SS29 「オバケだぞ」
ドアを開けるとオバケがいたので、殴り飛ばした。
俺はキッチンの椅子に座って、涙をこらえた。
「オバケだぞ~」
耳元で能転気な声がしたので、殴った。狙いをつけなかったが、上手く当たったようで、しばらく床をのたうつ音が聞こえた。俺は顔に手を当て、その暗闇を必死に見つめていた。
「すいません、驚いてもらえないと、今日のノルマが・・・・・・」
立ち上がって、椅子を振り上げた。
「す、すいません」
半透明な手を前に突き出して、オバケは俺を制した。薄ぼんやりと背広を着た中年男性の姿・・・・・・に見えなくもないものが必死に懇願している。俺は『見える』方らしいが、それでもこの程度にししか見えない。もっともオバケ側からも同じ程度にしか、こちらを識別できないそうだが。
「悪いが、今日は付き合ってやれん」
「いえ、こちらこそ、すいません。空気読まずに」
しばらく黙っていると、目の前にティーカップが置かれた。
「・・・・・・お好きでしたよね。このハーブティ」
茶色く透き通ったカップの水面を見つめた。
「・・・・・・悪いな」
「いつも協力してもらっているんです。まあ、これくらいしか出来ませんから」
カップを口に運ぶ。姿はぼんやりとしか見えないが、茶は美味かった。
「生きている時はレストランの店長してたんだよな」
「店長って言っても雇われ店長です。ノルマに追われる日々でした」
まさか、死んでからもノルマがあるとは思いませんでしたが、とオバケ。
「・・・・・・はやく天国に行けるといいな」
「ありがとうございます。ああ、そうだ。今日はここ以外で一回成功したんですよ」
「へえ、たいした進歩じゃないか」
オバケは嬉しそうに笑った。
「昔の職場に行ってみたんですよ。嫌な思い出しかない場所なんですが、貴方のおかげで勇気が出ました。大きな誕生日ケーキを運んでいるウエィターがいたから隠れて驚かしたら、こちらが驚くほどのリアクションでしてね。ケーキが吹っ飛んで大騒ぎ・・・・・・おまけにどこぞのカップルがケーキまみれになって笑えました」
そういえば尋ねたことがなかったな。
「お前の店ってどこにあった?」
「駅前です。言いませんでしたっけ」
「イギリス風の内装の店か?」
「ええ、ご存知ですか? 自分で言うのもなんですが、内装に凝ってましてね。まあ、凝りすぎて失敗したんですが。今じゃ、結構なデートスポットらしいです。腹立ちますよね」
おや、どうかしたんですか? とオバケは尋ねた。
「何があったか知りませんが、かっとなってはいけませんよ。まずはお風呂にでも入って、その体についたクリームを・・・・・・クリーム・・・・・・」
俺は椅子を振り上げた。