ルドとリザ
3人目の被害者がメルたんの婚約者だったこと、
婚約者を助けたはずなのに、お花畑は消えなかったこと。
俺は、失敗してしまったかもしれないこと。
肩をふるわせて喋る俺の背中を、魔王様はずっと擦ってくれていた。
「そうか、大変じゃったな」
「俺は、死神を倒しきれて無かったんでしょうか」
「‥・妾は、メル殿の事件を、1件目だと思っておった。しかし、お主の話では、すでに解決した2件があるのじゃろう」
「あ・・・!」
「この時間軸には存在しない、2件の命を救ったんじゃ、自信を持て」
そう言って優しく微笑む魔王様に、今なら我侭を聞いてもらえるかも、と期待がよぎる。
「あの、俺、落ち込んでて」
「そうじゃな」
「元気が出るように、ま、魔王様に、してほしいことが・・・」
は?と間抜けな声を出し、動揺する魔王様の前に跪く。
俺は、決めたんだ。死神のことも、何もかも、二度と諦めたり絶望したりしないと。
「よ、よい。では、何でも申せ!」
「本当ですか!では、俺を
ハイヒールで踏みつけて罵ってください!!」
その後、急遽ハイヒールを持ってこさせられた、側近のお兄さんの何とも言えない顔は見なかったことにする。
「で?次は2件目‥・お主にとっては4件目か」
「はいいい!被害者がマゾの事件ですううう!」
「魔族な、ま・ぞ・く!!!」
ぐりぐりと踏みつけられて、恍惚としてる俺に、どん引きしている側近のお兄さんが突っ込む。
「そこにいる妾の側近じゃがな」
「はいいい!ご主人様ああ!!」
「名はルドと言う。殺された、妾の側近の双子の弟だ」
魔王様に促され、ルドが3ヶ月前の事件のことを、話し出す。
「あの晩、私とリザは、いつもの様に二手に別れて、城の警備をしていました」
特に何事もなく、とても静かな夜でした、と続ける。
「ちょうど、23時の鐘が鳴った頃かと思います。突然、リザの悲鳴が聞こえて来ました」
慌てて駆けつけると、渡り廊下で、すでに事切れている彼女が横たわっていたらしい。
「城には多重結界が張られていますし、何より、リザは私と同じ上級悪魔です」
今でも、彼女が倒されたなんて、信じられません・・・と、目を伏せる。
「ルドさん‥・必ずお姉さんを助けてみせますから・・・!俺を信じてください・・・!」
「ユイチ殿・・・」
「ルドさん・・・」
「魔王様に踏みつけられながら、イイ顔で言われても全然説得力ありません」
一通り踏みつけて罵ってもらった後、リザさんが消えてしまった現場へと向かう。
「リザは侵入者がいたら、一撃で仕留めにくるからな、気をつけるのじゃよ」
「二つ名は銀色の弾丸ですからね」
何気に怖いことを後ろの2人が呟いているが、俺は聞こえなかったことにする。
渡り廊下の赤い絨毯を、そっと撫でる。ここでリザさんは・・・
「それでは、行って参ります、魔王様」。
地面がぐらっと揺れ、過去へと体が飛び立つ。
その瞬間「信じておるぞ!」と言う魔王様のお言葉が、背中を押してくれた。
渡り廊下に降り立つと、すでに黒い塊がリザさんの目の前に出現しているところだった。
剣をとり出し、影に切りつける。
ザシュッ!!
あっけなく消えた死神に、これで4件目を無事解決できたと胸を撫で下ろす。
「お、お前は何者だ!」
我に返ったリザさんがこちらへ殺気を向けたのに気付き、慌ててスキルを発動させる。
地面が揺れ、驚愕するリザさんの顔が、視界から消える。
静寂に包まれた渡り廊下に降り立ち、元の時間軸に戻って来たんだと、息を吐く。
これで、死神の事件は、メルさん以外無かったことになったのだろうか・・・
・・・無かったことに?
気付くと同時に、何かにガッと殴られ、俺は意識を手放した。
・・・
ぴちょん・・・
水滴の落ちる音に、目が覚める。
「いてて・・・」
頭がズキズキと痛い。辺りを見回すと、俺は牢獄に閉じ込められている様だ。
こんな・・・こんなのってひどすぎる・・・!
ショックを受けていると、コツコツと、2人分の足音が降りてきた。
「フン、目が覚めたか?」
魔王城に侵入するとは、いい度胸だ、と魔王様が笑う。
俺が不満げな顔をしているのに気付いたのか、リザさんが剣を構える。
「魔王様に向かって、不届き者め!!」
それでも俺は納得できない。侵入者が牢獄に閉じ込められるなんて。
「どうして・・・」
「ん?」
「どうして拷問してくれないんですか?!」
俺の悲痛な叫びが、魔王城に響き渡った。