理想のご主人たま
「し、死神・・・?」
アーティーの突然の言葉に、声が上擦る。
「はい、目撃した人の話では、人型をした、巨大な影の様に見えたそうです」
「それで、どうして死神なの?」
「なんでも、その黒い塊が、兄に触れた途端、兄は魂が消滅するように・・・」
しんでしまいました、と震えながら続ける。
「わたしには、家族は兄しかいないんです‥・どうか兄の魂を、探し出してください!」
ぽろぽろと流れる涙を拭いもせず、必死に叫ぶ少女の願いを、一体誰が拒否できると言うのだ。
「よし!おじさんに任せなさい!アーティーのお兄さんを、必ず見つけてみせるよ!」
・・・とは言ったものの。
一体何をどうしたら、と唸っていると、俺の肩を、幼女の小さな手が叩いた。
振り向くと、昨日、あらゆるパーティーに断られていた悪魔っ子幼女がいた。
鮮やかな緑色のロングストレートをさらっと流し、赤い宝石のような瞳を、いたずらっぽく歪ます。
「おいお前、妾とパーティーを組め!」
「俺はお前なんて名前じゃない」
「なっ・・・」
大人のニヒルな笑みを浮かべながら、すくっと立ち上がると、そのまま幼女の目の前でしゃがみ込む。
そして地べたに振りかぶって土下座アアアアア!!!!!!!!!
「豚とお呼びくださいませご主人様ああああん!!」
すりすりと足に縋りつくと、悪魔っ子は顔を真っ赤にしながら、心なしか嬉しそうだ。
「しょ、しょうがないな、この薄汚い豚め!!妾の命令に従うのじゃ!!」
「喜んでぶひー!!」
一連の流れをやってしまってから、はっと気づく。
俺の心のアイドル魔法少女メルたんの、冷えきった軽蔑の目線に。
周囲がシーンと固まっていると、その人混みをかき分けて、悪魔のお兄さんが近寄ってきた。
「何をやっているんですか!」
やっべーまじやっべー俺の新しい人生終わった。たった2日で終わった。
しかし、次の瞬間、俺の予想は、はるか彼方へ裏切られることとなる。
「魔王様!!!」
「えええええええ!!!!!!!!!!!」
俺は盛大な勘違いをしていた。この子はちびっ子過ぎてPTを断られていると。
だが違った、違ったのだ。
周りの大人たちは、世界平和への貢献者に、恐れ多くて辞退していたのだ。
「妾はこう見えても452歳でな、立派なレディであるぞ!」
自慢げに言い放つ魔王様の、得意気に振られるしっぽが可愛いなあと思いながら、俺はスキル「現実逃避」を起動させた。
「・・・で、聞いておるか?」
「あーはい、聞いてますよ、ゾウは何で鼻が長いんでしょうね~」
聞いておらんではないか!と怒った魔王様が、強引に右ストレートをかまし、俺の「現実逃避」を解除させる。
「うわあああ!!ゾウたんどこおおおお!!」
「しっかりしろ!そして妾の話を聞け!」
気がつくと俺は、どこぞのファンタジーに出てきそうな、魔王城の、赤い絨毯の上に立ち尽くしていた。
目の前には、フーッフーッと、鼻息荒くした悪魔っ子幼女が仁王立ちしている。
俺は、この瞬間すべてを把握した。そして、この状況で、俺が要求することはただ1つ。
「魔王様、この豚めに、どうか立場を思い知らせてください」
丁寧に跪き、頭を垂れる俺に、魔王様がニヤリと笑う。
「この薄汚い豚めええ!妾にブヒブヒとすべての情報を吐き出すのじゃああ」
「あああんご主人たまあ!!何でも言いますうううう!」
俺の頭をぐりぐり踏みつけて、顔を真っ赤にして喜ぶ魔王様に、側近のお兄さんが、ヤレヤレとため息をつく。
「おもちゃ遊びも大概にしてくださいよ、魔王様」
「ふん、わかっておる」
魔王様は、踵を返すと、赤い絨毯を踏みしめ、上座へと戻る。
髑髏で飾り付けられた豪華な椅子に、足を組んで座り、顔をあげよ、と俺に命ずる。
「お主、名は何と申す」
「薄汚い豚でございます」
「そうか、では死神についてだがな・・・」
構わず続ける魔王様に、側近のお兄さんが慌てる。
「ま、魔王様・・・できれば本名を聞いてください」
「ふん、豚よ、ギルドカードを差し出せ」
嬉々として差し出す俺に、側近が、「それ大事なものだから、簡単に渡すなよ」とつぶやいている。
「なるほど、ユイチと言うのだな」
「はい」
「それで、薄汚い豚よ、死神について何を知っている」
もうツッコミをする気力すら無い側近を置いてきぼりにし、俺たちは情報を開示した。
俺が、アーティーの兄が襲われた話、そして過去に飛べる自分なら防げるかもしれない話をすると、
魔王様は思案するように目を閉じる。
「・・・実は、その死神、その1件だけではないのじゃ」
約1年前から、突然死神と呼ばれる黒い人型の塊が、命を奪う様になった。
被害者は、種族も性別も年齢もランダムで、
突然現れ、突然消えるため、魂を奪う能力も手段も、何も把握されていない。
「分かっているのは、その黒い影は、その場に何人居ようと、1人分の魂しか奪って行かないということだけじゃ」
餞別だ、と魔王様から与えられた資料を、冒険者ギルドに持ち帰り、並べる。
全部で4件、1年前から3ヶ月おきに発生している。
種族も性別もバラバラで・・・
ん?
「バラバラ?」
よくよく見てみると、誰1人として種族が被っていない。
これはある意味、法則なんじゃ、と思案していると、メルたんが引きつった笑顔で近づいてきた。
「ユイチさん、ギルド宿舎を一部屋お貸ししますので、どうぞ使ってください」
「えっ?!俺、金無いですし、そんなわけには・・・」
「魔王様から、先払いでいただいております。朝昼晩、食事付きです」
こうして俺は、1日で衣食住のみならず、理想のご主人様まで手に入れてしまったのだった。