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第三話 死んでも守る



 包囲網を掻い潜り、山林の中を走った。

 さすがにあんな状況であの男の話を鵜呑みには出来ない。

 悔しいことに心が揺れなかったと言えば嘘になる。

 だが今は考えている暇はなさそうだ。


 やつらは武力行使も厭わない。殺す気はないと言いながら、ほとんど本気で攻撃してくる。手足の一、二本もげようが気にしない勢いだ。捕まったら何をされるかわかったものではない。


(冗談じゃない)


 ここら一帯は高山地帯でひどい降雪地だった。雪などこれまでほとんど見たこともないタカトラは深い積雪の中を転がるようにして駆け降りる。時々足を取られ転げるたびにそこを狙って矢が放たれた。


 隠れようにもこの真っ白な雪の中を走ればくっきりと道筋が残る。だからといってさっきのように樹上で悠長に敵を削る暇もない。あのあと二度轟音が轟いてから音沙汰がなくなった。通信も復旧しない。


 この戦場にいる主の駒は二人だけだ。戦力の大半はクルトゥーラの魔魂兵頼り。それが裏目となりサーヴァント二人は追われる羽目になっている。

 山を下り、息も絶え絶えに疎らな木々の間を縫って城を目指す。正面からは無理だ。魔魂兵が至るところにいる。おそらく命令は書き換えられサーヴァントを見つければ襲ってくる。

 城壁を越えるのが今さら難関となるとは。


(この分だと他の作戦も不味いんじゃないか)


 とはいえ手の届かない作戦を懸念しても仕方ない。

 木陰に身を隠し、逃げるのに使いきってしまった弾丸を生成する。追っ手はまだ来ない。撒いたとは思えない。諦めたか。楽観は出来ない。急がねば。


 雪深い山の中にある孤城は〈氷檻の城〉と呼ばれる通り、雪と山以外何もない場所に建っている。どの土地とも隔絶された氷に閉ざされた城だ。

 万年雪では堀は役に立たないせいか水堀などはなく、城は聳え立つ城壁と堅牢な門で守られている。それに普段は魔王による結界が張られており厳重な防壁となっていた。


 今はすでに破壊済みで無防備を晒している。魔王もおらず張り直される心配もない。

 本来なら突破した城門から堂々と中へ入れるはずだった。この状況ではそうもいかず、無意識に舌打ちした。


 スコープで数十メートル先、城壁上の人数を数える。見張り塔にいるのが三人。巡回に来るのが交互に二人。まず巡回がいなくなった頃合いを見計らい三人を撃ち落とす。三発連続で射出音が響けば馬鹿でも気づく。二人の見張りが駆けてきたところも撃ち落とす。


 じきに異変に気がつき増員される。そうなる前に素早く装填し直し、もう一発壁に放った。

 狙撃銃とはいえ対人用のこんな口径の弾では石造りの堅牢な城壁は壊せない。


 ――普通ならば。


 タカトラの銃は普通じゃない。

 否。これしか銃を知らないタカトラにはこれが当たり前だった。

 でも『これ』は普通ではないのだと、父は彼によく言って聞かせていた。


 壁にめり込んだ弾丸を中心に石が崩れていく。崩壊というよりも消失。ひび割れて落ちてゆくはずの欠片が、小さく崩れるほどに重力に逆らい宙へ昇っていく。それはすでに『石の壁だったもの』ではなくなり、魂晶だった。


 物質が虹色のアニマの結晶へと分解し、崩壊。空中へ溶け込んでゆく。

 城壁に不自然な穴が空いた。

 そこから城門前広場に出る。庭園だったろうそこには何もなく、地面は抉られ雪も吹き飛び土色が露わになっていた。木々は打ち倒され、庭を彩るはずの美しい彫刻も粉砕し、天使像には首も羽根もなくなっていた。あまりに見るも無惨な有り様だ。


 幾度も幾度も爆撃を食らったように抉られた地面の中心に群がる人の影。魔魂兵の狙いはひとつ。サーヴァントだ。

 そこには膝をついたピュイがいた。すでに満身創痍。近寄る敵を辛うじて殴り飛ばすのが精々で死角からの攻撃を受けたい放題になっている。


「数が多いな……」


 タカトラが銃を放った瞬間やつらはこちらに向かってくる。ひとりで逃げるべきだ。それが最善。サーヴァントなどまた補充出来る。

 ピュイの後方から飛びかかった魔魂兵は獣の牙を生やしていて、彼女の首筋を狙った。首を噛み千切られればサーヴァントとて――。


 パン。獣は血混じりの唾液を撒き散らした。額に穴が空き、仰け反るとその胸にも穴が空いた。魂晶が溢れ、地面に伏すことなく四散した。


「うわあああんっ! タカトラにゃああああんっ! 来てくれるって信じてたにゃあああっ」


「頭下げてろ馬鹿猫!」


 射出と排莢。間髪入れず撃っても連射に適さない銃だ。身を隠す場所もなく、こちらに気づかれては徐々に距離を詰められる。弾ももうない。ひとつずつ生成しては撃っているが、そろそろ厳しい。

 銃をしっかりと背負い、腰に装備していた大振りのナイフに手をかける。


 しかし彼は柄を握り締めたまま逡巡し、抜くのをやめた。

 拳を握り走り出す。

 すぐそこに迫っていた魔魂兵目掛け拳を振り抜き、核を貫く。反発するアニマを力で捩じ伏せ、粉砕。飛び散る魂晶に目を細めるも不快さを振り払う暇はなく次を破壊する。


「馬鹿猫、動けるならもうちょい踏ん張れ」


 よろよろと立ち上がったピュイはタカトラの背にとん、と背を合わせる。周りは全て魔導兵だ。助けにきたはいいが分が悪すぎる。


「にゃー! やっぱタカトラにゃんにはニャーがいないとダメなのにゃあ」


「見捨てるぞ」


「にゃあああ!? 頑張るにゃああ!」


 二人を狙って飛びかかってきた敵を二人は同時に前方へ転がり回避。敵同士で相討ちの形になって地面に伏したところをそれぞれにとどめを刺す。相手の後ろを狙う刃を自分の拳が打ち砕き、また互いに背を預け前を向く。


「息ぴったりにゃ!」


「極めて不本意だ」


「タカトラにゃんっていっつも遠くからチクチクするだけの貧弱だと思ってたにゃ」


「マジで見捨てるぞ、近接しか能のない馬鹿猫め」


「それまた言ったら殴ってやる。持久力のない弾丸ヤロウのくせに」


 軽口を叩く間も激しい攻防は続き、しかもこのままでは形勢を逆転出来そうもない。ピュイはもう限界だ。強がってはいるが、肩をやられているようで片腕は使い物にならない。血も流し過ぎている。


 タカトラは魔魂兵の剣を奪うとそれを持ち主に突き返してやった。貫いた核から魂晶が弾け、散る。

 ひとりだけならなんとかなる。突破して逃げるだけだ。だがピュイは、


「走れるか」


「一人じゃ無理かにゃあ……」


 立っているのもやっとだろう。脚の肉は何ヵ所か食い破られている。よくやっていると言ってもそれはタカトラの援護があればこそだ。タカトラの援護をしろと言っても無理なのだ。彼の意図を理解しているだろう獣人は猫目をしばたいて苦笑した。


「ごめんにゃあ」


「弱気になるやつは見捨てる。どうにかする方法を考えろ」


 次から次へと沸いてくる魔魂兵。対トリスティス戦でほとんど消耗しなかった。おかげで一万近くがサーヴァントを狙っている。一万。考えると絶望的だ。いくら一個体が大した強さではないとはいえ、タカトラ一人で倒すには体力、アニマが先に尽きる。


「ニャーの道連れなんかにしたら怒られるな……」


「はあ? 俺はこんなところでお前と心中するつもりなんかないからな」


「冷たいにゃあ。こういう時は『ピュイは俺が死んでも守る!』くらい言ってこそサーヴァントの鑑だと思うのにゃ」


「見捨てれば良かったと心の底から後悔してる。くだらないこと言う暇あるならなんかないのか」


 だんだんタカトラの身体捌きにもキレがなくなってきた。攻撃も避けきれず傷を負うことも増えた。そうなるとさらに動きは鈍り悪循環。倒しても倒しても減らない。なぶり殺しルート一直線だ。


「そうだ、トリスの弓はどうした。あれは使えないのか」


「どっかに落としたにゃ。それに矢がなくて使えなかった」


 フェイルノート。必中の弓。魔王の武器。伝説級とも言われるそれがあればあるいはと思ったのにこの馬鹿猫は本当に使えない。


「もういいにゃ。タカトラにゃんはピュイなんか助けにきて馬鹿にゃ。ピュイはオマエが死んだってゼンッゼン悲しくないのに助けてやらなきゃならないの悲しいにゃ」


「何言ってる、助けにきてやったのは」


「ピュイが弱くて魔王様のお役に立てないなら死んだほうがマシなのにゃ。でもオマエが死んだらイーラ様は怒る。だからピュイはオマエを守らなきゃならない! これはオマエのためじゃなくてイーラ様のためなんだからな!!」


 ピュイは走った。

 タカトラの傍を離れ、敵を蹴散らしながら引きつけ、どんどんひしめく敵の中へと突っ込んでいく。あっという間に飲まれる。

 重い身体を引きずって走ったのは「その先」がどうなってもいいからだ。最後の力を振り絞ってタカトラに「逃げろ」と、「諦めろ」と。


「待てよ! なんなんだよ!」


 標的を変えた敵を倒しても倒してもピュイの姿はもう見えない。

 魂晶が散ってゆく。

 これは『誰』の生命?


「クソ! クソが!! 俺はそういうのが一番嫌なんだ!」


 右手に力を。火傷するような熱さ。それよりも頭に上る熱。手の中で冷える弾丸。

 銃を構え、狙う。近距離だ。精密な調整はいらない。放つ。隙だらけの男の肩が食い破られる。薙ぎ倒し、素手で核を握り潰す。


 その間に弾丸が通った道筋は魂晶でいっぱいになった。大きく吹き飛ばされ穴の空いた肉塊が何体も連なり、その先に少女が蹲っていた。

 と同時にひらけたことで目についたものがある。


 弓だ。白銀に輝く魔王の弓。

 銃床で敵を薙ぎ払いながら駆け抜ける。

 弓は大きく見たこともない素材で出来ているのに思ったよりも重くない。むしろ軽い。

 けれど別種の重みを感じていた。


 アニマだ。

 矢はない。

 けれどこれは魔王の弓。魔王はアニマを操る者だ。

 出来るか。

 いや、やるのだ。

 弓を引く。強く。熱を。

 右手が燃えるように熱く。身体の中身がアニマに反発する。蠢くような吐き気。

 それでも彼は弓を引く。身体の芯を真っ直ぐに。銃で照準を見定めるのと同じく、呼吸を支配し。


 ――今だ。


 紺青の魂晶迸る矢が棚引く帯を携え、空の中を一閃した。

 全てを散らせ。

 彼はそんな想いを込めた。

 必中の弓。込められたアニマに忠実に敵を屠る。外すことはない。


 重力を無視した軌道。矢は空へと上昇し空の一点を射抜いて消え去ったかに見えた。

 瞬間、光は弾け、降る。

 無数の蒼き光が雨粒のごとく降り注いだ。

 全てが全て魔魂兵の核を貫いていく。

 パァン。パァン。弾けて消える。虹色の魂晶が視界を占拠していく。


「タカ、トラ?」


 少女は自分が助かったことを認識し、降り注ぐ無数の矢を眺めた。

 彼はその中できっといつものようにすごいことをしても、さも当然であるかのように仏頂面をしているのだと、ピュイに文句のひとつやふたつ言うのだと。そう思って探した彼女の目に入ったのは彼を避けて降る雨の中で地面に伏してしまっているタカトラの姿だった。


 そしてその遥か後方にはタカトラのアニマ程度では及ばなかった無数の敵が未だひしめいていた。




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