最終話
神様との最後のお茶会を終えた後、俺は魔王城に戻っていた。
魔物で作った死神たちを、全て倒していく。
「今までありがとう、ごめんな」
これから勇者がやって来るのならば、これらは必要ない。
そもそも死神製造機を使ったのは、死神が触るだけで人を殺せるからだ。
一瞬で魂を抜くー・・・
それはきっと、一番苦しまずに殺せる方法だと、思ったから。
そして、一層、タールは俺自身なのだと思い知らされた。
彼はあの悲惨な未来で平等であろうとして、尚且つ悲痛な死の苦しみを取り除こうとしていたのだ。
「我ながら、お人好し過ぎだな・・・」
自嘲する様に呟かれた言葉は、広すぎる魔王城の空気に溶けて消えた。
死神を処分し終えた後、魔王城の椅子にゆったりと腰かける。
遠くの方から、勇者一行がドアを打ち砕く音が聞こえる。
近付いてくる死のカウントダウンに、俺の心は穏やかだった。
「見つけたぞ魔王!!いざ尋常に勝負!!」
乱暴に開け放たれたドアから、声高々に、勇者が入ってきた。
後ろに、魔導士と聖職者、同じ剣士の女の子を従えている。
これからきっと、俺を倒して英雄と崇められて行くのだろう、そして存分にハーレムを味わうのだ。
キラキラとしたイケメンの、見るからにリア充な勇者を目の前に、俺は微笑む。
「不気味に笑ってやがる・・・!魔王め・・・!!」
動揺しながら剣を構えた彼に、俺は両手を広げて身を投げ出す。
きっと、お前には分からないだろう。
でも、全て恵まれた勇者であるお前より、俺の心はずっと幸せなんだ。
遠い、この星のどこかで、愛しい彼女が、人々を殺すことに胸を痛めずにすんだと思うと・・・
あの美しい宝石の様な瞳が、悲しみと絶望に染まらずにすんだと思うと・・・
俺は、彼女をこの悲惨な運命から守れたことが、とても嬉しいんだ。
優しくて、愛情深くて、この星を大切に想う貴女が好きだよ。
甘えるのが下手で、何もかも抱え込んでしまう、いじらしいとこが好きだよ。
他人の幸せのために、自分の身すら削る、けなげなところが好きだよ。
こんなに心から愛した人のために、
彼女の大切な命を守るために、
俺のちっぽけな人生が役に立つのが、とても嬉しいんだ。
ああ、彼女の美しい緑色の髪が、愛しいなあ・・・
ざくりと、剣が腹部に刺さる。
抜かれて、吹き出す血の海に溺れながら、俺の脳裏に、彼女の笑顔が浮かぶ。
温かく流れる血は、まるで彼女の赤い瞳に抱かれている様で、
「貴女が、好きだ」
俺は堪らなく幸せな気分の中、意識を手放したー・・・
数日後、この世界は勇者を崇めるパレードで沸き立っていた。
死の恐怖から開放された人々が、肩を抱き合い、喜ぶ。
並べられたご馳走を見つめながら、3人は遠巻きに佇んでいた。
ルドは思う。
異世界から来た、日本人である彼は、決して魔王などでは無かったのだ。
この星のために、誰にも知られず、孤独に死んで行った、本当の英雄なのだと。
切れ長の瞳から、涙が流れる。
彼とは一度しか会っていないはずなのに、まるで長年の友人を失った様な気持ちだった。
リザは思う。
私は、魔王様をとても大切に想っていて、彼女を守るためならどんな手段でも選択した。
見ず知らずの彼が、代役を買って出たのは、渡りに船だった。
大事な自分の主君を守れて、その成功の日を向かえたはずなのに・・・
よく知らないはずの、孤独な彼の、悲劇的な死に心が痛かった。
お互い涙を流していることに気付いた双子が、顔を見合わす。
「ひどい顔ですよ、姉さん」
「ルドこそ、泣き虫坊やが戻ってきた?」
憎まれ口を叩き合う2人の間で、魔王様は・・・元・魔王様は膝を抱えて座り込んだ。
「「どうしました?!」」
慌てる側近2人に、彼女は首を降る。
「わからない、わからないんじゃ」
だが、妾は誰か大事な人を亡くしてしまった気分じゃ・・・
心から愛しくて、自分の片割れの様に大切な誰かを、失くしてしまった様な・・・
記憶に無いはずの、黒髪の彼が、足元で笑っている。
貴女が、好きだ
どこからともなく、そんな声が聞こえた気がして、堪らなく涙が崩壊した。
嗚咽を漏らしながら、心から思う。
「わ、らわも、おぬしが・・・」
ユイチが、好きじゃ・・・
心に浮かんだその言葉が、脳裏から消える頃には、流した理由が分からない涙は乾ききっていた。
そして、とある未来ー・・・
日本で、市ヶ谷龍一、27歳は待っていた。
玄関に座り込み、予約したDVDが届くのを。
宅配のトラックが近くで止まり、従業員から手渡される。
判子を押して「ご苦労様」と呟くと、龍一は家の中に戻った。
居間のソファでテレビを見ていた妹が、こちらを向く。
「お兄ちゃん、何か頼んだの?」
無邪気に聞かれて、にっこりと微笑む。
「ああ、俺はやり残したことがあるんだ」
届いた荷物を抱えたまま階段を登り、2階の自室へ戻ると、封を開けた。
ビリビリとガムテープを破き、箱の中からそれを取り出す。
彼は、この数週間、このDVDの為だけに時間を割いていた。
表紙には、綺麗な茶髪の彼女が、可愛らしい微笑みを浮かべている。
デッキにセットし、完成度をチェックする。予想以上の仕上がりに、満足げに笑みを零した。
そして1ヶ月後ー・・・
龍一は、白いタキシードに身を包んでいた。
そわそわとしながら、花嫁の控え室の前を、うろうろと歩く。
ふいに、がちゃっとドアが開き、新婦の母親がこちらを覗き込みながらふふっと笑った。
「龍一さん、どうぞ入ってくださいな」
お邪魔虫は退散しますとばかりに2人っきりにされ、緊張した面持ちで後ろ姿の彼女に近付く。
茶髪の綺麗な髪が、白いベールで包まれ、愛しい笑顔がこちらを向く。
世界一美しいその姿を見ながら、ふと思う。
髪は緑色、瞳は赤色。
彼女と瓜二つの顔をした、知らない誰かの容姿が脳裏に思い浮かび、驚いて首を降る。
「ふふっ、龍一、どうしたのだ?」
いたずらっぽく微笑まれて、このSっぽいところに惚れたんだよなあと改めて思う。
「・・・いや、こんなに綺麗な人が花嫁なんて、俺は幸せだなあと思ってさ」
「龍一・・・」
熱っぽい視線で見つめ合っていると、ドアが開いた。
「あー!龍一!キスはまだ早いからね!!」
「僕等のかわいい妹を差し上げるんです、自重してください」
花嫁の、姉と兄ー・・・双子の彼らが、妹を庇うようにして入ってくる。
少々シスコン気味の彼らに、いつも俺はお手上げだ。
2人に会釈すると、早々と部屋から退散した。
新郎の控え室に戻ると、神父様が待っている。
「あ!打ち合わせですよね、お待たせしました・・・」
覗き込んで、相手が小柄な金髪の美少女だったことに驚く。
「・・・強引に何人も転生させたから、罰として人間にされたんだ」
「え?!」
意味不明なことを告げられて驚くと、何でもないと濁された。
「結婚おめでとう」
にこやかに言われて、ありがとうございますと照れる。
結婚式は順調に進み、教会で誓い合った後、披露宴が始まった。
スピーチや余興が終わり、司会者がマイクを取る。
「さあここで、新郎から新婦へのプレゼントがあります」
驚く隣の可愛らしい花嫁に、愛を込めて微笑む。
会場が暗くなり、俺が夜通し作り上げた、DVDが再生された。
それは2人が出会った頃から、結婚するまでの、奇跡だった。
最後に、彼女のことをどれだけ俺が愛しているか、メッセージを添える。
これをやり残してしまっては、本当の意味で花嫁として迎えることはできない。
「俺と出会ってくれてありがとう。
君の艶やかで綺麗な髪が好きです。
宝石の様に輝く瞳が好きです。
照れ屋ですぐ真っ赤になるところ、素直に甘えられないところ、
何もかも1人で背負おうとする不器用なところが好きです。
貴女の全てを愛しています。
命を捧げられるくらい・・・貴女を心から愛しています」
いい終えて、涙が溢れる。俺はこの台詞を、まるでどこかの森の中で囁いた気分だ。
これが4度目の森であるのなら、俺は今度は、彼女と結婚し、彼女を幸せにする為だけに走り出す。
そんな考えが頭に浮かび、不思議な気持ちでいっぱいになる。
「ありがとう、私も大好きだ。でも・・・
勝手に死ぬのは許さん・・・!」
嗚咽を漏らしながら言い出した新婦に、会場が唖然とする。
俺たちは抱きしめ合いながら、まるでこの時を待っていた様な気持ちだった。
心に誓う。
今度こそ、俺たちは離ればなれにならない。
ずっと一緒にいて、幸せな人生を、共に生きていこう。
明るく輝かしい未来は、始まったばかりなのだから。
Fin




