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SILVER HUNTER 番外編 ~迷子のハンター~  作者: きょんちゃん
番外編 迷子のハンター
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第四話 『死神の鎌を持った天使』

 ジョンは、ホルムの街で三本の指に入るほどの大商人である。街の商人ギルドにも大きな発言力を有しており、その交友関係も広い。

 加えてその地理的な利点から、ピット間貿易の仲介事業が経済活動の主要な部分を占めているこの街では、政治家と商人ギルドが密接なつながりを持っている。


 そんなわけだから、ホルムシティの頂点に立つ人物、ガウス市長とも当然ながら面識があった。

 プライベートでの付き合いはさほど無かったが、彼とは長きにわたるビジネスパートナーである。その身なりも人柄も、良く知っている。


 結論から言うと、彼は決して褒められた人物ではなかった。

 裏でやましいことをやっていることも知っているし、何より、そういった者たちの協力を受けて、今の座まで上り詰めた男である。

 ただ、根っこのところでは悪人ではないことも、ジョンは良く知っている。必要に迫られれば、躊躇なく汚いことに手を染めるだけの覚悟を持っているだけだ。見方にもよるが、それが彼の良いところであるとジョンは思っている。

 そして何より、損得勘定には敏感だ。


 だからこそジョンは彼に”例の件”について打ち明け、協力を取り付けたのだ。

 しかしどうだろうか。

 市長と面会したジョンは、奇妙な胸騒ぎに襲われていた。長年の勘と言うやつだろうか。

 眼鏡をかけ、がっしりとした体格のその男は、ジョンの良く知る市長そのものである。不審な点などあるはずもない。

 それなのに、頭の中から嫌な予感が拭い去れないのだ。


 勤務時間外であることもあって、現在都市庁舎の中にはジョンと市長、そして幾人かの関係者がいるのみで、ひどく閑散としている。そのことが、ジョンの不安をますます煽る結果となった。


「報告書には目を通したよ。ご苦労だったな。ジョン」


「いえ。市長こそ、流行り病への対応で大変だったと聞いておりますよ」


「それは皮肉かね?」


「いえいえ。滅相もない」


 すると、市長はふんと鼻息を一つついて、


「ま、いいだろう。社交辞令はこの辺にして、本題に入ろうじゃないか」


 と言って、懐から小さな薬瓶を取り出した。


「薬師の街、メルディアから取り寄せた薬……だったな」


「はい。全部で30000個。それと念のため、製造方法の書かれた文書も購入しました。代価は金額にして10億エクストラと…………”悪魔の薬”の流通に協力する事」


「そうだ」


 市長はそう言って溜息をつくと、にやりと口元をゆがめた。


「しかしこれは同時に、大きなビジネスチャンスでもある。なに、君が気に病むことは無い。遅かれ早かれ、あの薬はこの街にもやって来るんだ」


「えぇ…………」


 悪魔の薬。それは、服用者にこの上ない快楽をもたらす代わりに、その身体と精神を蝕んでいく禁忌の薬だ。扱いを間違えれば、街が滅ぶかもしれない危険な代物。


 本音のところでは、ジョンは”悪魔の薬”の流通には反対である。しかし、だからと言って放っておけば、この街は病に蝕まれて滅びてしまうだろう。それだけは絶対に阻止しなければならない。

 それに、流通元が特定できているのは喜ばしいことだ。後々になって、街から追い出す算段もつけやすい。


「それで市長、例の治療薬の効果の方は……?」


 悪魔の薬のことはいったん頭の隅において、ジョンは肝心なことを市長に尋ねてみることにした。


 すなわち、病の特効薬の効果である。

 もともと、ホルムの街に蔓延している流行病を治す目的で、凄腕の薬師達が大勢いるとされるメルディアの街まで赴いたのだ。

 効いてくれなくては困る。

 しかし、そんなジョンの懸念は、続く市長の言葉によってあっさりとかき消されることになる。


「あぁ。完璧だった。これなら間違いなく感染者を治すことができるだろう」


 その言葉を聞いた途端。ジョンの胸の奥からは、はち切れんばかりの喜びが込み上げてきた。


 これで街は救われる。

 そう思っただけで、自然と涙があふれてくるのが分かった。


 思えば、長く辛い道のりだった。

 遠く離れたメルディアまでの道中で、50人いた護衛は半分にまで減った。彼らはいずれも市長が選んだ精鋭揃いだったが、運悪く何度も吸血鬼に遭遇し、その度に少しずつ数を減らしていった。


 しかし、それは戦いの序章に過ぎなかったのだ。

 やっとの思いでメルディアに到着し、治療薬を買い終えた後にも激戦は続いた。


 数多の護衛の命を散らし、一行がようやくホールベルト近隣の安全圏内に戻ってくる頃には、あれだけいた護衛の数は6人にまで減っていた。それも、最後の最後で運悪く吸血鬼に遭遇し全滅。

 運よくあの青年が通りかかっていなければ、間違いなくジョンも死んでいたことだろう。


 これで、散っていた彼らの魂も報われる。

 ジョンも、放ったらかしにしていた娘に、ようやく顔を向けられるというものだ。


 長かった。本当に長かった。

 しかし、それももう終わり。やっと終わったのだ。


 そう思っていた。



「いやぁ。まったく。君がマヌケで良かったよ。いい加減、演技をするのにも疲れた」


「……!?」


「危うく私の計画がご破綻になるところだったよ」


 始め、ジョンは目の前の男が何を言っているのか、全く理解できなかった。

 そんなジョンの胸の内は、さらなる男の行動によって、真っ黒に塗りつぶされることになる。

 彼は呆然とするジョンを見てクックッと小さく笑うと、手に持っていた薬瓶を足元に落とし、あろうことかグシャリと踏みつけたのだ。

 靴の下から、苦労して購入した治療薬がダラダラと漏れ出ていく。


「な、なにをしているのですか!?」


 唖然とし、激昂するジョン。

 大金をはたいて手に入れた薬だ。

 いや、それよりも。街を救うための薬を落として踏みつけるなど、市長のやることではない。


 拳を握りしめ、鋭い視線を向けるジョンに、しかし市長は全く動じることなく答えた。


「何をしているかって? ククク。せっかく病を広めたというのに、治されてしまっては困るのだよ」


「な、なにを言っているんです……!?」


 動揺するジョンに向かって、市長は軽く微笑みかけると、


「簡単な事さ。私が……」


 そう言って、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


 次の瞬間。

 ジョンは自身の眼を疑った。


 バキバキと骨の変形する不快な音がした。と同時に、市長の体に異変が起きたのだ。


「……ッ!?」


 いつの間にか市長の口からは鋭い牙が生え、両の手には到底人間の者とは思えないような、長い爪が現れていた。

 そして何より、市長の全身から立ち上る、鮮血の如き赤黒いオーラ。


 その見た目に、ジョンは見覚えがあった。

 それは、仕事で「外の世界」へ旅立った際によく見た光景。先日にもジョンの護衛を食い殺し、何度も危機に陥れた怪物の姿。

 すなわち。


「吸血鬼だったというだけだ。ほら、簡単だろう?」


「…………あ、あぁ。そんな……」


 ゾオオと、暴力的な何かが部屋の中を吹き荒れる。風が吹いてるわけでもないのに、目を開けることすらできないほどの圧力が生じ、ジョンは数歩後ずさった。

 椅子は倒れ、机の上に置いてあったコップが吹き飛んで粉々に割れる。見れば今の衝撃で、部屋の中のありとあらゆるものが散乱していた。


 ガチガチと、硬い何かがぶつかる音がした。

 何かと思えば、自分の奥歯が擦れあう音だった。

 そのすさまじいオーラを全身に浴びて、気が付けば、ジョンは全身の震えが止まらなくなっていた。額からはびっしょりと汗が流れ、絶望に目の前が真っ黒になる。


 ここにいてはいけない。

 瞬時にそう悟ったジョンは、この場から逃げようとするが、


「おっと。動くな。あいつを殺してほしくなけりゃな」


 続く市長の言葉に、ジョンはさらなる絶望に叩き落とされることになる。

 逃げようと振り返ったジョンの視線の先。面会室の扉の前。

 そこに、いつの間にか複数人の男が立っている。いや、注目すべきはそれじゃない。


 彼らが連れている人物だ。


「んっ! ん~!」


 猿轡を噛まされ、両手両足を縄で縛られた少女。

 自身と同じ茶色い髪を眉毛のあたりで短く切り揃え、母親に似て吊り上った眉からは活発な印象を受ける。


「ララ……!」


 ララ=フラワー。

 外商人ジョンのたった一人の家族であり、最愛の娘。

 あろうことか、そこには彼女の姿があったのだ。


「なに。隠蔽工作の前に、君を殺したことがバレルと面倒なんでね。こんな時間に外をフラフラしていたもんだから、部下に命じてちょっとついてきてもらっただけさ」


「き、貴様ッ!!」


「だから動くなと言っているだろう。そんなに娘の死体を見たいのか?」


「ッ!」


 市長の脅迫を前に、ジョンは黙って従うほかない。娘を取り戻そうにも、ジョンは戦闘に関しては全くの素人だ。

 それに、相手は一人ではない。おそらく後ろの男たちも吸血鬼なのだろう。

 勝ち目など、あるはずがなかった。


「んっ! ん〜!」


 ララはと言うと、両の瞳には涙を浮かべ、恐怖に頬を引きつらせながら、いやいやと首を振っていた。

 しかし、彼女を助ける手立ては何もない。そのことが、ジョンにとっては無性に情けなかった。


「……いつからこの計画を?」


 今のジョンに出来る事があるとすれば、こうして時間を稼ぐことくらいだ。

 しかし、だからと言って事態が好転するわけでもない。仮に巡回のハンターが異変に気付き、助けに来たところで、この人数である。おまけに先程見た限りでは、市長は相当な使い手に見えた。


 生還は絶望的だった。


「ふん。ま、いいだろう。お前とは長い付き合いだ。冥土の土産に教えてやろう」


「……ってことは、初めから化けてやがったのか」


「その通り。生憎、私は変身能力なんて便利なものは持ち合わせていないのでね。さて、何から話そうか……。まずは、私の魔法からかな」


「貴様の魔法?」


 市長は「あぁ」と短く答えると、手のひらをジョンに向けてかざした。途端、ジョンは全身から力が抜けていくような感覚に襲われ、思わずその場に膝をついた。


「私の魔法は少々変わっていてね。この通り、相手の魔力に作用して衰弱させることができるんだ。衰弱も、度を過ぎれば命を落とす。要するに、今この街に蔓延している病は、わたしの魔法によるもの……ってことさ」


「!?」


「ちなみに、君に治療薬を買いに行かせたのも作戦の内さ。市内の精鋭を護衛に就かせ、旅の道中で少しずつ始末する。流石に、万全の状態で街を落とすのは私にも難しいのでね。こうして弱らせてからの方が効率が良い。誤算だったのは、君が無事帰って来てしまったことと、例の治療薬に病を治す力があったことだ。まさか本当に治るとはね。下等生物とはいえ侮れないものだ。君からの報告書を受け取った時には、流石に焦ったよ」


「……ッ!」


「とまあ、こんなところだ。さて、そろそろ死ぬ覚悟はできたか?」


 そう言って、市長はゆっくりと右腕を振り上げた。全身を覆っていた魔力が指の先に集中し、キィィンと甲高い音を放つ。

 それを見て、ジョンは慌てて言葉を紡いだ。


「ま、待て! まだ聞きたいことが……」


「茶番はよせ。そんなわかりやすい時間稼ぎがあるか。お前は正直すぎるんだよ」


 高密度に圧縮された魔力が紫電を纏い、バチバチと音を立てる。骨格の変形する不快な音とともに、市長の腕は、獲物の身体を貫くのに最適な形へと変形していく。


「せめてもの情けだ。すぐに終わらせてやろう」


「頼む! 頼むから娘だけは……!」


「じゃあな。ジョン」


 市長の腕が振り下ろされる。

 真っ赤な輝きを纏ったその手刀は、あっさりと心臓を貫き、ジョンは無念の内に命を落とす……。


 はずであった。



 幸いにも、それは突如やってきた乱入者によって防がれることになる。


「……ッ!!」


 斬撃が飛ぶ、というと理解し難いかもしれない。しかし、そうと形容するほかないとジョンは思った。


 ブウゥゥンと、まるで地響きのような重く低い音が聞こえたのだ。

 瞬間。何かが窓を突き破り、凄まじい速度で飛んでくる。


「!?」


 それは光だった。半月状の光が、今まさにジョンの左胸を貫こうとする市長の元へと、縦一直線に飛来する。

 行く末を遮る物は、扉であろうと本棚であろうと真っ二つに引き裂くその様は、まさに斬撃と形容するのが相応しい。

 その斬撃は、ギュルギュルと急なカーブを描きながら、ちょうど市長の首元へと吸い込まれていき……。


 すんでのところで飛び退いた市長によって、惜しくも回避された。

 行き場を失った斬撃はホールへ続く壁に激突し、破壊の跡を撒き散らしながら、さらに向こう側へと消えていく。


 一方、驚異的な反射神経によって、この斬撃を回避した市長であるが、その表情には驚愕の色が張り付いており、先ほどまでのような余裕は微塵も感じられない。

 市長のそれは、到底人のものとは思えないような凄まじい反射神経である。しかし、もちろん彼は人ではない。一般に、彼ら吸血鬼は人間よりも運動能力が高いのだ。


 ただ、その吸血鬼の反射神経をもってしても、かろうじて視界に捕らえるのがやっとだったのだ。

 その斬撃は、それだけすさまじいスピードを持っていた。


「間一髪ってところですか……。我ながらもっと余裕を持って登場したいものです。なんでこう、いつもギリギリなんですかね」


 いつの間にか、窓の側に一人の青年が立っていた。

 おそらくは、今の攻撃を放った人物であろうその青年に、部屋の中にいた全員の視線が集まる。


 ふわふわとしたブロンドの髪に、ぱっちりとした緑の瞳。

 右肩には背丈ほどもある大鎌を担ぎ、小さなリュックを背負っている。


 つい先日にもジョンを救ってくれた人物。


 プレアの姿が、そこにはあった。

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