三度目の走馬燈
日記を書き終えた女吸血鬼は廃屋の冷たい床に転がって目を閉じた。
少し長くなった髪が床に広がったが彼女は気にかけない。
軋んだ床の音も聞こえなかっただろう。
あちこちほつれて色あせた白いワンピースから出た手足が冷たい外気に冷やされていくが、彼女はそのことにも気が付いていてなさそうだ。
冷たい床は脱力した彼女の身体を冷やしていく。
スースー、と静かな息遣いが寂れた部屋に響いた。
きっと彼女はこの眠りから覚めることはない。
だんだん弱まってくる息遣いとともに、そんな死の気配が部屋に満ちていた。
ズズズズ、という雪の崩れる音が寝息に重なった。
重たい雪が動いても彼女の眠る住処は軋まない。
彼女はいい住処を見つけたのだ。
そこは長い眠りを守ってくれる彼女にとっての終の住処で、次の目覚めを待つ場所だった。
*
冷たい床の上、彼女はいくつもの夢を見た。
遠い遠い昔の夢だった。
ある夢では赤く燃える世界の中に彼女は立っていた。
夢の中の彼女は今と変わらぬまだ若い女性に見えた。
服装だけが今よりももっと簡素で薄汚れていてつぎはぎだらけだった。
今よりもずっと昔の風景だ。
何もかもが土と灰で汚れているそんな風景だった。
夜なのにどこまでも明るく燃え盛る風景の中、彼女は歩いていた。
またある夢では彼女は背の高い雑草の生い茂る野道を歩いていた。
あたりはしゃれこうべが点々としてあった。
肉の付いた新しい死体もやせ細って、残った肉も野犬やカラスに啄まれていた。
死臭と凍てつく空気ばかりが漂う黄泉への道だった。
月光以外何もない夜道を、彼女は歩いていた。
夢は彼女の中を駆け巡って一陣の風のように彼女を過去の風景へと誘っていった。
幾千の月日へと彼女を誘っていった。
~女吸血鬼の不定期日記 完~




