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SILVER HUNTER 番外編 ~迷子のハンター~  作者: きょんちゃん
番外編 迷子のハンター
3/7

第三話 『父と娘と』

 流石は大都市、と言ったところだろうか。

 遥か彼方に浮かぶ夕日を眺めながら、プレアはそんな感傷に浸っていた。


 頻繁に行き来する荷車のためか、ホルムの街の舗道はよく整備されている。灰色に塗装された道の上には目立った凹凸もなく、まるで絨毯の上を歩いているかのようだった。

 道を行く荷車の数はおびただしいものであったが、信号機による完璧な統制のおかげで、大した渋滞も起きていない。


 今まで幾つもの街々を旅してきたが、これほどまでに交通網が整然としている街は、初めて見るかもしれない。


 空を見上げれば、商人達で賑わう街々を夕日、もとい人口の太陽が照らしていた。


 ホルムの街では、外の世界の時間に合わせて空の様子が切り替わる。

 長いこと外の世界を旅してきたプレアであったが、この夕日の再現度には舌を巻くばかりだ。到底、ここが地下の世界で、空に浮かぶそれが人口のものだなんて信じられない。

 バリエーションも様々で、晴れの日や雨の日の空はもちろん、台風や砂嵐まで取り揃えているらしい。

 天井の景色がオンとオフの二種類しかなかったプレアの故郷とは、大違いである。


(ん……?)


 ふと、どこからか視線のようなものを感じた気がして、プレアは背後を振り返った。


(気のせい……? いや……)


「ねぇ! 聞いてるの? ねぇってば!」


「え? あぁ……。すみません……。ぼーっとしてました」


「もう!」


 すると、少女は頬を膨らませてプレアを指差し、不満げな声でこう言った。


「いつまで付いてくるのよ! 一人でも大丈夫って言ってるでしょ!」


「ダメですよ。もう随分暗いですし、こんな時間に女の子が一人で出歩くのは危険です」


 プレアがそう言うと、少女はハァとため息をついて、つまらなそうに足元の小石を蹴った。小石は勢いよく舗道を飛び出すと、脇にあった小さな池の中にポチャンと音を立てて消えていった。


「なによ。……お兄さん弱いくせに」


「これでも結構鍛えてるんですよ」


「それにしちゃ、さっきは衛兵の人に一発で伸されてたじゃない」


「そ、それを言われると辛いですけど……。ま、まぁ、いないよりはマシってやつです」


「なんだ。やっぱり弱っちいんじゃない」


 予想外に辛辣な評価に肩を落とすプレアであったが、気を取り直して歩みを進める。もうすぐ、少女の実家でもあり、プレアの目的地でもあるフラワー邸に到着するのだ。


 ちなみに、少女の名前はララ=フラワーというそうだ。

 先刻の話で薄々勘づいていたことではあったが、彼女は先ほど別れた外商人、ジョンの一人娘である。ただ、彼女が父親のことを快く思っていない手前、知人と名乗るのはどうにも躊躇われた。

 おまけに彼女の話によると、ジョンはこの街で三本の指に入るほどの大商人で、それはもう豪華な屋敷に住んでいるんだとか。


 そんなリッチマンのジョンであるが、家庭内の折り合いは良くないらしい。もっとも、父親は娘を嫌っているわけではなく、娘が一方的に嫌っているだけなのだが。どうにも仕事を優先するあまり、身内からの信頼を失ってしまっているようである。


「とか何とか考えてるうちに、着きましたね」


 上流階級の住む上区に入ってから、およそ15分ほど。ちょうど街の中心部に位置する高級住宅街の一角に、その屋敷はあった。

 ここが個人の所有する家だなんて信じられないような、広大な敷地面積。そこに、見渡す限りの美しい芝生が生えた、上品な庭園が広がっている。

 屋敷の壁は透き通るような純白のレンガで造られており、沈みゆく夕日を受けて、オレンジ色に輝いて見えた。


 なるほど。豪邸である。

 街で三本の指に入る富豪というのも、これなら納得できる。


 しかし、そんな感傷に浸る間もなく、事は起きた。


 門の前に立ち並ぶ使用人の列を見た途端、少女が彼らに向かって走り出したのだ。初めは何事かと思ったプレアであったが、その列の中にジョンの姿を見つけて、なるほどと納得した。


 ジョンがこの街に帰ってきたのは、ちょうど今朝の事だ。そして少女の話によると、ジョンが旅立ったのはもう何か月も前の事だという。彼女は父親を毛嫌いいていたが、それでも父親である。

 久しぶりの再会で、さぞかし積もる話もあるのだろう。


 などとプレアは思っていたのだが。


「やぁ。ララ。ただい……」


 パアァン。


 と、開口一番。ジョンの頬に少女のビンタが炸裂した。これには流石のプレアも、開いた口がふさがらない。


「今まで、どこで何をやってたの……」


 まるで煮えたぎる怒りを抑えているかのように、少女の声はどこまでも低く、震えていた。俯き、両手の拳を強く握りしめるその姿を見れば、少女が彼の人物に対して、耐え難い怒りを抱いていることは一目瞭然だった。

 ジョンは、そんな少女の態度に寂しそうな表情を浮かべると、一言。


「…………仕事さ」


 とつぶやいた。


 瞬間。パアァン、と再び少女の手の平がジョンの頬を貫いた。夕暮れの空に、小気味の良い乾いた音が木霊する。


「みんな、大変だったんだよ……」


「………………」


「病気のせいで、沢山の人が死んじゃったの。学校も、随分前に閉鎖しちゃったんだ。それだけじゃない。街の偉い人たちが、うつるのが怖いからって、仕事の邪魔になるからって……。みんな閉じ込めちゃうんだ。レニーおばさんも、バリー君も、キーちゃんも……。みんな、連れて行かれちゃったんだよ」


 泣きそうな声でそう言った少女は、しかしその瞳に力を込めると、


「お父さんには、それを止められる力があったんじゃないの!! 私言ったよね!! みんな大変なんだから、お父さんの力を貸してって!! どうして黙って出て行っちゃうの!! お仕事ってそんなに大事なの!?」


 と、涙ながらに叫んだのだった。


「………………」


 しかし、幼い娘にありったけの激情をぶつけられたジョンはというと、静かに俯いたまま、一向に返事をする気配を見せない。ただ、悲しげな顔をして少女の横顔を見つめるだけだ。

 やがて、少女はその場の沈黙に耐えかねたのか、くるりと振り返ると、

 

「……もういい。私がなんとかする。お父さんなんて、もう知らない」


 そう言って一行に背を向け、スタスタと夕暮れの街並みに消えていったのだった。



「追わなくても?」


 場違いな発言とは思いつつも、居ても立ってもいられなくなったプレアは、ジョンの前にひょいと姿を現すと、そう尋ねた。


「いや。良いのです。あの子には、内密に護衛の者を付けてありますから。心配には及びません」


「……娘さん思いなんですね」


「見ての通り、あの子からは嫌われてしまいましたがね。……それより、お見苦しいところを見せてしまいました」


 申し訳なさそうなジョンの言葉に、プレアは「いえいえ」と断りを入れて、


「……でもそういうの、かっこいいと思いますよ」


 と、ジョンにだけ聞こえるように、小さな声でそう言った。すると、ジョンは怪訝な顔をして


「それは、どういう意味で……?」


「ホントのこと、言えないんでしょう? 効くといいですね。薬」


「ーッ!?」


 途端。ジョンは目を見開き、心底驚いたようにプレアを見つめた。その頬は、少しばかり引きつっているようにも見える。


「プレア様。あなたはいったい何を知って……?」


 狼狽するジョンに背を向けて、プレアはくるりと振り返ると、


「そうそう。今晩、夕飯をご馳走してくださるという話でしたが、急用ができたので、僕は辞退させていただきます。ごめんなさい」


「あの、プレア様……」


「心配しないで下さい。ちょっとした野暮用です。すぐに終わりますから」


 そう言って、少女と同じく、スタスタと夜の街並みに消えていったのだった。



ーーー



 プレアが屋敷を去った後。ジョンは自身の執務室で、不在時に溜まった書類の山に目を通していた。途中、最愛の娘に言われた言葉が何度も脳裏に横切るが、鋼の精神でそれを無視する。

 と、その時。トントンと、何者かが部屋をノックする音が鳴り響いた。


「入れ」


 主人の許可が下りると、脇に一枚の書類を抱えた使用人の一人が、ジョンの元へとやってきた。


「どうした、ミランダ」


「市長が”例の件”について話があるそうです。至急、都市庁舎まで来るようにと」


 例の件。

 それは、ジョンが待ちに待った案件だった。これが上手くいけば、間違いなくこの街は救われる。娘の願いを、そして自身の本懐を叶えられるのだ。そのことだけが、今のジョンにとって唯一の救いだった。

 無論、代価は決して安くなかったが、仕方のないことだと考えている。


「いかがなされます?」


「すぐに行く。そう市長に伝えてくれ」



ーーー



 目の前に横たわる男を見下ろしながら、プレアは珍しく焦りを覚えていた。

 男の背中には、鋭い何かで抉られたかのような深い傷跡があり、そこからダラダラと血が流れ出ている。明らかな致命傷だ。


「遅かったですか……」


 周囲には、はっきりと分かる戦闘の跡があり、つい先ほどまで男が何者かと戦っていたことは明白だった。


「……ぉ、まえ、は……?」


「フラワー邸の関係者です。それより、ここでいったい何が?」


 プレアがそう尋ねると、男は血まみれの顔を懸命に上げ、すがるようにプレアの身体を掴んだ。


「たの……むッ……。ララ、お嬢様が、さら、われて……」


 その身なりと状況から、男がジョンの言っていた護衛だということはすぐに理解できた。

 瀕死の彼を見た瞬間から半ば予想していたことではあったが、告げられたその言葉に、プレアは少なくない衝撃を受けた。


 プレアが敵の存在に気付いたのは、ララと二人でフラワー邸に帰る途中の事だ。何者かの視線を感じ取り、道中、それとなく気配を探っていたのだが、どうやら敵を見誤っていたらしい。


「……彼女は今どこに?」


「都市……ちょう、しゃ、だ……早く、ハンターさま……を」


 既に目は光を失い焦点の合わなくなった状態のまま、うわ言のようにそう繰り返す男の姿を見て、プレアはがっしりとその腕を掴み、ほほ笑んだ。


「安心してください。僕はハンターです。後のことはお任せください」


 その言葉を最後まで聞いたかどうかは分からないが、こと切れた男の顔には、満足げな笑顔が浮かんでいた。


(任されましたっと……)


 立ち上がり、遠くにそびえ立つ高い建造物。都市庁舎を一望すると、夜風すらも置き去りにしてプレアは走り出した。

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