はたらくリコリス 2
【Ref.No.18-0037】
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三々五々に、書庫や閲覧室から戻って来た課員たちが、ある程度顔を揃えた頃合いで、課長が、飄々と口火を切った。
「えー、皆さん。先ほど臨時の課長会議がありまして、次年度異動について内示がありましたので、報告します」
予想通りの展開に、リコリスは思わずひとり頷く。
と、課長と目が合った。
黒縁メガネに口髭の、やたら「とっぽい」風貌の課長は、なんともにやけた顔で、すかさずリコリスに頷き返す。
……また、こいつ、ニヤケ過ぎだっつーの。
リコリスは、課長に向かって、かすかに、だがはっきりそれと解るようにして、顔をしかめてみせた。
直属の上司とはいえ、リコリスは、この課長とは、ヤツが隣の課で、まだ係長をやっていた頃からの知り合いだったから、結構、気安い間柄なのだった。
というかさ。
この、とぼけた雰囲気のせいで、なんとなくウヤムヤにはされているもののさ。この男。
実際、なーんか、女あしらいが「タラシ」っぽいんだよね。
リコリスはふと、昔、この課長が係長だった時分に、皮肉満々で「不倫したい係長ナンバーワン」という渾名、いや、称号を授与してやったことを思い出す。
ホント。普通は、部下にこんなにニヤケ面してみせてたら、まずもってセクハラで訴えられるよ?
まあ、「憎めないキャラ」みたいな感じでうまくやってるみたいだけどね。
得なタイプって、きっと、こういうの言うんだろうね。
そんな髭課長が、総務部から順に異動者名を読み上げる声は、終わることなく延々と続き、思わず眠気をもよおすほどだった。
これは、また。
今回は、かなり大規模な異動だねぇ……。
アクビを噛み殺しながら、リコリスは、益体もないことを、つらつらと考える。
「では、次。当部当課の異動に移ります……人文資料係伊藤リコリスさん、来月一日付で、総務部総務課広報係」
「……は?」
周りの同僚が、リコリスに、ちらちらと視線をよこした。
とっぽいタラシな課長も、名前の読み上げ一瞬だけ止めると、ニヤケ顔をさらにニヤケさせて、リコリスをちら見する。
え? は?
なに、わたし、異動すんの? ちょっと、うそでしょ?
聞いてないよ、聞いてないって。
だって、普通さ、あるでしょ? 「内々示」ってやつが。
先に、本人に言うでしょうがぁぁ?!
頭の中をワヤワヤにしながらも、リコリスは、とっぽい課長を睨み付ける。
そんな風にして、穴が開きそうなほど凝視されながらも、元「不倫したい係長ナンバーワン」課長は、どこかにやけつつも、涼しげに人事異動の報告を続けていた。