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前途多難?暗雲低迷?

小平さんが来ない。

五分遅れると言っていたが、今すでに20分経過した。

そんなに電車遅れてたっけ……?


その時、ドラマでよく聞くポンポンポポンポンという木琴の音がした。

iPhoneの着信音だ!

私の携帯はガラパゴス諸島からやってきたお母さんのお下がり携帯なのでiPhoneのあの軽やかな着信音が羨ましい。


「小平からだ。

もしもし?」


萩山くんの携帯だったようだ。

スマートに耳に当てスマートに電話している。

さすがスマートフォン。


「どうかした?

……え?尾行されてる?

だ、誰に?今どこにいんの?」


尾行!?それって刑事がやるやつじゃないか。


「小平さんどうかしたの?」


「よくわかんない……けど、尾行されてる……?」


「スピーカーフォンにしてよ。」


萩山くんは「今スピーカーフォンにする」と小平さんに伝えると耳から携帯を離し、私たちに聞こえやすいように持った。


「もしもし?」


小平さんの声だ。

走っていたのか息が荒い。


「もしもし、小平さん?

大丈夫?」


「尾行されてるって誰にされてるの?」


「見たことない人。40代くらいのおじさん。

でも多分うちの親の知り合いだと思う。

萩山くんと出かけることがばれちゃったみたいで……。

なんとか撒こうとしたんだけど、全然ダメだった。」


親の知り合いに尾行されるとはどんな状況だ。

小平さんと萩山くんが家から反対されて大っぴらに付き合えないと聞いていたが、まさかここまでとは。


「今どこにいんの?」


萩山くんが焦ったように聞く。


「駅ナカのサマンサタバサの前。」


「すぐ行くから待ってて。」


萩山くんはそのまま駅ナカに行こうとするが、光ヶ丘くんがそれを止めた。


「待って、君が行ったら偽装の意味ないよ。」


「だけど……」


「……俺が行くから。

2人は待ってて。」


光ヶ丘くんは私に「ごめん」と言うと手を振りほどいて走って行ってしまった。


「あ……。」


私は為すすべもなく彼を見ていた。


「……俺、飲み物買って来るよ。

なんか飲みたいのある?」


「あ、じゃあコーラで……。」


私は160円渡そうとしたが、「巻き込んだお詫び」と受け取らなかった。

萩山くんはものの30秒で戻って来た。


「ごめん、ありがとう。」


「こっちこそごめん。

まさか尾行するとは……。

光ヶ丘が彼氏ですって言ってからは結構監視の目が緩んでたんだけど……。」


「えっ?」


光ヶ丘くんが小平さんの彼氏……?


「……知らなかったの?

小平が親の目誤魔化すために言ったみたいだよ。

……光ヶ丘なら釣り合いが取れるからな。」


全然知らなかった。

だから光ヶ丘くんは小平さんとならダブルデートすると言ったのか。


彼氏のふりをしていた光ヶ丘くん。

なんだかモヤモヤする。

それ、少女漫画なら恋愛に発展するやつだよね?


「……それっていつの話?」


「一ヶ月前かな。

俺たちが付き合いだしてしばらくした頃だから。」


一ヶ月間も彼氏のふりをしていたのか。

モヤモヤが募って行く。

小平さんは萩山くんと隠れて付き合いたいから光ヶ丘くんにお願いしただけだろうけど、光ヶ丘くんは?

なんで光ヶ丘くんはその頼みを聞いたんだろう。


そもそもなんで私と付き合ってるんだ。

彼の周りには可愛い女の子が常にいて、私なんか石ころみたいなものだ。

石ころのことが好きだと言っていたけど、それは何故?石ころのどこが好き?

地面に転がっている様が好きとかはないだろう。


「……嫌だよな。」


萩山くんに声をかけられハッとする。

が、モヤモヤは晴れない。

今更な疑問が頭から泉のように湧き出てくるのだ。


「な、なにが?」


「自分の彼氏が、別の奴の偽装彼氏やってるなんて。

ってか俺も正直嫌だし。

光ヶ丘顔良いからさ……取られちゃいそうで。


でも、小平の親は人を篩にかけるような親だ。篩から落とされた人間は……。

……とにかくこうでも偽装しなきゃデートも出来なくて……巻き込んでごめん。」


萩山くんはどこか疲れて見えた。

そうだ。彼だって普通に恋人と会いたいのだ。


「気にしないで。大変なのは2人の方でしょ。」


「……ごめん。」


「いいって。

デート楽しもうね!」


私は顔を上げる。

仕方のないことなのだ。

遠くで光ヶ丘くんが歩いてくるのが見えた。


✳︎


「ごめん……あたしのせいで……。」


「尾行撒けた?」


「ああ、さっきからつけてきてなんなんですか、警察呼びますよって言ったら逃げてった。

尾行バレてないと思ったみたいだね。」


ホッと息を吐く。

何事もなくてよかった。


「じゃ、水族館行こっか。」


光ヶ丘くんは私の横に並んで歩きだした。

その後ろで小平さんと萩山くんが尾行をどう撒くか話し合っていた。

まるで逃走犯みたいだ。


光ヶ丘くんは水族館に何がいるか、イルカショーは見るかどうかといった他愛のない話をしている。

その両手は空いている。


いつもみたいに手繋いでくれないのかな。


普段恥ずかしくて慣れないが、こうして手を繋がないと繋がないで寂しく感じる。


「恋ヶ窪さん?どうかしたの?」


「あ、えっと…………なんでもない。」


自分から手を繋ぎたいと言っていいのか。

わからない。


「本当に?」


「あ、う、ん。

あの、ペンギンは水族館か動物園かわかんなくて。」


「そういえば両方にいるね。

飼いやすいのかな。」


そんなことはどうでもいいのだ。

いや、確かに水族館にも動物園にもペンギンがいるのは不思議だし気になる。

けれど今は、光ヶ丘くんと手を繋ぐことの方が大事じゃないか?


しかし結局私は、水族館に着いてからも彼に手を繋ぎたいと言い出すことが出来なかった。

小心すぎる。


「何から見る?」


小平さんは館内マップを広げて「クラゲ……イソギンチャク……」と何やら呟いている。


「やっぱり順路通り見るのがいいんじゃない?

人の流れに乗れるし。」


「そうだな。」


小平さんはそれでいい?と聞こうとすると、既に触れ合いコーナーでヒトデを手に乗せていた。

早い。いつの間に。


「小平……。話聞けよー!」


萩山くんも行ってしまった。

水族館って自由だ。


「触れ合いコーナーか。

何がいるんだろうね。」


「なんだろう……ピラニアとか?」


「触れ合いたくないなあ。」


触れ合いコーナーの浅い水槽にはウニやヒトデ、ザリガニなんかがいた。


「ピラニアはいないね。」


「いたら困るね。」


「エイもいないね。」


「毒針刺さったら困るね。」


「ウツボもいないね。」


「海のギャングだね。」


よし、ここなら腕を入れても危険はないだろう。

袖をまくり恐る恐る水につける。

冷たい。

ウニを触ってみる。

ウニだ。


「ウニだ……。」


「恋ヶ窪さん、ほら、ザリガニ。」


光ヶ丘くんはザリガニを鷲掴んでかかげて見せた。

ワイルドだ。ワイルドな光ヶ丘くんも好きだ。


「お、大っきい……。」


「触る?」


「い、いい。私にはウニがいるから。」


私は手のひらに乗るウニを撫でた。

棘だらけで痛い。


「ヒトデもいるよ、ほら。」


光ヶ丘くんは躊躇わないでヒトデも掴んだ。

すごい。両手に海鮮だ。


「持つ?」


「ウニは私から離れたくないって。」


「……ウニ好きなの?」


「一回食べてみたい……。」


母曰く美味しいらしい。

私も一度でいいから食べてみたい。

あの、オレンジ色の身……。


「恋ヶ窪さん、食べちゃダメだよ。

展示物だからね。」


「あ、ああ、うん。大丈夫。」


光ヶ丘くんは私の手のひらのウニを水槽に戻した。

さすがに食べたりはしないというのに。


「あれ?

小平さんたちいなくなってる。」


「先に進んだみたいだ。

俺たちも行こっか。」


手を拭いて光ヶ丘くんの横を歩く。

……やっぱり手を繋いでくれない。

繋いでほしいと、言う、べき、だ。


「あの、ひ、」


「あ、光ヶ丘。」


萩山くんがこっちこっちと手を振った。

小平さんはイソギンチャクを食い入るように見ていた。

何が彼女を魅了するのだろうか。


「クマノミでもいるの?」


小平さんの見つめる水槽を光ヶ丘くんは覗き込んだ。

顔、近い。


「隣の水槽ならいるよ〜。」


「この水槽にはイソギンチャクだけ?」


「ううん。

ほら、あそこにちっちゃい魚いるよ。」


小平さんの枝のように曲がった指が水槽の奥を指す。


「え?どこ?」


光ヶ丘くんは身を乗り出し、より2人の距離が近く。

く、悔しい。

私なんてウニを持っただけで、あんなカップルっぽさは無かった。


「ひ、光ヶ丘く、」


「あ、あそこにタコいんじゃん!」


萩山くんは大喜びでタコの水槽に走っていく。

さっきから彼に言葉を遮断されている。

私はもう一度光ヶ丘くんに声をかけようとしたが、小平さんと夢中になってイソギンチャクを見ていたのでやめておいた。


私も好きな海洋生物を見つけるとしよう。

……やっぱりペンギンだな。

ここのコーナーにはいないようなので、3人を置いて先に進むことにした。

仲良くしちゃって、と拗ねた気持ちもあった。


ペンギンはちょっと離れた屋外のコーナーにいた。

それもたくさん。

どのペンギンも泳いだり毛づくろいしたりして可愛らしい。


ペンギンコーナーは穴場なのか、人がいない。

ペンギンは人気者のはずなのにちょっと意外だ。


「恋ヶ窪さん。」


「ひ、光ヶ丘くん。」


穴場に光ヶ丘くんがやってきた。

ペンギンと光ヶ丘くん。

この空間好きな物しか無い。


「よかった。ここにいたんだ。」


「う、うん。ペンギン、見たくて。」


「そっか。

そろそろイルカショーやるみたいだけど、見に行く?」


だからペンギンコーナーに人がいなかったのか。納得である。

私はペンギン派なのでイルカショーにそこまでの興味はないから、人のいない状態でペンギンを満喫できてラッキーだった。


「こ、小平さんたちは、もう行ってる?」


「それが両生類コーナーから離れないんだよね。

2人してずっとウーパールーパー見てて、イルカショーも良いって。」


ウーパールーパー……。

その魅力はわからないが、あの2人がお似合いということはわかった。


「ひ、光ヶ丘くんは、イルカショー見たい?」


「うーん、どっちでも良いかなあ。

恋ヶ窪さん決めてよ。」


「え、え?わた、し?」


「そう。」


光ヶ丘くん私に気を使ってるんだろうか。

イルカショー見たいんじゃないだろうか。

何せ水族館の花形である。


「あの、イルカショー、見る?」


「恋ヶ窪さんが見たいなら。

でも別に見たくないんでしょ?

見たいならわざわざ俺にイルカショー見たいか聞かないもんね。」


「あ、や、その……。」


すごい。光ヶ丘くん杉下右京みたいに言葉をよく聞いて推理してる。


「……ここにいたい……かな。」


「じゃあそうしよう。」


光ヶ丘くんと私は並んでペンギンを眺めた。

ペンギンは思い思いの行動をしている。


私は光ヶ丘くんの腕を見た。

彼の腕は下ろされている。

今なら、手を繋ぎたいと言うチャンスじゃないだろうか。


「あの、ひ、光ヶ丘く、ん。」


「……なに?」


「あの、その、私、て、て、」


「……て?」


「て、手を、つ、繋ぎたい……です。」


言った瞬間ブワアと顔が熱くなる。

そしてやらかした!という言葉で頭いっぱいになる。

言わない方が良かった気がする。

光ヶ丘くんに対するモヤモヤはまだ晴れてないのに、なんか、浅ましい。


「……いいの?」


「へ?」


「いつも手繋いでても握り返してくれないし、嫌なのかと思って。」


「いや、嫌じゃないよ!

あの、その、ただ、は、恥ずかしくて……。

に、握り返す、余裕もない、の。」


恥ずかしいと言うのも恥ずかしい。

でもそうか。私が握り返さないから光ヶ丘くんは私が手を繋ぐのを嫌がってると勘違いしてしまったのか……。


「……そっか。」


光ヶ丘くんは儚げに微笑むと、私の腕をとってゆっくり握った。

……恋人繋ぎで。


ゆ、指の間に光ヶ丘くんの指がある。

恋人繋ぎなのだからそうなのだけれど、すごく、すごくドキドキする。


「これは恥ずかしい?嫌?」


「や、嫌じゃない、けど、その、恥ずかしい……。」


「慣れて。」


「う、わ、わかりました。」


どうしたら慣れるのかわからない。

俯いていると、彼は私の腕を引いた。

体が密着する。


「手繋ぐのもだけど、俺にも慣れて。

すぐ顔真っ赤になっちゃう恋ヶ窪さんも可愛いけど、でも物足りない。俺にも他のみんなみたいに色んなこと話してほしい。


萩山くんとは普通に喋ってたし、笑ってもいたよね。

俺にはあんまり笑いかけてくれないのに。

イルカショーだって、見たくなければ見たくないで良いんだよ。

俺に遠慮しないで。恋人なんだから。」


「う……あ……わかっ、た。」


「俺に言いたいことあるんでしょ?

さっきからいつも以上にボンヤリしてる。」


光ヶ丘くんの洞察力はやはり杉下右京並みだ。

私は観念した。

杉下右京からは逃れられない。


「……光ヶ丘くんは、な、なんで私のこと好きなの……?

光ヶ丘くんの周りって、いつも、可愛い子いるし。

そ、それに小平さんのぎ、偽装彼氏だってやってる。」


言ってから光ヶ丘くんを伺う。

怒ってないかな。呆れてないかな。

しかし彼は光ヶ丘くんは真剣な顔で私を見ていた。


「……まず第一に、俺の周りの人たちはみんな俺と協力関係にあるんだ。

親の仕事上のね。それが徐々に子供同士の関係にも影響してきて、お互いギブアンドテイクでやってるんだ。

俺は小平さんの偽装彼氏をやる代わりに、恋ヶ窪さんの入院日時を延ばしてもらった。

小平さんの経営する病院の一つだったんだよ、あそこ。」


私はポカンとした。

そういえば前に親同士の協力関係がどうとか話していた。

でも何故私の入院日時を延ばしたのだろう。

彼はその質問にすぐに答えてくれた。


「君の入院日時を延ばしてもらったのは、きちんと治療してもらうため。

入院ベッドの確保の為にすぐ退院させたりするから。」


「……1人部屋だったのも、光ヶ丘くんが?」


「うん。その方がゆっくり休まるかと思って。」


確かにゆっくり休まった。

まさか、1人部屋だったのが光ヶ丘くんによるものだったとは。


「な、なんでそこまで……。」


「恋ヶ窪さんのことが好きだから。

それに……君の怪我がすごく心配だった。

俺の目の前であんな……あんな酷いことされてたのに、俺は守れなかった。」


「光ヶ丘くんが気に病むことないよ!

お陰で私、こんな元気にペンギン見てるし!」


「……でも俺は守れたはずなんだよ。」


光ヶ丘くんはまだあの時のことを気にしていたのか。

彼に助けてもらったのだ。気に病まないでほしいのに。


「どうしてそこまで気にするの?」


「だから、君のことが好きだから。

少しだって傷ついて欲しくない。」


「……私なんかのどこが……。

私より良い人はその辺に転がってるよ。」


「転がってないよ。

少なくとも俺の周りには恋ヶ窪さんしか知らない。」


彼は握っている手に力を込めた。


「恋ヶ窪さんしかまともな人間はいないんだ。」

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