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第九話 夢≠逃避



 召喚広間から戻るといつの間にか陽が落ちていたらしく城の中が暗い。無人の城には当然ながら明かりを灯す者はなく、ランプや燭台も襲撃のおかげで床に転がっている。


「イーラ?」


 先の見えない廊下にしんと響く声に返事はない。人気が全くなかった。


「おい嘘だろ?」


 暗闇に立ち尽くす男の元に主が戻ってくるとは到底思えない。こんな城に置き去りにされた。外ではまた雪が降ってきたのか、結界の解けた城は外部の干渉をもろに受け、震えるほど寒い。

 アニマの影響で外部干渉の薄い召喚広間へと戻ることもよぎったが、あの少女がいると思うと足は鈍る。


 仕方なく壊れていないランタンを探し、携帯していた炎の魂晶石で火をおこした。

 行軍には麓にあるイーラが設置した転移魔法陣を使った。あれを使えばクルトゥーラにある本陣に帰還出来るのだが、今やクルトゥーラは敵である。


 生き残りが魔法陣など破壊して退路を断つくらいはするはずで――端的に言えばタカトラは帰れない。

 理屈では山を自力で越えれば帰れる。

 でもそんな装備はない。そもそもイーラが来たなら転移を当てにしていた。なのにあの女は当てつけみたいにタカトラを放置して帰ってしまった。


 どうせ大した考えもなく、見張りのつもりで置いていったのだ。それとちょっとした罰なのだろう。相当不機嫌になったにしてはこの程度で済んで良かったとも言えなくはない。

 しかし魔王の守護のない雪に囲まれた城は寒すぎた。反省して凍死しろってことか。クソかクソ。


 城内見取図を頭に浮かべ、震える身体を摩りながら暖炉のある部屋を目指す。一階は使用人部屋やら応接間やらこまごました部屋が多く、使われていないものも多い。暖炉がある部屋など限られていて、その中で比較的荒れていなかった食堂を選んだ。


 着くなり薪を探しに行く手間を省き、椅子を破壊して火をつけた。半ば八つ当たりだったことは否定しない。木の椅子は火花を散らしよく燃えた。

 燭台に火を分け、倒れているテーブルやらを軽く片付け居場所を作る。ある程度整うとタカトラは部屋を出た。


 食堂を選んだ理由は暖炉だけではない。隣接する調理場に用があった。しかし足を踏み入れた瞬間にうんざりと顔を顰めてしまう。

 荒れ果てている。鍋は無造作に床に転がり、その床は泥の足跡が踏み荒らした痕跡をまざままと残していた。目につく部分の皿などはほとんど割れているし、とてもここで調理をする気にはなれない。


 だが、腹は減った。

 とりあえず食材がないことには始まらないので食糧庫に向かう。食糧庫は召喚広間とは別の地下にある。人気もなかったおかげか荒らされておらず、雪籠り用の食材がたんまりと残っていた。それもそうだ。彼らには滅ぼされる予定などなかった。


 にしても、現状ではこの城唯一の貴重な食糧だ。だから真っ先にあの銀髪騎士がいるかもしれないという懸念もあったが早々に解消された。人の気配はどこにも感じられない。

 遠慮なく漁り、日保ちしなさそうなものから順に目的のもの集めた。一人分というには多めの材料を抱え、調理場の惨状を思うと「ああ……」と情けない声が洩れた。




 それから数十分かけて調理場を軽く片付け、食事を作るに堪え得る環境にし、遅めの夕食を完成させた。

 料理は父に教わった。父の作るものは到底上手いというレベルではなかったけれど。食材の切り方はまちまちで味付けも大雑把。盛られる料理はいつも山盛りで、それを二人で掻き込んだ。


 手早く作って、さっさと食べて片付ける。

 元の世界の癖は最後まで抜けなかったらしい。今思うと父の生活は魔王になる以前も普通よりも落ち着きのないものだったのかもしれない。

 タカトラは父の世界の話を聞いて育ったからそれが普通で、染みついた習慣は完全に受け継いでいた。


 こんな生活になってしまったが、そういう自分は嫌いではなかった。




 食堂に戻り暖炉の傍の席に着く。大人数で使うテーブルの端に自分の分の皿だけ並べ、燭台の明かりだけの薄暗い部屋で黙々と食事をする。時折暖炉の火が弾ける音とナイフとフォークがさせる金属の音しかしない。


 イーラのサーヴァントになってからはいつもこうだ。自分で作った食事を一人で食べる。誰かと料理の旨さを共有することもない。

 なにせ主はタカトラの作る父譲りの料理を好まない。


「美味いのに」


 ハンバーガーを視たのに食べられなかったからハンバーガーを作った。

 父直伝のレシピを自分好みに改良を重ねたハンバーガーはもちろん美味いだろう。ナイフもフォークも置いて両手で掴んで齧りつく。


 自分の城ではないので作りおきのトマトソースはなく、マスタードと生のスライストマトを挟んでみた。味としてはやはり物足りない。

 それにパンも何日か前に作りおきしてあった固いパンで、スープに浸しながら食べたほうが良さそうだ。


「はあ……」


 溜息も出る。パンを皿に戻し、揚げた芋をフォークで刺した。カヤの世界で視た芋を真似て棒状に細切りにしてみたのだ。揚げる加減を失敗して少々こんがりし過ぎている。

 気が滅入るばかりだ。あの世界のものをまざまざと見せつけられたあとではどんな美味いものを作ったところで偽物以上にはなれない。


 タカトラはあの世界で、あそこの味を知りたいのだ。

 食べ物だけではない。あそこでの暮らし。飛び交う言葉。あるいは戦場だっていい。

 父がいた世界をもっともっと視ていたかった。


 けれどカヤの記憶は聞いていた話から想像していたものとは違った。

 父の記憶はもっと泥臭く、熱くて、熱気と信念が渦巻いていた。

 あれから何年経った。

 時代は変わってしまった。

 向こうの世界でもそれは同じで。もう父が生きた時代はない。


 タカトラはイーラの元で誰かを殺しながら一人で飯を食い、寝て、また殺して。何の希望もなくただ生きていく。

 いつまで我慢すればいい。

 我慢を続けた先に救いなどあるのか。

 足掻けるものなら足掻きたい。

 無理だ。考えたくない。

 きっとすぐにカヤも殺される。

 あるいはタカトラの手で。


 イーラだって魔王だ。魔王は異世界から召喚されし大いなる魂。

 だからあの世界を知っているはずなのにタカトラが聞いても教えてはくれなかった。彼の要求に反する性根の悪さゆえかとも考えた。


 でもそうとは思えない反応だった。不快なものを見るような目でタカトラを睨み、「知らぬ」とだけ答えたあとは二度と同じ質問は受けつけなかった。

 元の世界の話題を出すと決まって不快を露わにして立ち去る。


 父は楽しげに語ってくれたことなのに何がそんなに気に入らなかったのかわからない。

 彼女がそんなだからタカトラもイーラの前で――いいや、誰の前でも異世界の話はしなくなった。


 父は特別だった。

 それでも、違う世界のお話は、もしかしたらタカトラのために作ったお伽噺だったのかもしれない。そんな気持ちも父がいなくなってからは大きくなるばかりだった。


 召喚されてくる魔王に接触出来る者などほんの一握り。何が本当だか聞ける者はいない。

 タカトラの立場は特殊で、彼のように魔王に近しい者は他にいない。それでも本当のことがわからないでいる。

 一人だけ違う。視ている世界も、考えていることも。


 何が正しいのかわからなくなる。否定されると自分の頭がどうにかなっているんじゃないかと疑う。

 父の思い出が塗り潰されていくような。

 でも違った。タカトラは何一つ間違っていない。父はいたし、父の世界もある。


「あいつはあそこにいたんだよな」


 異世界の魔王。

 父の存在を証明出来る少女。

 あの世界は夢だ。少年が夢見る手の届かないお伽噺のような淡い夢だった。


 だけどその片鱗に触れてしまった。視てしまった。現実味が一気に増す。諦めていた心が息を吹き返す。

 つらい現実から目を反らすためにみていた夢が、夢でなくなる。

 いつかきっと自分もそこへ行くのだと希望に心が沸き立つ。


(どうやって? 不可能だ。だって俺はイーラのものなのに。決して逃げられない)


 頭ではわかっている虚しい現実には耳を塞いだ。




 食器を片付け、適当な部屋から毛布を持ってくると暖炉の前でくるまった。そのままうずくまって横になる。

 温かいスープが身体に染み込んだ身体に疲れが一気に押し寄せる。遠慮ない微睡みに任せ、意識を闇に落とした。


 眠る時にも決して放さない父の形見の銃を抱いたまま、警戒を解かない獣の子のように丸まって一人の夜を越える。

 夢は優しい。

 でも本当は彼が一番わかっている。

 世界を夢見るのはここから逃げたいから。

 現実を捨ててしまいたいから。

 そんな息子を父は許してはくれないだろう。

 彼は自分の信じる道を力の限りに進めと教えてくれた人だった。

 タカトラの道はもう後悔で塗り潰されている。

 ここではない場所で自分ではない誰かになりたかった。




 誰も彼もに責められる。声が頭に響いて逃げても逃げても逃げられない。

 そんな夢を見たようで、寒さに毛布を手繰り寄せた男はあまり眠った気がしなかった。


「まだ眠るつもりか」


 背を蹴られた感触に飛び起きて反射的に銃を構える。


「ほう、妾にそれを向けるとは良い度胸だな」


「……何の用だよ」


「迎えにきてやったというにひどい言い草ではないか」


 迎えと言うには主の傍に置いてあるタカトラ用の荷物が気になって感謝のしようもない。どうせまた新しい胸糞悪い任務を思いついたに違いない。


「あの娘の様子はどうだ?」


「別に何も変わりない」


 タカトラの嘘に眉ひとつも変えない。バレているのかいないのかも判断がつかない。些細な嘘など彼女にとっては何の意味もないのかもしれない。


「おぬしクルトゥーラに遊びに行ったことはあったか?」


「……いいや、この前の軍議で初めて行っただけだ」


「そうか。では存分に遊ばせてやろう。楽しみにしておれ」


「全く行きたくない」


「さっさと支度せい。妾は待つのは嫌いだと忘れたか。いつまでも小汚い格好でいおって」


「誰のせいだと思ってる、置いていきやがって……」


「ここに風呂くらいあるだろう」


「誰が準備をしてくれるっつーんだ。俺だって怪我はしてるし疲れてる。魔王サマのように大いなる魔法も使えない無能なしもべでは準備など出来ようもゴザイマセン。つーか着替えるからどっかいけよ」


「何を今さら。妾とおぬしの仲ではないか」


「そうだな。今すぐ消えて欲しいよ」


 荷物を掴んで廊下に出て行った彼はそこで着替える羽目になり、朝冷えする城の中に盛大なくしゃみを響かせた。




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