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はたらくリコリス  作者: 水城
6/33

はたらくリコリス 5

【Ref.No.18-0037】






「伊藤さん?」


またしても、渋々の美声。

そしてそれは、まごうことなく、リコリスの目の前の……花台の上の、花瓶の横の……ジャンガリアンハムスター的なところから発されているもので、その……。


「どうかしましたか?」


い、いいえ、全然。

どうもしません、しませんが。


あ、でも、すいません。

正直に言うと、驚きました。


そりゃ、獣体率が高い人たちに出会ったことがないわけじゃないです。

ここ帝国図書館の、総合案内カウンターとかにいれば、ほらもう。

この国中から、いろんなお客さんが来るのを毎日、見ることになるわけですから。

そういえば、裁判所勤務の友達も言ってた、特に、行政事件は奇人変人の本人訴訟者大集合だって……。図書館と裁判所って、電波、もとい、個性的な人を呼び込むのだろうか。


じゃなくて。

だって、ここまで、ほぼ完全な獣体の方って、実は初めてなんです。


っていいますかね、この、マックス・フォン・シドーが日本語しゃべってるみたいな渋声は、何、どうやって、このこんまい身体の、どの声帯から出るの?


「先に、事務室に案内しましょう。マシンの設定や庶務的なこともあるし、挨拶回りは、午後にでも」


こう言って、総務課長は、「ぴょい」と床に落ちる。

そして、きゅるりんとリコリスを振り返って、「今日も暑いですね、いいんですよ? ジャケットは。もう、楽にしてもらって」と続けた。


「え、はっ、その」


そうしたいのはやまやまなんですが、ちょっと、今日はジャケットの下、ノースリなんで。二の腕とかヤバくて、脱げません。

という言い訳を、胸の中でもやもやさせつつ、リコリスは口ごもる。


そんなリコリスに小さな背中を向け、総務課長が先に立って歩き出した。


総務課長の装いは、白いオックスフォード地のシャツ、ノータイだけどしっかり長袖。ちょっとニュアンスのあるネイビーブルーの仕立の良さそうなスラックスといった、まさに品のいい「くうるびず」仕様。


っていっても、あまりに小さくって、服の「仕立てがいいかどうか」なんて、正直よくは解らないわけなんだけど。


リコリスは、身体の割には、結構な速さで進んでいく、白くてちいさな総務課長の後を早足で追いかける。


いやあ、それにしても。


「カワイイ……」


リコリスも、総務部の同期筋とかから、噂くらいは聞いたことがあった。

今の総務課長は、「図書館一愛くるしい課長ナンバーワン」だと。


でも、だってさあ。

そんなこと言ったってね。

そもそも、「愛くるしい課長」って、カテゴライズに無理がないか?


「愛くるしい」っていう形容詞は、「課長」って単語には、まずもって、くっつかないでしょうが。

しかも、ナンバーワンって。

「愛くるしい課長」とやらが、複数人、この図書館の中に存在しているとでも言うのかい?


そして、それ以前に、「図書館一」で、「ナンバーワン」っていうのは、「頭が頭痛」と同じだから!「馬に乗馬」だから!


まあ、「バスに乗車」くらいだったら、もしかして大丈夫かもしれないけど、自信ない。


とかなんとか、思ってましたよ、わたし。ええ、すいません。


でも、結局、とどのつまり……。


「……こういうことだったのかぁ」

リコリスの口から、思わず、溜息交じりの声が洩れだした。


総務とか、関係ない遠い世界って思ってて、全然興味なかったからなあ。


だんだんに、廊下の人の行き来が多くなってきた。

リコリスは総務課長を見失わないように、床に目を凝らす。


ああ、あのおしり。すっごいキュートだ。

スラックスの下は、いわゆるところの「ハムケツ」っていうヤツなのよね?


み、見たい……。

ハムケツが見たい。ツンっと、小さいしっぽとかあるんだろうか。


「何考えてるの、わたしは??!!」

セクハラ? これセクハラでしょ。スラックスの下のしっぽだのハムケツだのって。


と、突然に、総務課長が立ち止った。

リコリスは、踏み出しそうになった右足で、思わず総務課長を踏みつぶしそうになり、めちゃめちゃに肝を冷やす。


動悸に冷や汗で、目を白黒させるリコリスの方を、総務課長が、またしても「きゅるりん」と振り返る。


「さて、総務課事務室はここですよ、伊藤さん」


あああああああ。

声ぇぇぇ。

もぉぉぉ、なんで、マックス・フォン・シドー???!!!


「皆さん」


総務課長が、事務室に呼びかけた。

その渋い美声に、わやわやと落ち着きのない忙しさを漂わせていた課員たちの動きが、ピタリと止まる。


「こちら、整理書誌部に出られた五十嵐さんの後に広報係に入られた、伊藤さんです」


無言の課員たちの視線が、リコリスに集まった。

緊張のあまり、リコリスの頬が、すうっと冷たくなる。


と我に返り、リコリスは、身体を曲げて、ガバッと頭を下げた。


「い、いとうりこりすですっ! よろしくお願いします」


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