霞さんに会いに来た恋ヶ窪さんに会いに来た。」
爽やかに微笑む光ヶ丘くん。
なんて美しいのだ。
秋津くんのことなんかどうでもよくなってきた。
「朝霞さん調子はどう?」
「えっと、すっかり良くなったので、どうぞ。アヤは献上します。」
「有り難く頂戴するね。
じゃあお昼食べにいこう。」
「え?結衣は?」
「もう少し休むよ……。なんか、なんでかな。気疲れしてる……。」
確かに、目が覚めていきなり秋津くんが隣にいたらビックリするよな……。
「そっか。
ごめんね、ボール当てちゃって。」
「平気だよ。
それよりお昼行ってきな?」
「うん……。
……秋津くんも行こう。」
「オレはもう少し寝てる。
ほら、あさかさん、詰めて詰めて。」
「なんで同じベッドで寝ようとするの!?」
秋津くん、ダメだあいつ。
私が秋津くんを止めようとすると、光ヶ丘くんに遮られた。
「放っておけばいいよ。
あれも仲良しの証拠だね。」
「そうなのかな……。」
「平気平気。」
結局秋津くんは結衣のベッドに潜り込んで、3秒もしない内に眠りについた。
結衣は呆れた顔でそれをみたが、疲れていたのだろう。彼女もそのままベッドに横たわった。
また後で様子を見に行こう。




