光が丘くんは人気者
私のクラスには貴公子がいる。
光ヶ丘 翡翠くん。
名前が既にキラキラと輝いているが、本人も負けずに輝いている。
品行方正、文武両道、眉目秀麗、完全無欠、無遅刻無欠席、空前絶後の全知全能であると言っても過言である。過言だ。
さすがに全知全能ではない。
しかし天は二物を与えずとは嘘だとよくわかる例が彼である。
私はそんな彼に惚れてしまっていた。
✳︎
「光ヶ丘くん!
今日一緒にお昼食べない?
お弁当作って来たの!」
「翡翠くん私のお弁当食べてよ。
自信作なの。」
「フフ、そんなに食べたら光ヶ丘くんのお腹はち切れちゃうね。
私の食べない?」
我がAクラスの人数は19人。
そのうち7人が女子で12人が男子だ。
そして7人の女子のうち私含め6人が光ヶ丘くんにメロメロであった。
「アヤはあの中に入らなくて平気?」
光ヶ丘くんを好きではない唯一の女子、結衣が私の顔を覗き込んだ。
「うん……ちょっと入りづらいかな。」
「まあそれもそうだよねえ。」
私は光ヶ丘くんの席をそっと見る。
彼の周りでは女の子たちがこぞってお弁当を披露していた。
「光ヶ丘くんのハーレムにアヤが入ったらミキサーのごとく3秒でバラバラ遺体になってそうだもんね……」
そんなことはないよ、と私は言えなかった。
確実にバラバラ遺体になるだろう。
恋心よりも我が身が大事な私は光ヶ丘くんハーレムを虚しく見つめた。
そしてクラスの男子たちも虚しそうにハーレムを見ながらお弁当を食べていた。
彼等の気持ちはよくわかる。
そもそもクラスの男女比は男子に傾いているというのに、そのほとんどが光ヶ丘くんに吸い取られていれば虚しくもなるというもの。
「ま、でもアヤは図書委員の仕事で一緒になれるもんね〜?」
結衣は垂れた目をキラキラさせて言った。
そう。そうなのだ。
私と光ヶ丘くんは同じ図書委員で、週に一度、お昼休みと放課後に図書委員の当番をする。
そしてそれは!今日!なのである!
「そう!
だから私、行ってくる!」
「うんうん、頑張ってね。」
私は結衣に見送られながら図書室に向かった。
いざ尋常に勝負!!
✳︎
「恋ヶ窪さん、遅れてごめん。」
光ヶ丘くんは10分してから現れた。
きっとハーレムを振り切るのが大変だったのだろう。
私はちょうどお弁当を食べ終わるところだった。
「いいいいや、ぜんぜんぜん、大丈夫。」
「毎回毎回、迷惑かけてるよね……。」
光ヶ丘くんは長い睫毛を伏せて憂いを帯びた顔をした。
う、美しすぎる!
直視したら目が潰れる!
私は光ヶ丘くんから顔を逸らした。
「へ、へ平気だから。」
ダメだ。
光ヶ丘くんを前にするとどうしてもどもってしまう。
それどころか会話することもできず、沈黙してしまう。
ああ、これじゃあの強力なハーレムに勝てないよ……。
「そういえば今日って書庫整理の日だよね。」
「へっ、あ、ああ、うん、そう、だね。」
書庫整理の日は棚の本を退かして乾拭きするだけの作業だが、何せ図書室は広く、時間がかかってしまう。
「あ、あの、またみんなに手伝ってもら、もらわない?
クラスで呼びかけて……。」
光ヶ丘くんのお願いとあればみんな大喜びで手伝ってくれる。
前回なんか私が少しトイレに行っている間に全て終わっていた。
「うーん……。そうだね。」
光ヶ丘くんは浮かない顔だ。
よく考えたら放課後もハーレムに付きまとわれたら嫌なのかもしれない。
「あ、でも、毎回は図々しいかな。
や、やっぱりやめとく?」
「そうかもしれない。
今回は2人で頑張らない?」
「う、うん。頑張る。」
2人で!2人で!
私は自分の顔が火照っていくのを感じ、また顔を逸らした。
嬉しい!2人で作業できるなんて……!
今日の放課後がすごく楽しみだ。
✳︎
人生なかなかうまくいかないものである。
私がルンルンで図書室に入ると、既にハーレムメンバーがそこにいた。
「あっ……。」
「あー、恋ヶ窪さん遅いよー!
もう始めてるよ?」
どういうことだろう。
やっぱり、彼女たちに手伝ってもらうことにしたのだろうか。
私は光ヶ丘くんの方を見る。
彼は唇だけで「ごめん」と言っていた。
何故彼が謝るのだろう。
人手は多いほうがいい。
確かに、光ヶ丘くんと一緒に、2人きりで作業したかったけど……。
「みんな手伝ってくれるの?」
「そうそう。
今日書庫整理って聞いたから、駆けつけたんだ〜。
早く終わらせようね。」
「そうなんだ。ありがとう。」
本当は今すぐ帰って欲しい……!とも思うが、手伝ってくれるというのに無下にできない。
彼女たちも下心があるとは言え、面倒ごとを片付けてくれるのだ。
私はハーレムの塊から離れて、画集の並べられた本棚を掃除することにした。
ああ、こんなことなら結衣にも手伝ってもらえばよかった。
1人でいると自分の惨めさが浮き彫りになる。
「光ヶ丘くん、あたしそれ持つよ。」
「翡翠くんマスク使う?」
私もあの輪に入れたら少しは変われるだろうか。
例えば、光ヶ丘くんとどもらずに喋れるようになったりしないだろうか。
うじうじ悩んでいると、清瀬さんがモデル歩きで私のところにやって来た。
彼女は普段光ヶ丘くんの側から離れないのにどうしたんだろう。
「清瀬さん、どうかした?」
「ねー、恋ヶ窪さんって光ヶ丘くんのこと好きなの?」
清瀬さんは長い髪をばさりと振り払いながら聞いて来た。
直球ストレートな質問に、自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。
「あ、や、その、」
「ふうん……。やっぱりそうなんだ。
でもさ、やめといたほうがいいよ。」
清瀬さんの切れ長の目は冷たい。まるで冷蔵庫のチルド室のようだ。
私はゴクリと唾を飲んだ。
「ど、どうして」
「だって他の子と違って動機が薄いでしょ。」
「……動機?」
どういう意味だろうか。
好きになる動機?
でも多分みんなと変わらない理由だと思うのだが……。
「私たちはね、本気なの。
本気で、光ヶ丘くんと結婚するつもりなの。」
結婚。
私たちまだ高校一年生なのに。
「そんな、まだ結婚なんて、」
「元華族であり、光ヶ丘財閥の息子。
政界にも太いパイプがある。
こんなすごい家柄の人中々いないよね。
我が家じゃ光ヶ丘家の人がいるって聞いた時から絶対に捕まえておけって言われた。」
「……え?」
予想外の言葉に私はぽかんとなった。
華族?財閥?
「我が家もそこそこの家柄ではあるけど、光ヶ丘家に比べたら全然。
でも、だからこそ光ヶ丘くんと結婚して光ヶ丘家にパイプを持ちたいの。」
「……政略結婚みたいな?」
「違うよ。
結婚の意思は強制出来ない。
だからこそ私たちはこぞって光ヶ丘くんの側にいるの。
光ヶ丘くんが自分の意思で、私を選んでもらえるようにね。」
「みんなそうなの?
5人全員?」
「まあそうなんじゃない?
鷺ノ宮さんは政治家の家だし、中井さんは警視総監の家、小平さんは病院経営者、田無さんのお父さんはキャリア官僚だもん。」
「ウハア……。」
なんだかすごい単語がズラリと並べられ、頭がくらくらする。
警視総監?病院経営者?キャリア官僚?
そういえばみんなブランドのバッグ持ってたり休みのたび海外旅行行ったりしてたな……。
「えっ、まさか知らなかったの?」
「うん……全然……。」
「だって、うちの学校ってそういう学校じゃん。
あ、恋ヶ窪さんって特待生で入ったんだっけ……。」
そうだ。
私立だけれども、私が特待生で入れて家から近かったのでここに決めたのだ。
おかげで入学金、学費、すべてタダである。
「いや、そうだとしてもKelly bag持ってる高校生普通いないでしょ。」
「え?キャリーバッグ?」
「Kelly bag.」
清瀬さんは滑らかな発音で正してきた。
キャリーバッグで来ている子いただろうか?
みんな黒とか茶色の四角の革のバッグを使っているが……。
私がぽかんと口を開けていると、清瀬さんはやれやれと首を振った。
「恋ヶ窪さん、やっぱり諦めた方がいいよ。」
「や、やだよ。
ネバーギブアップなんだから!」
清瀬さんは再び首を振った。
「never give up、ね。」