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二人の暗黙の誓い

初めてのデートは最高だった。

恋ヶ窪さんがまさか俺のあんな細かいところまで見ていたなんて。

意外と変態なんだな。


更にはキスもしてしまった。

顔が真っ赤になっている彼女が可愛くて何度も唇を合わせていたら「ペンギンが見てるから!」というよくわからない理由で止められてしまった。

ペンギンは餌を持ってない限り俺たちに興味はないだろう。


「ニヤニヤしてる!

もしかしてtake out出来たの?

卒業おめでとう。」


「……清瀬さん。おはよう。」


最高な気分が一気に下がっていく。

清瀬さんに口枷を付けることを法律で定めてくれ。


「恋ヶ窪さんって胸小さいけど、どうだった?

胸小さい方が感度良いらしいね。」


「……知らないよ。」


どうしてそんな下世話なことばかり知ってるんだ?

不思議だ。ついでに黙って欲しい。


「良くなかった?

恋ヶ窪さんってマグロ?」


「知らないってのはわからないって意味だよ。

なんでだと思う?何もしてないからだよ。」


「えっ?甲斐性ないなあ。」


「あのさ、水族館に、小平さんとその彼氏と、4人でデートしたの。

いたって健全だから。」


「4人で?hardだね。」


死んで欲しい。


「おはよう、清瀬さん。

卒業おめでとう、光ヶ丘くん。」


歌うような声が聞こえてきた。

最低最悪なことに中井さんも登校してきたようだ。


「おはよう…………。」


「あら?元気ないわね。」


「Hustleしすぎたんじゃない?」


「ああそういうこと。

恋ヶ窪さんは平気そうなのに。流石光ヶ丘くん、情けないね。

避妊はちゃんとしたんでしょうね?責任取る準備した?」


俺はどうしてこの2人と話さなくちゃいけないんだろう。

恋ヶ窪さんと話したい。

というか恋ヶ窪さんとしか話したくない。


だが恋ヶ窪さんは朝霞さんと楽しげに話している。

仲の良い友達と話しているのを邪魔されたくないだろう。

あと、俺が近づいたらこの穢れたコンビも来て恋ヶ窪さんと朝霞さんに余計なことを言いそうで怖い。


「2人とも席に着きなよ。」


「光ヶ丘くんに指図されたくないのよね……。どうしてかな。」


「それはお前が性格悪いからだろ。」


ダンっと乱暴に鞄を床に置く音がする。

千川くんだ。

この男、中井さんと大変仲が良いのでとても助かっている。


「あら、おはよう。

朝から挨拶もなしに失礼なこと言って。

さすがね。」


「ハッ、お褒めに預かり光栄なことだ。」


「ウフフ、その身に余る光栄をよく噛み締めてね?

あなたの惨めな人生に置いて唯一の奇跡だから。」


「こんなことが奇跡なのか?

随分寂しい人生送ってたんだろうな。

哀れだよ。」


目の前で繰り広げられる舌戦に圧倒される。

よくこんなにポンポン嫌味が思いつくなあ。


「仲良いのもいいけど、俺の机の前でやらないで欲しいな。」


「ごめんなさい、躾のなってない猿人の相手してたらつい。」


「悪い、救いようのないほど性悪の相手してたらうっかりした。」


2人は同時に言い放った。

お互いの目から光が消える。

どこまでも仲の良い2人だ。


「Good friendだよね。羨ましい。」


「俺の近くでやらなければ羨ましがれると思うんだけどね。」


「仕方ない。お互い惚れ込んでるから。」


中井さんの冷たい目がそのままこちらにスライドされる。

千川くんの三白眼もセットだ。


「清瀬さんってばおかしいこと言うのね?

あ、このおかしいっていうのは面白くて笑えるっていう意味じゃなくて、頭がおかしいんじゃないって意味よ。」


「あんた英語話しすぎて日本語もわからなくなったか?

小学校からやり直して来いよ。いやいっそ母親の胎内から生まれ直して来い。」


あーあ。2人の口撃が清瀬さんに集中してしまった。

清瀬さんさようなら。

俺は涙目の清瀬さんを置いて席を立った。

後ろで「見捨てないで!まだ死にたくない!」と聞こえたが無視をした。


「恋ヶ窪さん。」


「うわ、お、おはよう!」


俺がこちらに来ることは予想外だったのか、恋ヶ窪さんの肩が大げさに跳ねた。


「清瀬さん助けなくていいの?泣いてるけど。」


朝霞さんが呆気にとられた顔で清瀬さんたちを見つめていた。


「平気だよ。あれ演技だから。」


「へ、へえ……。」


多分本当に泣いてるだろうけど、今まで散々迷惑被って来たので助けるつもりはない。


「あ、私お邪魔か。

ホームルームまでごゆっくり……」


「え、いいよ。俺がこっち来たんだから。」


「でも私、カップルの間に入って平気なほど神経図太くないし……。光ヶ丘くんに睨まれたら胃が痛くなっちゃうよ。」


朝霞さんはそう言って席を立った。

俺は別に睨んだりしないのに……余計なことをしなければ。


「気使わせてちゃったね。」


「う、うん。

結衣にはドーナツをプレゼントしておこう……。」


恋ヶ窪さんは鞄からコンビニで売っているような小さなドーナツを出すとそっと朝霞さんの机の上に積んだ。


「光ヶ丘くんも食べる?」


「ありがとう、頂きます。」


なんの変哲も無いただのドーナツだ。

甘くなくてちょうどいい。


「美味しいね。」


「うん。結衣にたくさんあげよう。」


朝霞さんの机の上にドーナツのタワーが出来た。

果たして朝霞さんは喜ぶのだろうか。


「2人とも朝からお熱いね〜。」


「あ、小平さん。おはよう。」


「お、おはよう……。」


「おはよう、水族館楽しかったよ〜。

また誘って。」


小平さんはニコニコ笑っていたが、恋ヶ窪さんは浮かない表情だ。

楽しくなかったのかな。


「……どうかしたの?」


「へ?ああ、いや、別に!」


絶対何かあった。

小平さんを見る。

彼女は何も言わず、ただ微笑んでいた。


「おっはよー。」


「おはよー!」


鷺ノ宮さんと田無さんだ。

……さっきからせっかく恋ヶ窪さんと2人で話してたのにどうも邪魔が入る。


「ダブルデートどうだったの?」


「た、楽しかったです……。」


恋ヶ窪さんはでへへと鼻の下を伸ばしている。

みっともない顔だがすっごく可愛い。


「どこ行ったの?」


「武蔵国水族館に……。」


「ああ、あそこベタ・スプレンデンスいっぱいいるよね。」


「えっ?ベタ……?そんなのいたかな……?」


「いいなあ、私も行きたい!」


「え、そんな羨ましがるものが?いた?」


「サラマンダーバタフライがいるってツイッターで見たよ。綺麗だったでしょ。いいなあ。」


田無さんは恋ヶ窪さんの困惑を他所に話を続けている。


「ベタって観賞魚だよ。」


「そうなんだ……。全くわからなかった……。」


俺もよく知らないが、田無さんと鷺ノ宮さんが書庫整理の時に図鑑を広げて興奮していたので覚えている。

確かに綺麗な魚だが、ニッチな趣味だ。


「光ヶ丘くんも好きだもんね!」


「ええ?いや全く。」


「嘘でしょ。この間ダンボハーフムーンパステルホワイトのベタ好きって言ったのに。」


「呪文?」


それはこの図鑑の中なら何が好きかと聞かれて答えたにすぎない。


「ダンボ……?」


「あ、恋ヶ窪さんも気になる?

これだよ。」


田無さんが見たこともない速さで携帯を取り出して写真を見せていた。


「これが光ヶ丘くんの好きな魚……。」


「写真送ろうか?

2人でお揃いの待受にしたら?」


「おおおお、お揃い!?」


恋ヶ窪さんの顔が真っ赤になる。

お揃いの待受は大歓迎だが、わざわざ魚じゃなくても。


「恋ヶ窪さん、後で水族館で撮った写真送るからそれでお揃いにしようよ。」


「へっ、は、はい……。」


「えー、なんのベタ?」


「ベタじゃないから。」


魚から離れてくれ。

というか恋ヶ窪さんから離れてくれ。

2人で話していたいんだ。


「ほら、もうホームルーム始まるから席に着いたら?」


あと10分ほどあるが、2人を追い払うために適当なことを言う。


「翡翠くんもね。

……あ、ちょっと無理か……。」


鷺ノ宮さんが困った顔をした。

なんだ。

俺の席を見ると俺の席で清瀬さんが突っ伏して泣いていた。

その横で中井さんと千川くんがまた言い争いをしている。

混沌とした状況。戻りたくない。


「……俺この席がいいな……。」


恋ヶ窪さんの隣だし。


「千川くん怖いもんね。」


恋ヶ窪さんはウンウン頷いている。

確かに彼は体格が良くて三白眼で耳にピアスがいくつも付いていて茶髪でいかにもヤンキーだが、話をすることは出来る。


「千川くんはあんまり問題じゃないんだよ。

問題は清瀬さんと中井さんなんだよ。」


「え?でも中井さん優しいし……。」


彼女は普段何を見ているのだろう。

中井さんが優しかったらチカチーロだって菩薩になる。


「それはないかなあ。」


鷺ノ宮さんが困ったように笑った。

もっと言ってくれ。


「それはないねえ。

中井さんに従兄弟が拾ってきた可愛い子猫の動画見せたら、三味線屋にでも売り付ければ?って言われたから。」


恐ろしい女。

田無さんも何故中井さんなんかに可愛い子猫の動画見せた。


「三味線屋……。ざ、斬新だね。」


「残虐非道なだけだよ。」


フッと見ると中井さんと目が合った。

彼女は淀んだ沼のような目をしたまま口角を上げた。

あんな笑顔、般若だって裸足で逃げ出すだろう。


「光ヶ丘くんってば、彼女が出来たからって調子に乗ってるのね。

仕方ないね、童貞卒業出来たらはしゃぐのも無理はないから。

目障りでも多少は我慢してあげる。」


何も教室の真ん中で言わなくても。

そもそも童貞卒業出来てない。

千川くんが唖然と俺を見た。

大丈夫、まだ裏切ってない。

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