魔王様の独白
妾は、戦争が嫌いだ。
だから、父が・・・魔王が生きている頃、定期的に行われていた戦争を、何とか止めたかった。
父には相手にされず、ルドには窘められる日々だったが、それでも戦争を止めたかった。
妾は、異世界の民が遺した書物が好きだ。
禁忌書として図書室に保管されていたが、忍び込んでは読み漁った。
その勇者が育った異世界の、日本という国は、何と戦争を放棄しているのだ!
それでいて、平和な世の中が続いている。
死に対する思慮深さ、敵に塩を送るお人好しさ、妾は日本という民が大好きだった。
だから、父が勇者に殺されたとき、心に誓った。
妾は、優しい魔王になると。
思慮深くて、お人好しな、甘い甘い魔王になると。
資産を切り崩し、他種族の復興を支援し、平和の大切さを説く妾の行動は、人々に受け入れられた。
「魔王様だ~!!」
子どもたちが笑顔で駆け寄り、大人たちも感謝の瞳を向けてくる。
妾は正しかったのだ。
父上に・・・魔王に、この光景を見せたいと心から思った。
しかし、そんなある日・・・
異世界から来たと言う、独特の風貌をした男に出会った。
滑らかな象牙色の肌、漆黒の髪と目、謙虚な物腰。
それは、あの書物に出てくる日本人、そのものだった。
一目惚れしたと言うのは、嘘ではない。
妾は、書物の中の、思慮深くてお人好しな彼らに、いつしか恋心の様な憧れを抱いていたのだ。
妾の心は踊った。
そして、彼の言うことは・・・日本人の言うことは、信じられると心から思った。
それから、彼が見てきた未来の、あまりに残酷な結末に、頬を叩かれた。
平和であれば、日本の様に幸せになれるー・・・
そんな甘い夢は、この世界では到底無理な話だったのだ。
魔法という便利な手段が、食料に飢えることなく、住居に欠くことなく、病で死すことなく、人々を無限に増大させて行く。
妾は恥ずかしかった。
彼からして見れば、この世界はきっと愚かで不完全で、失望させただろうと思ったのだ。
しかし、違った。
彼は残酷な未来を、他人事であるこの世界を、まるで自分の事のように嘆き悲しんだ。
そして、心がズタボロになりながら、それでも諦めず、髪の毛が白髪まじりになるまで年を重ねて、それでも尚、「もういい」と言う妾の言葉を、諦めたらダメだと遮るぐらいー・・・
ああ、何てお人好しで、愛おしい民族なのだろう
彼を心から愛さずにいられる者が、この世に存在するのだろうか。
そして「諦める」を選択した後、妾は思い知った。
無邪気な孤児の子どもたちが、未来では何も知らずに食料にされていく、残酷な現実を知って、気付いた。
魔法が溢れたこの世界では、誰かが人口を間引いて行くしかないのだ。
それが、星が生き長らえる唯一の手段なのだと。
燃え盛る炎の中、ずっと心にひっかかっていたことが、すとんと落ちてくる。
愛する父の、最後の言葉が、ずぶりと心に突き刺さる。
「魔王には、魔王の役割がある」
ああ、愚かな娘は、やっと貴方の言葉の意味を理解しました。
「魔王」という存在が、この星の未来には必要だったのですね。
そしてそれを理解しながら、私があまりにも優しすぎるから、憂いてくださってたんですね。
覚悟を決めて、ふらりと立ち上がりながら、ユイチの方へ向く。
「タールのシナリオ通りの未来にはしない」
妾は災悪の魔王になることを、この日、決意した。




