はたらくリコリス 6
【Ref.No.18-0037】
6
漠然とではあるが、総務課というところについて、リコリスは、「なんだか色んな仕事をしている場所」というイメージを持っていた。
だが意外にも、総務の事務室は、小ぢんまりとしていて、課員数も、どうやらそれほどではないようだった。
リコリスの挨拶の後、課員さんたちが、ざくっと自己紹介してくれたところによると、係に四、五人はいた前の課と違って、ひと係、多くて三人、係長さん入れて、基本二人といった感じだ。
……で、広報係の係長さんって?
席、外してらっしゃるのかしら。すごくお忙しい??
リコリスは隣の、「たぶん、これが広報係長さんのなんだろうな」と思われる机に目をやる。
あれ、でも、まだマシンも立ち上がっていないみたいだし……。
「伊藤さんのマシン設定は、今から、総務係さんが見てくれますよ」
耳もとに渋声。
図書館一愛くるしい課長ナンバーワンが、いつの間にか、リコリスの横の棚板の上に立っていた。
慌てて椅子から立ち上がろうとするリコリスを、押しとどめて、総務課長が小さく頷く。
「まず、お話しておきたいことがあるのですが、伊藤さん」
さりげなくも、なんとなく改まった課長の言葉に、リコリスは身構える。
「まあ、そう緊張しないで」
あの……総務課長。
穏やかで渋い声の響きに心を安らがせるべきなのか、ちょっと目を細めたところもまた愛くるしいその姿に癒されるべきなのか。
正直、どうしたらいいか解んないっすよぉぉ。
という心の叫びを飲み込みつつ、リコリスは棚板の上の総務課長を見上げた。
「伊藤さんの隣は、課長補佐で広報係長兼務の溝口さんの席なのですが」
「はい」
リコリスは」、力を込めて頷く。
「溝口さん、しばらく出勤できないご事情がありましてね」
「……はい」
え、でも、課長。
なんかここ、机ふたつしかないみたいだし……。
棚の上で、総務課長がこくりと首を縦に振る。
ちいさな、黒目がちでつぶらなこげ茶の目が光った。
「当面、広報係は、伊藤さんおひとりとなるわけです」
リコリスの呼吸が停止する。
「大丈夫です、溝口さんご不在の間は、わたしが、広報担当補佐兼広報係長兼務ということで、発令を受けていますから」
ああ……。
そうだよそうだよ、そうでしょう。
そうなんだよ、変だと思うべきだったんだよ、わたしは!!
だいたい、ヒラの異動者の「お迎え」なんかに、総務課長、おんみずから、直々に来るわけないじゃんよ。
総務課長っていったら、全課長の中でも序列トップなんだよ。そんな人が、わたしの迎えに来てる時点で、まず、おかしいじゃん、非常におかしいじゃん??
普通、来るのは、課長補佐さんなんだから……。
開いた口が塞がらない状態のリコリスに、総務課長が、またしても渋声で続けた。
「しばらくは、すこし大変かもしれませんが、ふたりで頑張りましょう。伊藤さん」
頑張りましょうって……ふたりでって……。
そんな、課長。
だって、課長は、そもそも総務課長としてのお仕事があってですねえ。
「図書館一愛くるしい」とかって以前に、総務課長っていうのは、「図書館一忙しい課長ナンバーワン」でしょうよぉぉ。
そんな人が、実際問題、係長業務なんかやってる暇って、暇って、あるわけなくて。
いや、そうじゃなくって、そもそも。
総務課長兼広報担当課長補佐兼広報係長って、まず、兼務にもほどがあるっていうかですね。ああ、もう……。
半泣きの目をしばたたかせながらリコリスは、棚の上の白くて小さい総務課長と、しばしじっと見つめあう。
と、背後から、「総務課長、館議陪席のお時間です」と呼ばわる声がした。
「おっと、そうだったね」などと、また渋々の美声で呟いて、総務課長はポトリと床に落ちる。
「すまないね、伊藤さん。異動の挨拶回りは、館議が済んでからで。午後に一緒に行きましょう、じゃあ」
颯爽とこう言うと、総務係長さんを従えて、総務課長はリコリスの席から歩み去って行った。
小さすぎて、そう長くは後を見送ることもできない総務課長の背中だった。
リコリスは呆然と、総務課長がおそらく歩いているであろう遠くの床を、涙で滲む目で見つめ続けていた。