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たった1つの方法


世界議会に「諦める」ことを伝えた後、押し黙っていたエルフ族が、手を挙げた。

ルドに促され、重苦しそうな口を開く。


「・・・では、人口増加の未来は、具体的にどうなるんですか?」


おそらく誰かが犠牲になるのだ。

弱い立場の人間族、亜人族の代表が、不安そうな瞳で揺れる。

俺は彼らに突き付ける勇気が無かった。

残酷な未来で、誰が、どんな仕打ちを受けるのか‥・

やはり、諦めるという決断は・・・・・・!

目をぎゅっと瞑り、唇を噛み締めたその時ー・・・


「今日はこれで解散じゃ。後日改めて報告する」


俺の揺れる心を察するかの様に、魔王様の透き通る声が振り下ろされた。



各種族の代表が会議室から出て行った後、残った俺たちは顔を見合わせた。

「・・・疲れ切った顔をしておるな」

「魔王様とルドこそ、せっかくの美貌が台無しですよ」

お互い、暗くげっそりとした表情をしている。

千年後の未来がどなるのか、具体的に知っているのは、リザも含めてこの4人だけだ。

「・・・ふっ」

自嘲する様に笑みを漏らした俺に、魔王様とルドが首を傾げる。


「いえ・・・ね、ずっと不思議だったんですよ」

なぜ、タールはあんなにも、あっさりと俺に殺されたのか。

「きっと彼は確信していたんです」

自分が死んでも、必ず他の誰かが同じ結論に辿り着き、後を継いでくれるとー・・・


黒い仮面が、蔑むように、心の中で笑っている。


「・・・全部、シナリオ通りってことですかね」

皮肉まじりに言い放った俺に、2人は何も言わなかった。



会議室にリザも呼び出し、今後のことを話し合う。

未来の人口過多は止められないこと。

止められないのならば、どう場所を確保し、どう食料を確保するのか。

会議を進めていく内に、俺たちは思い知らされた。


「タールという男は・・・想像とは違い、かなり慈悲深いですね」


ぽつりと呟いたルドの言葉に、リザも頷く。

「普通はさ、誰かが「食料」になるなんて未来、争いが起きるよ」

弱い種族を犠牲にし、強い種族が主導権を握るはずだ。

「でも、あの未来は、あんなに残酷だったのに、それでも限りなく平等だったんだね」


食料になる者は、国家が全て買い取る。

つまり、強制的に一部の種族を食い物にするわけでは無いのだ。

亜人が食べられていたのは、彼らが一度に平均10人、子を成すからであって、売る判断は親がする。

種族に関係なく、金の欲しい者が、犠牲の道を選ぶのだ。


「目を瞑りたくなるような、酷い未来の中で、彼はたった1人、平等であろうとしたんですね」

ルドの言葉に、俺はふと思う。

間違っていたのは、俺の方だったのだろうか。

過去の人々を定期的に少人数だけ間引く、と言う方法が、今考えれば最善に思えてくる。

俺は彼の言葉を理解しようとせず、ただ目の前の現実を守ろうとして、最悪の未来に立っているのではないか・・・


ぞくりと背中が沸き立つ。


目を見開いたまま固まった俺に、魔王様がそっと手を置いた。

「ユイチは間違っておらぬよ」

赤い瞳が、まっすぐ俺を見ている。

「何も知らないまま命を奪われるより、知った上で命を散らす方が、妾は余程いい」

背中を優しく撫でられ、ああ、俺はそんなに泣きそう顔をしていたのかと思う。

小さな手が、力強くて頼もしい。

少し力の抜けた俺の表情に、魔王様は明るく微笑んだ。



会議室に篭もったままでは息が詰まってしまう。

ということで、気分転換に俺たちは外を散歩することにした。


近隣の村に転移し、青々しく広がる野菜畑の細道を歩く。

疲れた心を、一面の緑が柔らかくしていく。爽やかな風が、濁った心を溶かしていく。

ルドが選んでくれたその景色に、じんわりと温かいものが込み上げた。


てくてくと歩いていくと、その先の畑で、子どもたちが汗をかいている。

慣れた手捌きで、次々と野菜を収穫していく。

「あんな小さな子が・・・」

ぽつりと呟き、見つめていると、後ろにいたルドが、そっと耳元で教えてくれた。

「彼らは孤児なんです。教会がああやって仕事を与えているんですよ」

言われてみれば、獣耳やエルフ、人間、いろんな種族が混じり合っている。

もうすでに人口増加は始まっているのだ。

食料が足りなく、養い切れない親たちが、教会へ捨てていく。


迷っている暇は無い。俺たちが歩み続けなければ・・・



「・・・ユイチ殿?!」

ふと、俺は、気付いてしまった。

純粋な瞳で、一生懸命に仕事をこなす、その無邪気な笑顔の先を。

震える両手で頭を抱え、溢れる涙が、雨の様に地面を濡らす。

ああ、何てことだ。


「未来では・・・親に捨てられるあの子たちが、食料になるんだ・・・!」


切なく苦しげに吐かれたその言葉に、3人がはっとする。

なぜ気付かなかったのだろう。

生活に困窮した者たちは、我が子に対する最後の道徳すら、見失ってしまうのだ。

「食うに困る」が日常となった彼らの選択を、恵まれた俺たちが責める権利など無い。


遠い先の未来で、黒い仮面が、俺たちの浅はかさを嘲笑っている様な気がした。



魔王城に戻った後、しばらく俺たちは無言だった。

会議室の円卓を囲んだまま、暗い雰囲気だけが漂っている。

未来の薄暗い空が、脳裏に蘇る。

「・・・これから千年後、俺たちは目を逸らすことはできません」

俺の言葉に、俯いていた3人が顔を上げる。

「無邪気に笑う子どもたちが、自分の未来を知らないまま一室に集められ・・・」

未来で人懐っこく振られていた尻尾が、まっすぐな瞳が、こちらを見ている。

「絵本を読みながら楽しく遊んだ後、工場に連れていかれ、食料に加工されます」

その、残酷な流れ作業で吐き出される、


「工場の煙で被われた薄暗い空を、俺たちは一生見続けなければなりません」


無機質な部屋の、ガラス張りの窓から眺めた全てが、鮮明に思い出される。

なぜ、タールがあの光景を見せたのか、今ならよく分かる気がする。

あの景色こそが、未来の残酷な決断の象徴だったのだ。


魔王様が、ふらりと立ち上がる。

「・・・魔王様・・・」

遠慮がちにかけられた言葉に、彼女は反応しない。

目を見開き、唇を噛み締めながら、その日、彼女は選んでしまった。



「タールのシナリオ通りの未来にはしない」



たった1つだけ残された、あまりにも孤独なその方法を。



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