平和の代名詞
次に目が覚めたとき、外はすっかり暗くなっていた。
窓の外を見ると、陽気な酔っ払いたちが肩を組んで、楽しそうに騒いでる。
空を飛んでいるドラゴンは、どうやらタクシーの様な役割らしく、順番にドワーフたちを運んでいる。
「何ともまあ、平和だなあ」
日本の新橋で、酔っ払いのサラリーマンを見ている気分だ。
俺の存在意義を真っ向から否定するような超絶平和な光景だよなあ・・・。
コンコン
ドアをノックする音がして振り向くと、軽食を持ったメルたんが、心配そうな瞳を向けていた。
「簡単なスープとパンですけど、病み上がりにはちょうどいいと思って・・・」
ありがとうございます、と受け取る。メルたんは本当に俺の心の天使だなあ。
「・・・平和ですよね、魔王とかいなそうだ」
パンをかじりながらつぶやく俺に、メルたんが小首を傾げる。
「何の冗談ですか?魔王様は、平和主義の代名詞の様なお方じゃないですか」
そうそう、平和といったら魔王、博愛といったら魔王って・・・
「えええええええええ?!」
いやいやいや!百歩譲って、平和なのはいい。ギルドがハローワーク状態なのも許す。
だがしかし!!魔王のイメージすら違うって、そりゃあねえだろう!!!!
「・・・魔王って、その、世界制服とかしないんですか?」
「確かに、数百年前の魔王はそうだったみたいです」
おそるおそる聞いた俺に、メルたんは詳しく歴史を語ってくれた。
今から数百年前、魔王は他種族を虐殺し、世界を制服しようと企んでいた。
もう屈するしかないのか・・・人々が諦めかけたその時、異世界から勇者が召喚された。
勇者は圧倒的な力で魔王を倒し、世界に平和が訪れた。
生き残った魔王の娘(現在の魔王)は、荒れ狂う魔物達を鎮め、世界の復興に貢献し、
今では、平和主義の代名詞と言われるぐらい、他種族から崇められる存在だ。
「剣士とか、魔法使いの人たちは、仕事を失ったんじゃないですか?」
「いえいえ、剣士は闘技場の模擬戦にひっぱりだこですから、結構人気職ですよ」
戦争がなくなった今、娯楽のためのコロシアムみたいなものか・・・
「魔法使いも、いろいろ重宝されますし。私なんか、この前バーベキュー会場で大活躍したんですよ」
炎の大魔法で、猪の丸焼きを作ったんです、と得意気に話すメルたんかわゆす。
ていうか大魔法がそんな使い道しかないなんて、マジで平和な世の中なんだなあ‥・
軽くカルチャーショックを受けた後、ふと、疑問に思う。
こんな平和な世界なのに、神様は一体、俺に何をさせたいんだろう。
うーんと、唸る俺に、やさしくメルたんが話しかける。
「私はそろそろ行きますね、おやすみなさい、ユイチさん」
ぬはああああ!!!メルたんがそう呼んでくれるなら、俺の名前はユイチでも豚でもなんでもいいですううう!!!!!
ぱたんと閉じられた扉に名残り惜しく手をふった後、
俺はベットの上にしっかりと座り直した。
えーごほん。
「神様!折り入ってお話があるんですけど!」
そう天井に向かって叫んでみるが、返事は無い。ただの合法ロリ幼女のようd
『黙れ変態』
空からありがたいお言葉があああ!!!!もっと過激に罵ってくださあああいいい!!!!
ハアハアと興奮していると、神様のため息が聞こえてきた。
『だいたい、この世界のことは把握したようだな』
「ていうか、こんなに平和な世界なのに、俺何すればいいんですか?」
口を尖らせて訴えると、神様はやれやれと言った感じで続けた。
『ギルドカードは持っているか?』
持ってます、と天井に向けると、目の前にステータス画面の様なものが開いた。
名前:イチガ・ヤリ・ユイチ
年齢:27
職業:魔導士
レベル:999
スキル:「時空操作 レベル99」「忍耐 レベル1」「現実逃避 レベル1」
「えええええええ?!」
カードとだいぶ違う内容に、目を見開く。
『阿呆が。この世界のレベルは、魔王でもせいぜい500ぐらいだ』
大騒ぎになるから隠してあると、神様が呆れ声で続ける。
『明日の朝、冒険者ギルドに行け。
そこで、掲示板の前でジャンプしているちびっ子戦士に出会うから、その子の願いを時空操作で叶えろ』
そう言い終わると、神様からの通信は、ぷつりと途絶えた。
次の日の朝、しゃくぜんとしない気持ちを抱えながら、掲示板前へと向かう。
賑わう人混みの中で、頭2つ分ぐらい小さな幼女が、懸命にジャンプしている。
綺麗な黒髪のポニーテールが、尻尾の様に跳ねてかわいい。背中に背負った大きな刀が、その子を戦士だと物語っている。
「そこの君、何か仕事探してるの?」
怖がらせないように、しゃがんで目線を合わすと、その子は少し動揺した後、すがるように腕を掴んできた。
「お兄ちゃん、助けてください!」
そ、その台詞でご飯10杯は食べれるぜ・・・!
人混みを抜け、カウンターに腰かけると、その子はぼそぼそと話始めた。
「わたしの名前は、アーティーです」
クエストで、子どもでもできそうな仕事を探していました、と続ける。
「どうして仕事がしたいの?」
「それは・・・お兄ちゃんを、助けたいからです・・・どうか力になってください!おじさん!」
おじっ・・・わあ~お兄ちゃんってそっちかーい、でっすよね~
「依頼を出すには報酬が必要で、わたしはお金持っていないから・・・」
がんばって稼ごうと思ってました、とつぶやく。
「お父さんとお母さんはいないの?」
「・・・わたしとお兄ちゃんは捨て子で、孤児院で育ったので」
「ご、ごめん・・・デリカシー無かったな」
「あ!気にしないでください!捨て子なんてよくあることですし!」
貴族とか商人の家庭じゃないかぎり、農村では普通の話です・・・と続けるアーティーに、違和感を覚える。
平和なはずのこの世界で・・・どうして捨て子が発生するんだ?
そして、このアーティーの依頼が、俺を世界中を巻き込んだ大事件に関わらせるきっかけとなってしまったんだ。
「わたしのお兄ちゃんは、1年前に・・・」
「死神に殺されたんです」