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SILVER HUNTER 番外編 ~迷子のハンター~  作者: きょんちゃん
番外編 迷子のハンター
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第五話 『正体』

 青年は軽く部屋の中を見渡すと、縄で縛られたララの元で視線を止め、


「ちょっと待ってて下さいね」


 そう言って、肩に背負っていた大鎌を構えた。


 と、次の瞬間。


 市長は、一瞬にして部下のクビが吹き飛ぶのを見た。

 目にも留まらぬ、とはまさにこのことだろう。頭を失った吸血鬼達は、切断面から噴水のように血しぶきをあげて、ドサリと力なく崩れ落ちた。


 見れば青年は、既に振り終えた体勢で、大鎌を肩にしまっているところだった。

 鎌を構えた後、男達の首を薙ぎ払い、振り下ろすまでの過程が全く見えない。


 これにはジョンも開いた口が塞がらない。

 なにせ、目の前で何が起きているのかが、全く理解できないのだから。


「な、何を、したというのだ……」


 震える声でそう言った市長の双眸には、驚愕の色が浮かんでいる。しかしすぐにその色は鳴りを潜め、プレアの全身を舐め回すように観察し始める。

 それは、得体の知れない何かに対する警戒心であり、恐怖でもあり、しかし諦めるつもりは毛頭ないという、決意の現れでもあった。


「はい。もう大丈夫ですよー」


 プレアはララの身体を縛っていた縄を解くと、彼女を安心させるように優しく微笑みかけた。

 が、当のララはというと、ぽかんと口を開けたまま硬直している。やがて、目の前の彼が先程出会った青年であることに気付いたのか、


「おにいさん……なの?」


 と、恐る恐る尋ねた。


「はい。さっきぶりです。間に合って良かった」


 プレアは彼女の問いにそう答えると、人好きのする笑顔を浮かべ、わさわさと頭を撫でた。


「ありえん……。なぜこんなところにハンターが……。いや、それ以前に、この街に貴様のようなハンターはいなかったはず……」


「たまたま、通りかかっただけですよ。運が悪かったですね」


 市長の疑問に対してそう答えると、プレアは再び大鎌を構え直した。パチパチと点滅する電灯の光を受けて、大鎌が鈍いきらめきを放つ。

 何をしたわけでもないのに、彼が武器を構えた途端、部屋の中を異様な緊張感が埋め尽くした。それは、一切の無駄を省き、極限まで研ぎ澄まされた構えがそう感じさせているのだろう。

 相対する市長は、まるで自身の首元に、死神の鎌が添えられているような錯覚すら覚えた。


 目に見えない圧力に、市長は思わず後ずさる。


 否が応にも相手との力量差を見せつけられ、真っ向勝負では勝算なしと踏んだ市長がとった行動は、至極シンプルだった。

 臨戦態勢から一転。彼は両手を上げて降参のポーズを取ると、


「そ、そうだ! 話をしよう!」


 そう言って、手のひらを向けたのだ。彼の突然の変わりように、さしものプレアも首をかしげる。


「話……ですか?」


「プレアさん、いけない!」


「ッ!?」


 危険を察知したジョンが叫ぶより早く、市長の魔法が発動する。

 すなわち、対象を衰弱させる恐るべき魔法。


 目に見えないそれをもろに食らったプレアは、上体をふらりとよろめかせ、地面に膝をついた。


 その瞬間を、市長は逃さなかった。


 これを逃せば、チャンスはない。その覚悟で放たれた市長の拳は、彼の人生でも一二を争う破壊力をもってプレアへと迫った。

 先ほど、ジョンらに見せたような手加減したものではない、全力の一撃。先の比ではない紫電が拳を纏い、部屋の電気がパチパチと点滅する。

 とっさに、プレアはもっていた大鎌でガードしようとするが、もう遅い。


 不自然な体制から繰り出された大鎌は、紫電の拳に腹を打たれ、あっさりとへし折れた。しかしその程度の事では彼の拳は止まらない。

 市長の渾身の全魔力をつぎ込んだ、文字通り必殺の拳がプレアの腹部へと突き刺さる。

 ミシミシと嫌な音を立てながら、拳はプレアの腹の中へとめり込んだ。


「げほっ!」


「プレア様!!」


「お兄さん!!」


 鋼鉄のシェルターをも容易く破壊するほどの拳を食らい、プレアは血反吐を撒き散らしながら、すさまじい勢いで吹き飛んでいく。

 瞬く間に壁に叩きつけられるも、それだけに留まらず、プレアの身体はさらに向こう側へと突き抜けていった。


「油断大敵とはまさにこのことだな! ふははははは! やったぞ!」


「そんな……」


 一部始終を見届けたララが悲痛な声を漏らす。しかし、ジョンには彼女を励ますことなど、とても出来なかった。

 ハンターとはいえ、元はただの人間である。もちろん、彼らは不思議な力を操るため、普通の人間よりは幾分か頑丈ではある。しかし、これだけの破壊をその身に受けて、無事でいられる人間がいるだろうか。


 ジョンの心の中では、プレアの生存は絶望的に見えた。しかし、


「なっ……!」


 吹き飛んだその先。隣部屋の大ホールを見つめた市長の瞳が驚愕に見開かれる。それは、同じく視線を追った二人も同じだった。


 彼の予想に反して、プレアは生きていた。


 瓦礫に埋もれた身体を懸命に起こし、若干気だるそうにしながらも平然としている。

 傷も、瓦礫による擦過傷のためか、全身から血を流してはいるものの、さほど深くはないように見える。

 拳を受けた腹部には小さくないダメージを負っているが、戦えないほどではない。

 あれほどの打撃を食らったにも関わらずだ。


 だが。


「しぶといヤツめ。だが、貴様の対吸血鬼兵器シルバーズは既に折れた。勝負あったな」


 そう。


 彼の対吸血鬼兵器シルバーズが折れてしまったのだ。


 常日頃から魔力の鎧を身に纏っている吸血鬼には、通常の武器ではダメージが通らない。彼らに通じるのは、魔力の鎧を破壊することのできる対吸血鬼兵器シルバーズだけだ。


 つまりいくらプレアが強く、戦う意志があったところで、ダメージを与える術が失われてしまった以上、勝ち目はなくなったと言ってもいい。


「別に武器が折れてしまったところで、あなたを倒すくらいわけないですよ」


「ほう。大した自信じゃないか。何を根拠にそんな強がりを言っているのかは知らんがね」


「…………根拠ですか」


 だから、ジョンにはその光景が、ひどく痛ましいものに見えた。敗北を悟り、それでもなお心を奮い立たせ、決して引こうとはしない。

 立派なハンターの姿ではある。しかし彼はまだ若い。彼が生き延びることで、この先救われる命はきっとある。彼は、こんなところで死んでいい人間ではないのだ。


「プレア様……」


「大丈夫ですよ。ジョンさん。心配しないでください」


「しかし、対吸血鬼兵器シルバーズが折れてしまっては、勝ち目など……!」


 ジョンが言い終わるより前に、跳躍した市長の蹴りがプレアの胴体めがけて迫る。それを紙一重で避けながら、しかし彼には反撃する手段がない。一秒。また一秒と時間が経つに連れ、素人目にもプレアが押され始めているのが分かった。


「お逃げください! プレア様! あなたならヤツから逃げられるはずだ!」


 懸命にそう叫ぶジョンだったが、プレアは一向に引く気配を見せない。その気になれば、先程吸血鬼達を葬ったときのような圧倒的な速度をもって、この場から逃げられるはずなのだ。

 なのに彼がここから逃げないのは、


「別にかまわないが、貴様が逃げたらこいつらを殺すぞ!」


 ホールの中に、市長の怒声が響き渡る。


 そう。そうなのだ。

 彼は今、自分達を守るために戦っている。そのために自分を捨て、勝ち目のない戦いに望もうとしているのだ。

 そのことが、ジョンには我慢ならなかった。

 元はと言えば、騙された自分が悪いというのに。


「でも、もういいんです。あなたならヤツから逃げられる。無理に犠牲になる必要なんて……!」


「ジョンさん。あなたは一つ勘違いをしています」


 しかし、そんなジョンの心の内を読んだように、プレアは言った。


「助けるべき人を見捨て、敵を前に逃げ出すなんてことは、ハンターの仕事じゃありません」


「……しかし!」


「これは受け売りですが……。いつどんな時でも。どんな不利な状況になっても。ハンターって生き物は、勝ちを拾いに行くんです」


「……ッ!」


 空中で両者が激突する。

 市長の繰り出す拳を左腕でガードしながら、プレアも負けじと蹴りを繰り出す。足に金属でも仕込んでいたのか、インパクトの瞬間に鈍い音が響き渡る。通常なら大怪我は免れない攻撃。しかし、それを受けた市長の顔は平然としたものだった。

 魔力の鎧に阻まれ、ダメージが入っていないのだ。


 直撃をもらった市長が後方に吹き飛び、両者が一旦距離を取る。

 一方で、市長の拳をいなしたプレアの腕は赤く腫れていて、遠目に見てもダメージを負っているのがわかる。


 誰の眼からも、プレアの不利は明らかだった。


 しかし、彼はそんなことなど意にも介さぬ様子で、ジョンに向かって「さっきの続きですが」と言うと、


「あいつを倒せるってのは強がりじゃないです」


 と、言って、市長に背を向けて歩き始めた。

 やがて、プレアは部屋の隅にたどり着くと、刃の折れた鎌を拾い上げる。それを握りしめ、様子を見守っていた市長に振り向いて一言。


「もう一度言います。武器が折れたところで、あなたを倒すなんて訳ないです」


 と、相手を挑発するように不敵に笑った。


 直後、不意を突くようなタイミングでプレアが走り出す。

 凄まじい脚力から繰り出されるその走りは、瞬く間に市長との距離を詰め、眼前へと肉薄する。


「ふん。対吸血鬼兵器シルバーズの残骸でダメージを与えようって腹か。お粗末だな」


 対して、迎え撃つ市長は余裕の表情だ。


 当然である。

 対吸血鬼兵器シルバーズは精密な武器である。多少の欠損ならともかく、あのように真っ二つに折れた状態では、吸血鬼の魔力の鎧を破ることなど出来ようはずもない。


 この瞬間。

 誰もが市長の勝利を確信し、無残に引き裂かれるプレアの姿を連想した。

 無謀にも折れた獲物で切り掛かり、返り討ちに遭うのだ。


 しかしプレアのとった行動は、誰も予想だにしないものだった。


 市長の間合いへ入る直前。


 持っていた獲物を後ろに放り捨てたのだ。


「ッ!? 血迷ったか!」


「僕があなたに勝てる根拠……でしたね」


「!?」


 そして、魔力を込めた拳を構える市長に向かって一言。


「なに。簡単なことです」


「ちええええっ!」


 市長の拳が迫る。

 飛びかかるプレアの頭にめがけて、暴力の塊とでも表現すべき必殺の拳が飛んでいく。


「僕の『魔法』は……」


「……ッ!? お前、まさ」


 『ソレ』を見た市長の顔が凍りつく。

 見れば、赤黒い輝きが一瞬にして辺りを覆い尽くしていた。


 それは、ジョンにとってもなじみ深い光だった。『外の世界』で頻繁に目にする現象。つい先にも、プレアに膝をつかせ、壁を突き破り、ありえないパワーでもって壁の向こう側にまで吹き飛ばした力。

 

 すなわち、吸血鬼が魔法を発動する際の輝きに酷似していて。


 いつの間にかプレアの右手には、鮮血の如き真っ赤な色に輝く巨大な鎌が握られていた。


「イメージを具現化します…………からっ!」


 直後、凄まじい速度で鎌が振り下ろされる。

 市長の拳が届くより一足早く現れたソレは、男の腹を食い破り、胴体を真っ二つに引き裂いた。


「コァ……ゴガッ……!?」


 が、それだけに留まらず、建物の床に斬撃の余韻を走らせ、壁をぶった切り、都市庁舎の中に圧倒的な破壊の跡を撒き散らした。

 鼓膜を破らんばかりの轟音が鳴り響き、ホールの中に土煙が舞い上がる。


 しばらくして、ようやく土煙が収まり始めた頃、ホールの中に立っていたのは見覚えのある大鎌を携えた青年ただ一人だった。


「何か言い残すことは……?」


 どこか慈しむような声で、プレアはそう尋ねた。


 誰に話しかけているのかと思い視線を移せば、彼の足元に市長が倒れているのが見えた。いつのまに向かったのか、彼らの近くにはララの姿もあった。

 ジョンは、市長がまだ生きていることに戦慄しつつも、足早に彼らの元へと駆け寄っていく。事の顛末を見届けたいのもあるが、今のジョンにはどうしても確認しておきたいことがあった。


「なければ、すぐ楽にしてあげますけど」

 

 腰から下を失い、成すすべなく倒れ伏す市長に向かって、プレアは静かにそう言った。その首には真っ赤に輝く大鎌が添えられている。


「……げほっ! ハァハァハァ……」


 口から血の塊を吐き出し、息も絶え絶えの市長。しかし、彼はふいに頭を上げると、


「お前、吸血鬼だな?」


 と、絞り出すような声で彼に疑問を投げかけた。純粋に不思議でしょうがなかったのだろう。既に死相の浮かぶ市長の瞳には、そんな思いが宿って見えた。


「…………ええ。そうです」


「~~ッ!?」


 プレアの告白にジョンは息をのむ。

 それはつまり、彼の青年が実はハンターではなく、人類が討つべき敵性生物であるということで。


「魔法を、使わなかった、のは?」


「騒ぎを起こすと面倒なので。そのための対吸血鬼兵器シルバーズもどきです」


 プレアは背負っていた大鎌を、市長に見えるように地面に置いた。

 すると、初めは赤黒い不気味な色だったものが、みるみるうちに銀色へと変わっていく。


「はい。これで完璧でしょう?」


「はっ。それだけの、力があって。ゲホッ。なぜ、人間なんぞに、味方する……?」


「…………仕事、ですから」


 頭の中がめちゃくちゃになる。

 仕事とはなんなのか。なぜ吸血鬼が人間に味方するのか。それ以前に、彼は本当に吸血鬼なのか。

 彼が吸血鬼ならば、なぜジョンを殺さなかったのか。そもそも、彼はなぜ、なんのためにこの街へやってきたのか。

 考えれば考えるほど思考は泥沼にはまり、思考が脈略を得なくなる。


 しかし、どうやら市長はそう思わなかったようで「なるほどな」と、どこか諦めたようにため息をつくと、


「へへ。完敗だ。まったく……ついてねぇなぁ」


 最後にそう言って、ホルムシティ市長、ガウス=コルニアスは息を引き取った。


「…………」


 ホールの中に沈黙が流れる。

 ふいに、ゴゴゴという何かの崩れる音がした。


 何かと思い辺りを見渡せば、建物の壁もろとも横一直線に亀裂が走り、ホールの天井が崩れていくところだった。


「ッ!?」


 咄嗟にそばにいたララの手を掴み、扉の外へと脱出する。が、まだプレアが中にいたことを思い出し、ジョンは慌てて振り向いた。


 しかし、そこには誰の姿もなかった。

 ただ、横たわる市長の死体だけが、先の戦いが夢ではないことを如実に告げていた。


 直後、ホールの天井が崩れ落ち、辺りは粉塵に包まれた。

次回で番外編ラストです。

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