幕引き 『さようなら、ホルムシティ』
手配レートS+。
大都市アガスティアの動乱を発端として、以降、各地で目撃情報が相次いでおり、先の事件をはじめ、数々の大事件を引き起こしている凶悪な吸血鬼。
通称”大鎌”のプレア。
ハンター協会も幾度となく討伐隊を送り込んではいるが、そのことごとくが壊滅。
判明している能力は武器を具現化するというもので、そのパワーは凄まじく、何人もの手練れが彼の手に掛かっているとのことだ。
……それが後になって、ララが件の青年について聞かされたことだった。
都市庁舎での一件の後、ホルムの街は一際大きな騒ぎに包まれた。
なにせ、長年住民たちを苦しめていた病が、一晩のうちに綺麗さっぱり治ってしまったのだ。
おまけに、街の頂点に立つ市長が死亡。
街は混乱の渦に飲み込まれた。
事情を知るジョンが、有り余る金とコネをふんだんに使って事態の鎮静に乗り出したが、どこからともなく漏れた噂は瞬く間に街中へと広がり、結果、市長が吸血鬼だったことや、街に手配レートS+の凶悪吸血鬼が紛れ込んでいたことが、一般に知れ渡ってしまった。
以降、ホルムの街には大量のハンターがやってきて、血眼になって件の青年を探している状態だ。
おまけに、いつの間にか件の青年まで事件の首謀者の一人に数えられている。
ジョンとララは必死に否定はしたものの、聞き入れてくれる人などいなかった。
それはそうだ。
ララだって、ついこの間までは吸血鬼が人間の味方するなんて話、聞いたこともなかったのだから。
加えて、彼の手配レートはS+。
街ひとつくらいなら、単独で落としかねない強さを持つ怪物が街の中にいたとなれば、人々が不安がるのもわからないでもない。
「ハァ……」
思わずため息が出る。
あれからもう一週間が経つ。
こんなことでは、あの青年はもうこの街にはいないだろう。
どれだけ探しても見つからないわけである。
「せめて、お礼くらいさせてくれたっていいのに……」
自宅の勉強机に向かってそんなことを考えながら、ララは買ったばかりの参考書を開いた。
最近、彼女は勉学に打ち込んでいる。
学校が閉鎖になって遅れてしまったことも当然あるが、それ以上に、何か新しいものに挑戦してみようという気持ちの方が大きい。
ほとんど年齢の変わらないあの青年にだってできたのだ。
ララも必死になって頑張れば、何かを成し遂げられるかもしれない。
「ララ様~! 昼食のお時間ですよ~!」
「はーい! 今いくねー!」
廊下から使用人の呼び声が聞こえてきて、ララは慌てて返事をする。
あの事件があってから、父親との距離がかなり近くなった。
最近では、食卓を囲って一緒に食事を摂っている。
今まででは考えられないことだ。
「あー。ララや。最近、どうだい? 何か変わったこととかは、あったかな?」
食卓に着くと、やや緊張したような面持ちで、父がそんなことを聞いてきた。
あんな事件があった後だ。きっと、父もどうやって私に接すればいいのか測りかねているのだろう。
もっとも、それは私も同じだが。
「え、えと。特に、なにも、ないです」
「そうかい。はは、なら良かった」
お互い、家族とは思えないようなぎこちない会話を挟みながら、昼食を頬張る。
とはいえ、やはり居心地が悪いからか、箸を動かす手つきは早い。
随分と時間が空いてしまったせいで、フラワー家の親子関係はぎくしゃくしている。
でも、なんだかんだ言っても、ララは父親のことは尊敬していた。
ついこの間までは大嫌いだったし、侮蔑すらしていたが、事件の真相を知ってからは考えを改めたのだ。
きっとこの歪な関係も、あと何か月か経てば時間が解決してくれるだろう。
それまでゆっくり待てばいい。時間ならたっぷりある。
なにせ、二人はまだ生きているのだから。
そんなことを考えながら、テキパキと昼食を終えて一息つくと、ララはここ数日で日課になりつつあるジョギングを敢行することにした。
ルートは屋敷から下町の広場を往復するというもので、時折休憩地点で休んだり、知り合いと雑談しながら屋敷まで戻ってくるコースだ。早ければ大体2時間くらいで帰ってくる。
走ること30分。
ララが下町の広場にたどり着いた頃、そこには奇妙な風景が広がっていた。
病が治って、すっかり賑やかになった広場の中央に、どこか見覚えのある青年が座っていたのだ。しかも奇妙な仮面まで付けている。
すぐ傍には『絵師ピエールの絵画マーケット』と書かれた看板が立てかけてあり、おそらくは自分で書いたのであろう無数の絵画が並んでいた。
周囲には以前と違って沢山の人々が集まっており、物珍しげに絵を手に取ってみたり、中には購入する人もいた。その人だかりの中には、ララも良く知る下町の住人達も何人か混ざっていた。
大した盛況ぶりである。
「やぁ、お嬢さん。おひとついかがですか?」
「…………」
青年はララを見ると、はらはらと手の平を振った。
その声はどこかで聞いたことのあるものだった。
というか。
「どうしてここに……!? っていうか、こんなところで何やってるの!?」
青年はプレアだった。
もし会えたなら、まずはお礼を言おう。
そんな気持ちは、思いもよらない再会を前にあっさりと霧散した。
「何してるも何も、絵を売ってるんですよ。ほら、コレなんてどうですか? 中々の自信作なんです」
「いえ、だから、そういうことを言ってるんじゃなくて……!」
今頃、数多のハンター達が血眼になって彼を探しているというのに、何という危機感の無さだろうか。
ララは、思わず眩暈を覚えた。
まぁ、確かに。
目の前で呑気に絵なんか売ってるこの青年なら、街のハンターが束になってかかったところで、逃げ切るくらいは朝飯前なのかもしれないが。
「あれ! ララちゃんじゃない! うわぁ! 久しぶり!」
などと考えていると、すぐ近くからララを呼ぶ声が聞こえて、彼女は咄嗟に後ろを振り返った。
そして、その瞳に映る人物を捉えて、1,2,3秒と静止し、
「キ、キーちゃん!? もう大丈夫なの!?」
驚きに目を大きく見開いて、気が付けば思いきり抱き着いていた。
小柄な体躯。
力を入れれば、ポキリと折れてしまいそうなくらいか細い身体。
彼女こそ、先日に隔離施設へ連れて行かれたララの親友だったのだ。
暗く狭い牢屋のような施設で何日も暮らした彼女は、軽い体調不良を起こしていたそうだが、それももう大丈夫らしい。
「えと、ララちゃん。その方は、もしかして知り合い……? この辺りでは見かけない人だけど……」
興味深そうにそう尋ねてくる親友に、ララはどう答えたものかと逡巡する。
「ま、まぁ、大体そんなものかな……」
ララが力なくそう答えると、彼女は何か面白い物でも見つけたように、悪戯っぽく笑った。
「あれあれー? もしかして彼氏さんだったりするの?」
「違います!」
慌てて訂正するララ。
ついでに、ちらりと青年に目を向ける。
彼は仮面を被ったまま、呑気に別の客に絵を販売していた。
「…………」
「ふふ。冗談だよ。それにしても、外の街の人と知り合いってのも珍しいね」
「ま、まぁね……」
二人してそんな会話を繰り広げた後、ララは親友が別の場所に向かったのを見計らって、青年へと振り返った。
すると、ちょうど向こうも客への応対が終わったところらしく、青年と目があった。
せっかく再会できたのだ。今お礼を言わずして、いつ言うのか。
その思いを胸に、ララは恐る恐る言葉を選びつつ、青年の目を真っ直ぐに見つめた。
こういう時は、しっかり相手の目を見て挨拶しなければいけないのだ。
「あの、プレア……さん、ですよね……?」
「はい。それで合ってますよ。……そういえば、名乗ってませんでしたね」
プレアの返答に、ララは一呼吸置くと、
「あの、この……この前は、ほ、本当にありがとうございましたッ……!」
誠心誠意、頭を下げた。
店の周りにいた人たちからは奇異の視線で見られているが、気にしない。
本当に、この青年にはいろいろなものを貰った。
自分たちとの命はもちろん、元気な街の人々の姿。親友との再会。なにより、長年わだかまりの残っていた家族と和解できた。
とても一言では言い表すことのできないほど、沢山のものを貰ったのだ。
しかし当の本人は、いつものようにへらへらと笑ったまま、
「ふふふ。なんだか敬語は似合わないですね」
などと言って、クスリと笑ったのだった。
その態度に、思わずララの額に血管が浮かび上がる。
「ッ!? ひ、人がせっかくお礼を言ってるのに……」
「うんうん。その方がなんだかしっくりきます」
「はぁ……。もういいわ」
なんだか無性に疲れたララは敬語をやめ、だらしなく肩を落として脱力する。
これじゃ、お礼も言えていないのにと悩んでいた自分が馬鹿みたいである。
疲れ切ったララをよそに、青年はこちらへ向かってくると、
「はい。ララさん。これ」
そう言って、小さな絵を差し出してきた。
丁度手の平くらいのサイズで、何かの植物が描かれている。
が、何かはわからない。少なくとも、ホルムの街にはない植物だ。
きっと外の世界の植物なのだろう。
「あの、これは……?」
「それ、ヒマワリっていいます。南部のキキマヤ地帯に生えている珍しい植物ですね。もうじき、僕はこの街を出発しますので。ちょっとした記念品です。よろしければ受け取ってください。あ、ちなみに、お金はいりませんので」
「……いいの?」
「もちろん。こうして会ったのも、何かの縁ですから」
すると、青年は言うべきことは言ったとばかりに広げていた絵画をしまうと、
「そうそう。お父さんにもよろしく伝えといてください。彼には色々とお世話になりましたので」
と言って、瞬く間に身支度を整えてしまった。
まさに早業である。
「それじゃ、さよならです」
青年は一言そう言い残すと、ララ達に背を向け、ゆっくりと歩いて行く。
あまりの急展開に、ララは戸惑うばかりだ。
しばらくは、ここで絵を売るのではなかったのだろうか。
ついさっきまで広場で絵を売っていたはずなのに、あっという間に場が片付いてしまっている。
青年が店を畳んだせいか、いつの間にやら広場の方も人気がなくなっていた。
まだまだ話したいことは沢山あった。
聞きたいことも沢山あった。
ただ、不思議と引き留めようという気にはならなかった。
だから、ララは大きく息を吸い込んで、一言。
「お兄さーん! 私、宝物にするねー! ありがとう!」
青年は、前を向いたままヒラヒラと片手を振って、昼下がりの下町の風景に消えていった。
SILVER HUNTER 番外編『迷子のハンター』完




