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はたらくリコリス  作者: 水城
2/33

はたらくリコリス 1

【Ref.No.18-0037】



「あ、ちょっと、リコぉ?!」

廊下の奥から、経社資料係の花園ミホカの声がした。


「リコさ、今、カウンター当番じゃないよね? 課長がみんなを呼んでる、すぐ事務室に戻ってって。臨時の報告だってさ」


同期のよしみの気軽な口調でこう言うと、ミホカは、テトテトと事務室に戻っていく。


「臨時の課長報告」ねぇ。

ま、今の時期なら、たぶん、次期の人事異動の内示だわな。


伊藤リコリスは、内心、独りごちる。

……そんな予測がすぐにつく位には、わたしも古株になってきたってことか。


と、両手に抱えていた「吉弘大辞典」の索引三冊と八巻と十巻が、リコリスの腕から、ずるりと雪崩れた。


「おっとっとっと。落ちちゃう、落ちちゃう」

リコリスは、慌てて片膝で本を支え、片足立ちになる。

バランスを取り直し、積み重ねた本を両手と顎で挟み込んだ。


「まったく。いくら『閲覧室のスペース確保』っていったってさ、こんな基本的な参考図書(レファレンスブック)を、地下十三層にしまいこむとか。ちょっとね」


三十年前くらい前からか。

民間出版社がコンソーシアムを結成し、既刊の書籍の電子化が、一気に加速した。

その動きに対して、周囲の先輩たちの多くがもろ手を挙げて賛同する様子を、当時新人館員だったリコリスは、ヒシヒシと肌で感じたものだった。


そりゃ、それはそれで、便利にはなった。

たしかに、そうは思う。けどさ……。


初期のOCRは、結構、変換の精度が低い。

実際、調査の途中で、何かひとつ引っかかりを覚えてしまうと、現物(紙の本)を確認しなければどうにもならないことも多いのだ。


加えて、調査の内容によっては、数版前の記載内容を参照する必要があるというのに、そんなのは、どこをどう探しても、電子の世界ではヒットさせることはできないときている。


つまりは、調査(レファレンス)の経験を積んでいけばいくほど、電子の資料だけでは、心もとなさが募る一方っていう感じで。


「……皆、なんだか忘れちゃってるみたいだけど」

溜息とともに、リコリスは、きゅっと眉根を寄せる。


「紙の上にしかない情報の方が、実はまだ、多いのに」

でも、悲しいかな。

いまどきは、図書館員ですら、そんなこと感じなくなっちゃってるのかもね。


館内の「電子至上主義者」たちの顔が、リコリスの脳裏にちらつく。

そして、その誰もが、今や図書館内で、なかなかにいい地位に上がっているという事実も……。


「あっと、そうそう。ミホカ、課長報告あるって言ってたっけ」


またしても、オバさんくさく洩らしてしまったひとりごとに、リコリスは、思わず顔をしかめた。


いかんいかん、まだ、そんな歳じゃないし。

「妙齢」の乙女なんだし!


そりゃ、まあ。

同期は、ちらほら結婚し始めてるけどさ。


リコリスの脳裏に、ふと、最近、事務室の壁モニターに頻繁に表示されている「『花園ミホカ経社資料係長』結婚祝い金カンパのお願い」の告知が浮かび上がった。


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