第六話 『ララの独白』
すみません。思ってた以上に長引いてしまったので、もう一話だけ番外編続きます……。
== ララ視点 ==
私の名前はララ=フラワー。
今年でちょうど14歳になる。
学校での成績は真ん中くらいで、目立った特技も無い。
人並みに友達には恵まれているが、かと言ってグループの中心にいるわけでもない。俗に言うところの、クラスメイトAというやつだろうか。
休日には友達とショッピングに行ったり、映画を見に行ったり。
テスト期間が近づいてくれば、勉強会をやったりもする。
そんな、どこにでもいる普通の女の子だ。
だけど、私にはちょっとした悩み事がある。
私のお父さんは街を代表する外商人だ。
外商人というのは、危険な外の世界に出向いて商売する職業のことで、端的に言うとすごく儲かる。
実際、私の家はホルムの街でも五本の指に入るほどの豪邸だし、お手伝いさんまで雇っている。
元々が裕福な街とはいえ、お手伝いさんまで雇っているところなんて、そうそういない。少なくとも、私の友達には一人もいなかった。
だから、私は実家がお金持ちだということを、なるべく隠して生きてきた。
この街の、特に下町の住人たちには、街を牛耳る大商人たちのことを良く思っていない人が多い。
なんでも昔、まだホルムの街が今ほど栄えていなかった頃、吸血鬼の襲来があったそうだ。
そのとき、有力な大商人たちのほとんどは自分たちの財産を持って逃げ、結局、戦ったのは下町の住人たちだったという。
そのくせ、事が終わると我が物顔で戻ってきて、当たり前のように居座ろうとする。
ただ、下町の住人たちには、彼らを拒むことはできなかった。
ホルムの街は、大陸有数の商業都市だ。彼らがいなくては、街が成り立たない。
そんな背景から、下町では大商人たちを嫌う傾向がある。
もちろん、私のお父さんもその一人だ。
とはいえ、みんながみんなそうじゃない。
吸血鬼の襲来があったのはずいぶん昔のことだし、今を生きる彼らがやったわけではない。
でも、人々の間に根付いた恨みというのは、簡単には消えない。
だから、私は友達に父親が大商人だと知れるのが怖かった。
もし友達にそのことが知れたなら、爪弾きにされてしまうかもしれない。
そう思うと、とても怖かった。
幸い、運動会や授業参観の日になっても、両親が学校にやってくることは無かったので、ばれることはなかった。
お父さんはいつも仕事で家にいない。
お母さんは体が悪く、あまり外に出ることが出来ない。
当時は、そのことに安堵すら覚えていた。
これで誰にもばれない。私の秘密は守られる。
でも、そう思っていたのは最初のうちだけだった。
年月が経つに連れ、私はそのことに不安を覚えるようになった。
もしかして、私は愛されていないのではないだろうか。
両親は、私のことなんてどうでもいいのではないだろうか。
家族連れで、休日に仲良く過ごすクラスメイトの姿を見る度、そんな不安は燃え上がった。
父さんはきっと忙しいだけなんだ。母さんも、病気なんだから仕方が無い。
きっと、自分たちのことだけで精一杯なんだろう。
でも、ある日。
そんな私の不安は、思いもよらない形で的中することになる。
お母さんが死んだ。
今から3年前のことだ。
前触れはあった。
ある日、元々悪かった体調が急激に悪化し、口から血を吐くようになった。
そして、見る見るうちに衰弱し、ベッドに寝たきりになった。
必死の看病もむなしく、その翌月、お母さんは息を引き取った。
ただ、死ぬ間際に、うわ言の様に私の名前を呼ぶお母さんの姿を見て、私はようやく母に愛されていたことに気づいた。
もっともっと話したいことがいっぱいあったのに。
何もしてあげれなくてごめんねって、謝りたかったのに。
でも、お母さんはもういない。
何もかもが遅すぎたのだ。
唯一残った父親は、結局、葬式の数日前になってようやく帰ってきた。
あれだけ何度も連絡したのに。
お願いだから、帰ってきてお母さんを励ましてあげてって、何度も言ったのに。
彼は最後まで、「仕事があるから帰れない」の一点張りだった。
この日から、私とお父さんの関係は急激に冷え込んでいった。
お父さんは、母の亡骸を見ても何も言わなかった。
ただ黙って、うつむいて、石像のようにじっとしているだけだった。
その姿を見て、私はようやく気づいた。
私にはもう、家族なんて残されていないんだと。
ーーー
それから1年、ほとんど父親と会話することなく過ごした。
といっても、父は仕事で外の世界に行っていることが多く、自宅にいる日なんて滅多に無い。
よく友達の家に泊まったりしてたから、あまり正確にはわからないけれど、たぶん3ヶ月に一度帰ってくるかどうか、といったところだ。
毎日のように下町に行って、友達と遊んで。
たまに、街のおじちゃん、おばちゃん達とも談笑したりもする。
そんな、まったりとした生活を送っていた。
この頃になると、親友と呼べる人や特に仲の良いおばちゃんも出来て、毎日が楽しかった。
いつまでも、こんな生活が続けばいいのにって思った。
でも、そんな私の願いは、またしても崩れ落ちることになる。
致死率100%の恐ろしい流行り病。
感染したら最後、徐々に衰弱していき、最後には死に至る。
治す方法は存在しない。
まるで、この世の理不尽を体現したかのようなそれが、ホルムの街を襲った。
瞬く間に街中へ広がったそれは、沢山の人々の命を吸い尽くしてなお、決して収まることは無かった。
まず、学校が閉鎖になった。
詳しい実態は分からなかったが、どうやらこの病は伝染するらしい。そのための措置だそうだ。
知り合いも大勢亡くなった。仲の良かったクラスメイトに、いつも談笑していた街のおじいさん。
彼らともう会うことは出来ないのだと思うと、とても悲しかった。
下町は凄惨たる有様だった。
早く何とかしなくては。そう思った。
でも、それは悪夢の始まりに過ぎなかったのだ。
下町の惨状を目の当たりにして、ホルムの街の上層部が下した決断はシンプルだった。
すなわち、隔離すること。
同じ町の人間がこんなに苦しんでいるというのに、上層部の人間は商売の邪魔にならないよう、皆を切り捨てたのだ。
おまけに、感染していない人にまで疑いをかけて、手当たり次第に隔離施設に連れて行く徹底ぶり。
私の知り合いの中にも、あらぬ嫌疑をかけられて連れて行かれた人がたくさんいた。
もちろん、治療法がない現状では、隔離するという選択がベストだったのかもしれない。
ただ、それは上層部の人間にとってはだ。
生贄にされる人達からすれば、たまったもんじゃない。
いつも散々こき使っておいて、邪魔になったらポイだなんて酷すぎる。
それに、その生贄には私の友達が沢山含まれている。
到底許せるものではなかった。
でも、だからと言って、私に現状を変えるだけの力があるわけでもない。
こんなどこにでもいるような小娘が一人、喚き散らしたところで何も変わらない。変わるわけがない。
それは、誰よりも自分がよく分かっていた。
ただ、そこに諦めるという選択肢はなかった。
誰かが動かなければ、近いうちに間違いなくこの街は滅ぶ。
なにも、病だけが原因じゃない。
この前、衛兵の目を盗んで街を回っていたら「このまま死ぬくらいなら、戦って死にたい」なんて言っていたおじさんもいた。
下町では、上層部への不満が日に日に高まっている。
このままいけば、そう遠くない日に住民たちの感情が爆発し、武力衝突が起きることは容易に想像できた。
止めなくちゃ、と思った。
どうやって、とも思った。
そんなある日、私は父親が街を代表する大商人であることを思い出した。
幸いなことに、父は街の政治家達への影響力も持っているらしい。
そんな話を、どこかで聞いたことがある。
これだ、と思った。
父に頼むのだ。
もう、私にできることはそれくらいしかない。
だから私は、お父さんにお願いした。
お母さんが病気の時には来てくれなかったけど、父だって、もしかしたら不本意だったのかもしれない。
そうだ。きっとそうに違いない。
募る不安をごまかすかのように自分にそう言い聞かせて、私は一年ぶりに父親とコンタクトをとった。
まず、電信で仕事中の父にメッセージを送り、次に街へ帰ってきたとき、自宅で会う約束を取り付けた。
メッセージには大まかな内容しか書いていない。大切なことは、きちんと会って話そうと思ったからだ。
そしてやってきた、約束の日。
父は家に帰ってこなかった。
後で聞いた話によると、父はその日のうちに新しい仕事が入ってしまい、また街を出て行ってしまったらしい。次に街に帰ってくるのも、いつになるのか分からないんだとか。
私は目の前が真っ暗になった。
これで、最後の望みが絶たれた。
もう、私にはどうすることもできない。
父も父だ。
自分が生まれた街の大事だというのに、仕事、仕事、また仕事。
そんなに仕事が大切なのだろうか。
父も、下町に世話になった人くらいはいるだろうに。
彼らが無残に命を散らしていくことに、何も感じないのだろうか。
心底、嫌悪感が湧き上がってきた。
そしてなにより、自分の無力さを父親のせいにしている自分に嫌気がさした。
わかっている。
本当は全部わかっていた。
今、この現状を変えることができないのは、私に力がないからだ。
父親のせいではない。
文句を言うくらいなら、自分がそれだけ偉くなればいい。
そう頭の中では理解していても、怒りで燃え上がった心はどうにもならない。
「お父さんなんて大嫌い……」
一筋の涙と共に、自然とそんな言葉が出てきた。
ーーー
そんなある日、私は一人の青年に出会った。
私よりいくつか年上の、穏やかそうな男の人。
鳥の巣みたいなパーマのかかった金髪が特徴的で、一目見て旅人だと分かる野暮ったい服装。
始め、彼はさびれた街の広場で、自分で書いた絵を販売していた。
病のせいで、人なんてほとんど通らないこの下町でだ。
売れるわけがない。
普通、商売をするつもりなら、その町のことくらい調べておくものだ。
きっと何も知らないのだろう。
一目見て、すぐに外の街の人だと分かった。
と同時に、「危ないから近づかないでおこう」と思った。
その時、彼は怪しげな仮面まで付けていて、見るからに不審者だったからだ。
何も知らない、世間知らずな旅人。
それが、初めて彼を見た私の感想だった。
次に彼と出会ったのは、私が隔離施設に侵入しようとした時だった。
彼は、無理をして衛兵に叩かれそうになっていた私をかばってくれた。
と言っても、間に入ろうとして無様に衛兵に伸されただけだったけれど。
その時見た彼は、お世辞にも強そうには見えなくて、それどころか、風が吹けば折れてしまいそうなくらい弱っちい人に見えた。
年下の私に対しても妙にへりくだる姿を見て、男の人なんだからもっと堂々としていればいいのに、なんて思ってしまったくらいだ。
だから彼が「危ないから」と言って私の帰り道にまでついてきた時は、なんだか子供に見られてるみたいで嫌になった。
その後、屋敷にたどり着くと、いつの間にか父が帰ってきていた。
父は私を見ると、何事もなかったかのようにへらへらと笑って「ただいま」なんて言おうとした。
その姿を見て、私の胸の中に耐え難い怒りが込み上げてきた。
気が付いた時には、父の頬を引っ叩いていた。
そして、感情に任せてこっ酷く父を罵り、勢いに任せて家を飛び出した。
やってしまった、と思った。
今まで、父と喧嘩したことは何度もあったが、流石に手まで出したことは無かった。
もともと、父にとっては家族なんてどうでもいい存在なのだ。
こんなことをした私は、もしかしたら、父の逆鱗に触れて家を追い出されてしまうかもしれない。
あれだけの啖呵を切った後だというのに、そう思うと無性に恐ろしくなった。
しかし、そんなことが些細なものに思えてくるほど、圧倒的な恐怖が私を襲うことになる。
とぼとぼと夜の街を歩いていると、突然、見知らぬ男にさらわれたのだ。
しかも、男は訳の分からない力を操り、到底人のものとは思えない爪や牙を持っていた。
こともあろうに、男は吸血鬼だったのだ。
なぜ街の中にいるのかとか、どうして私を攫うのかとか、そんなことを考える暇はなかった。
なぜなら私が男につかまった瞬間、物陰から屋敷の執事が飛び出してきたからだ。
彼は私も良く知る人物で、すごく武術に長けた人だった。
私は混乱した。
偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎる。
つまり彼は、日頃から私を見守っていたということになるのではなかろうか。
すると彼は父が雇った人物なわけだから、それは当然、父の命令で動いているというわけで。
でも、父は家族の事なんてどうでもいいはずだ。
それなのに、あんなことをした私に、なぜ護衛なんて大層なものまでつけているのだろうか。
もし本当に、彼が父の命令で動いているのだとしたら、それはつまり、父が私のことを心配していたということで……。
そんな私の考えを裏付けるように、彼は男の前で私の護衛を名乗ると、目にもとまらぬ速さで男に飛びかかっていった。
そして一瞬で物言わぬ死体となった。
彼が弱いのではなく、吸血鬼が強すぎたのだ。
身近な人物があっさりと死んだことで、私はますます恐ろしくなった。
次は自分の番だ。
嫌だ。死にたくない。
そう思うと恐怖のあまり、涙が止まらなくなった。
ガチガチと歯の根が鳴り、震えが止まらなくなった。
男は嫌がる私に猿轡を嵌めると、都市庁舎へと連行した。
そして。
そこで私は父に出会い、全てを知った。
実は父が、街の流行り病を何とかするために、命がけで外の世界を走り回っていたこと。
その道のりは過酷で、何人もの仲間が命を落としたこと。
父が何も教えてくれなかったのは、薬を手に入れるため、やましいことに手を染めていたからだったこと。
何より、自分の命も顧みず「娘だけは助けてくれ」と必死に命乞いをする姿を見て、私はようやく父が家族を愛していたことを知った。
私は父を誤解していたのだ。
きっと父も、苦しんでいたはずだ。
私の胸の中は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
今すぐ謝りたかった。
さっきは酷いことをしてごめんねと、今まで無視をしてごめんねと、謝りたかった。
でも、もう何もかもが遅い。
母の時と同じだ。
私たちが、何もかもを諦めかけたその時。
「彼」が現れた。
私よりいくつか年上の、穏やかそうな男の人。
彼は、昼間出会った時と同じ、鳥の巣みたいなパーマのかかった金髪に、一目見て旅人だと分かる野暮ったい服装をしていた。
見た目はひょろひょろしていて、お世辞にも強そうには見えない。
でも根はいい人で、よくお節介を焼いてくる優しい人だということを、私は知っている。
彼は、恐怖に身を固くする私の頭にそっと手を置くと、「もう大丈夫」と言って、優しく微笑みかけてくれた。
始め、私は混乱して何が何だか分からなかったが、すぐにひとつの考えに至った。
あんな恐ろしい化物達がやっつけるなんて無理だ。
しかし、そんな私の思いは次の瞬間、丸ごとひっくり返されることになる。
彼はめちゃくちゃ強かった。
昼間私と一緒にいた人と同じ人だとは到底思えない。まるで別人だった。
近くに立っているだけで、背筋に緊張が走るほどの圧迫感。
鬼気迫るとは、まさにこのことだろう。
私と大きく歳は違わないはずなのに、とても人間とは思えないほどの身体能力で、恐ろしい吸血鬼達を圧倒していた。
人の背丈ほどもある巨大な鎌をぶんぶん振り回し、気が付いた時には、敵はただ一人になっていた。
彼は凄腕の「ハンター」だったのだ。
ハンターとは、吸血鬼を討伐する人たちのことで、並大抵の努力ではなれない凄い職業だ。
そんな職業に、私とそう年の違わない人がなっていることに、私は言いようもない眩しさを覚えた。
何もかもが平凡で、力も弱くて、おまけに親の気も知らずに、上手くいかないのを全部他人のせいにしていた私とは大違いだ。
無事にここから生きて帰れたら、勉強でも、運動でも、なんでもいい。目一杯頑張って、彼のようになりたい。
自然と、そんな思いが湧き上がってきた。
そして、命を救ってくれたことはもちろん、家族とやり直せる時間をくれた事にもお礼を言いたい。
そう思った。
でも、彼はいなくなってしまった。
最後の最後で、彼の正体が人間ではなく「吸血鬼」だったことが知れてしまったからだ。
ちょっとびっくりはしたけれど、私は気にしない。
だからどうしたというのだ。
街を病に陥れていた黒幕が倒されて、今まで病に冒されていたのが嘘のように、人々は元気になった。
今はまだ人間関係がギクシャクしているが、ホルムの街には以前と同じ平和が戻ったのだ。
父親とも仲直りできたし、なにより、もう会えないと思っていた友達や、下町の皆にも会うことができた。
全部、彼のおかげだ。
せめて、一言だけでもお礼を言いたい。
でも、その日から彼を見ることは無かった。




