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逆転


とにかく、ここ数日の俺は幸せ過ぎた。

町を歩けば救世主として褒め称えられ、城に帰れば魔王様に薄汚い豚野郎と罵られる、夢のような毎日だ。

おっと、すみません、今は


オ レ の ヨ メ


でしたねデュフフフフ・・・!!

未来のハイヒールは、ルドの会社によって、改良に改良を重ねられ、痛みと快感の隙間を縫った絶妙な・・・


強度!角度!素材感!!


果たしてあの俺がいた地球に、ここまでSMプレイを前提としたハイヒールが存在しただろうか・・・!

否!これはまさに夢の世界!異世界!ハッピーライフである!!



ニヤニヤしながら廊下を歩いていると、正面からルドとリザがやって来た。

「今日もキモいですね」

「この変態」

2人も未来の救世主として、俺を絶賛褒め称えている。

ムフフフと笑う俺に、ルドは肩を竦めると、ため息を吐きながら歩み寄った。

真剣な色に染まった瞳が、重苦しそうな口元を、遠慮がちに開く。

「少し・・・お話があります」


ルドの連れられて、会議室に入ると、そこでは世界議会のメンバーが待っていた。

ただし、初期から変わらない、魔族とエルフ族の2人だけだ。

他の種族のメンバーは、決められた一族が代々受け継いでいる。


魔王様を含めて3人、ルドとリザと俺が加わり、6人。

それ以外には聞かれない様、ドアは閉められた後、多重結界を張られた。

只事では無い雰囲気に、思わず魔王様を見つめると、赤い瞳が不安そうに揺らいだ。


「では、お願いします」

ルドに促され、エルフ族の代表が、重たい口を開く。

「私と魔族代表のルーゲル殿は、魔王様に賛同し、これからもこの平和を守っていくつもりです」

視線を合わし、頷いた魔族が、言葉を繋げる。

「しかし・・・他の種族の代表は、考えが違う様です」

告げられた言葉に、目を見開いて驚く俺に、エルフが続ける。

「我々の考えを古い物とし、未来の人口増加など、まやかしだと言うのです」


恐れてはいたことだ。

平和な未来が続くと、危機感は麻痺し、やがてそれは油断と言う名の過信へと変化する。

努力を怠り、教訓を放棄し、怠惰の道を選ぶのだ。


この平和は永遠に続くという過信ー・・・


それが、悲惨な未来の結果を招いたと言うのに、死神に襲われた記憶が薄らいだ今の世代は、実感が沸かないのだ。

魔王と世界議会という巨大な権力に、ただ従っているだけの建前の下には、分厚い堕落の本音が潜んでいる。


好きなだけ食料を貪り、好きなだけ子を成し、欲望のまま、本能のまま、心を満たしたい。


そんな甘い誘惑は、毒の様にじわじわと民衆を蝕み、ついには世界議会をも飲み込もうとしている。

「今は・・・魔王様と我々が生きている間は、何も起こらないでしょう。ですが、その先の未来は・・・。私はそれが、不安で堪らないのです」

苦悩して伏せたエルフの肩に、魔族がそっと手を置く。

その光景を黙って見つめていた魔王様が、赤い瞳を俺に向けた。

「すまない、ユイチ」

続けられた言葉は、終わらない地獄のカウントダウンの始まりだった。



「この先の未来を・・・確認してきてくれ」



ザッ

未来から戻ってきた俺に、魔王様とルド達が駆け寄る。

「ユイチ・・・!どうだった?!未来は・・・」

両手で頭を抱えてうずくまる俺に、答えは告げられた様なものだ。

どうして、と心の中で叫び声がする。

俺たちは、俺たちの努力は、ただこの星の寿命を、数千年延ばしたに過ぎなかった。



それから、また苦悩の日々が始まった。

あらゆる手を尽くして、試行錯誤を重ね、それでも未来は変わらない。

数千年先には、また同じ結果が待っている。

未来を何度も行き来し、年を重ねた俺は、47歳になっていた。

20年間、あらゆる時間軸の魔王様たちと、挑戦を続けた。

年老いていく俺を、出迎える度に、彼らは思い知る。

どれだけたくさんの努力を重ねても、それは焼け石にかける水のようなものだったのだと。


もう数え切れない程のタイムリープの後、ついに魔王様は決断を下した。

「未来を変えるのは・・・無理じゃ・・・!」

膝を付き、人目を憚らず涙する魔王様に、俺は皺の刻まれた手を添える。

「大丈夫だよ・・・まだ他に、方法があるはずだ・・・!」

「もういい」

「そんな・・・諦めたらダメだ!諦めたらそこで・・・」

「もういいのじゃ!!」

叫んだ彼女の涙に濡れた赤い瞳が、切なく歪む。


「お前の姿を見ればわかる・・・頑張ったのだろう。苦しんだのだろう」


やめてくれ、と言おうとしたが、声が出なかった。

「もう・・・いいんじゃよ・・・」

張り詰めていた心の糸が、押し寄せる涙と共に、ぷつりと崩壊した。



魔王室のベットに横たわりながら、魔王様が俺の白髪混じりになった髪を撫でる。

「・・・がっかりしていますか?」

年老いた俺に、と続けると、ばか!と叩かれた。

「この皺1つ1つが、お前であるならば、妾はその全てが愛おしい」

口付けられた唇に、優しい温かみが残る。

「・・・実は、魔王様のおばあちゃんの姿知ってますよ」

「なっ!!」

「うそです」

「・・・ユーイーチー」

耳を引っ張られ、ごめんなさいと笑いながら謝った俺に、魔王様は口を尖らせた。


「・・・お主を独り占めしたいところじゃが、別の時代でも会いたいからな」

おばあちゃんの妾に会うのも許す!と告げられ、その可愛らしさに、思わず笑みが零れる。

「魔王様、愛しています」

「知っておる」

「・・・愛しています」

「し、知っておるっ!」

「愛しています」

「・・・わ、妾もじゃ・・・」

小さな声で、ちょっと意地悪になったんじゃないか?と呟かれ、苦笑する。

「長年連れ添った夫婦は、いつしか立場が逆転するらしいですよ」

「なっ」

真っ赤な顔の魔王様が可愛くて可愛くて、しょうがない俺は性癖まで変わってしまいそうだ。

彼女の陶器の様に美しい手の甲に口付けると、俺は勇気を吸い取った。


「・・・話さなければなりませんね」


避け続けることは、できない。

「未来の余った人口の、行く先をどうするか決めましょう」

俺の覚悟を決めた瞳に、魔王様が頷いた。




世界議会の集まった部屋に、俺が入ると、静寂が空気を支配した。

昨日まで27歳だった俺が、47歳の姿で現れたのだ。

彼らにとって、「諦める」ことに対するこの上ない説得力だった。


「人口増加が決定した未来であるのならば、対処法を考えなくてはなりません」

黒い仮面をした、憎らしい影が、脳裏をよぎる。

「いずれ足りなくなる食料の補い方も、決めなければなりません」

ああ、俺たちは、この道を・・・まるで歩かされている様だ。



その日、余りに残酷で、しかし効率的な未来が、決定を下された。



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