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これから


死神は、出現しなくなった。

緊張と恐怖の日々に支配されていた人々は、開放された喜びに踊り回った。

祝典は静粛に行われ、各種族の王たちの平和宣言によって、宴会の幕は切って落とされた。

種族の違いなど関係ない。皆、手を取り合い、肩を組み、美味しい食事と酒を夜通し楽しんだ。


「まるで、魔王が討伐された時の様な騒ぎっぷりじゃのう」

部屋の窓から城下町を見下ろしながら、魔王様がぽつりと言う。

嬉しそうな顔を見上げながら、俺は、ふと聞いてみたくなった。

「前の魔王ってどんな人だったんですか?」

俺を踏んでいる白いハイヒールが、ぴくりと動く。

聞いてはいけないことを聞いてしまったか、もしそうだとしたらどんなお仕置きをしてもらえるのか・・・!はあああんん!!

「ってそうじゃないだろ!!」

俺最低!!とセルフツッコミをしていると、魔王様は、俺の隣に腰を下ろした。

窓下の壁にくっ付くように四つん這いになっていた俺は、魔王様の横顔が目の前に来て、動揺する。


・・・綺麗だなあ・・・


俺の希望どおり、純白の花嫁衣裳(に限りなく寄せたもの)を着てくれた魔王様は、世界で一番美しい。

プロポーズの言葉は「俺の背中を毎日踏んでください!!」だなと妄想していると、魔王様が口を開いた。


「魔王の話を少ししようか」

遠くを愛おしむ様にみつめる横顔に、ああ、彼女にとっては紛れもなく大切な父親だったのであろうと、俺は思った。



数百年前ー・・・

「お待ちください!!お嬢様!!」

「止めるなルド!!」

妾は魔王城の渡り廊下を、足早に駆け抜けていた。

講堂のドアを乱暴に開け放ち、カツカツと魔王に迫り寄る。

「お父様!もう戦争なんてくだらないこと、お止め下さい!!」

妾は気に入らなかった。命の価値は平等であるべきなのに、簡単に殺し、奴隷にしてしまう魔王が許せなかった。

魔王は妾を冷たく一瞥した後、ルドを睨みつけた。

「娘を下がらせよ」

妾の必死の呼びかけに、返ってきたのは、たった一言だけ。

ルドの引き摺られながら、廊下に出た後、妾は悔しさで血が出るほど拳を握り締めた。


「魔王様は、憂いておられるのですよ」

妾の傷を手当てしながら、ルドはいつもそう言う。

憂いている?何を?下等な他種族に慈悲を向ける、奇特な娘を持ってしまったことを??

「ふっ・・・」

自嘲する妾の頭を優しく撫でながら、ルドは静かに首を振った。

「お嬢様は、優しすぎます。それを、憂いておられるのです」

その言葉の意味が、妾には分からなかった。


そんなある日・・・勇者が異世界からやって来た。

瞬く間に魔族を殲滅し、ついに魔王城へと攻め込まれた。

燃え上がる動乱の中、妾は逃亡を説得するルドとリザを振り切り、魔王の元へと駆けつけた。

魔王は、椅子に座ったまま、動かない。

死の覚悟を決めた瞳が、勇者が開け放つだろうドアを、まっすぐと見つめている。

「お父様・・・!」

妾は堪らず、魔王の足元にすがりついた。

「お願いです・・・!どうか降伏してください・・・!今ならきっと、命だけは・・・」

涙声で震える妾を、大きな手がやんわりと引き離す。

「お前は逃げなさい。私には役割がある」

溢れる涙で視界が霞む。

その後、追いついたルドとリザに抱きかかえられ、妾は魔王城を後にした。



「今でも、妾にはわからんのじゃ、魔王の役割とは何なのか・・・」

伏せられてしまった横顔を、思わず抱きしめる。

泣いているんじゃないかと思ったけど、上げられた顔は晴れやかだった。

「ありがとうユイチ。妾は大丈夫じゃ。今日の祝典を見て、思ったのだ」

皆が手を取り合い、楽しそうに笑いあう、平和で幸福な光景ー・・・

「魔王が魔王である必要はない。妾は、これでいいのじゃ」

白いドレスに身を包んだ彼女が微笑むのを見て、まるで天使の様だと、俺は思った。




その頃、死神討伐隊は、最後の仕事をしていた。

「我々は、共に戦い、数々の困難を乗り越えた!」

声高々に、剣士隊長が吼える。

「ですがまだ、やり残したことがあります!」

魔導士隊長も、拳を振り上げて叫ぶ。

「さあ、これが、貴方達の最後の仕事です!」

ルドの良く通る声が、辺りに響く。


「みんなで楽しく飲みましょう!!」



「「「「「・・・えっ?」」」」」



ルドの言葉に、全員が固まった。祝典、無礼講、こんなに楽しい席は無いと言うのに、みんな青ざめてショックを受けている。

「・・・?最後ぐらい楽しく過ごさないんですか・・・?」

おそるおそる聞くと、はっと我に帰った剣士隊長が、真剣な顔で掴み寄る。

「何言ってるんだ、ルドさん・・・!



新作ハイヒール作んねえの?!」


真顔で聞かれた言葉に、ルドは耳を疑う。

「・・・ん?貴方達は死神討伐隊ですよね??」

「表の顔は討伐隊・・・だがしかし!真の姿は、ハイヒール開発に励む若き職人たちだった!」

いきなりナレーションと共に開発の苦労風景が始まったー!!


剣士隊長の後ろから、魔導士隊長が出てくる。

「血を吐く様な苦しい日々の中・・・私たちはついに見つけた・・・!」


新 作 魔 法 を ! !


固まるルドの目の前に、アーチャーと騎士、召喚士も出てくる。

「全てはハイヒール開発のために・・・!」

「我々は最後の戦いを、成し遂げなければならない!」

「その為だけに、今日ここに集結したのだ・・・!」


呆然とするルドの肩を、聖職者が叩く。

「大丈夫ですよルドさん。私たちだけは、開放される喜びでいっぱいです・・・・!」

涙目で喜ぶ彼女に、ルドも儚げに微笑んで見せる。

「貴方達の仕事はなくなりませんよ」

でっすよね~!


落ち込む聖職者を余所に、ルドは確信した。

ハイヒール開発に燃え上がる隊員たち・・・その情熱、やる気、可能性・・・!

「これは・・・金の匂いがしますね」

「「「「「え?」」」」」



その後、死神討伐隊で会社を起こし、シューズメーカーとして名を轟かしていくことは、まだまだ先の話である。




お祝いが終わり、人々の生活も落ち着き始めたころ・・・

魔王様と俺は、ルドとリザも交えて、会議をしていた。

人口増加と、食料不足についてである。

「しかし、困りましたね・・・」

ルドの言葉に、魔王様も頷く。

俺の脳裏に、アーティーとの会話が思い出される。


『お父さんとお母さんはいないの?』

『・・・わたしとお兄ちゃんは捨て子で、孤児院で育ったので』

『ご、ごめん・・・デリカシー無かったな』

『あ!気にしないでください!捨て子なんてよくあることですし!

貴族とか商人の家庭じゃないかぎり、農村では普通の話です・・・』


平和なはずのこの世界は、既に怪物の片鱗を見せている。


手元の資料をめくりながら、ルドが厳しい顔で呟く。

「ただでさえ食料不足だと言うのに、未来に備えて蓄えろと言うのは、酷でしょうね」

「では、出生を制限するか?」

「それは難しいでしょう。住所不定者が多数いる中で、貴族以外は把握し切れていません」

「ユイチを過去に飛ばさせて、忠告するか?」

「信じないでしょう。我々も、死神がいなければ到底信じられませんでした」

ルドに全て却下されてしまい、魔王様が不機嫌そうに眉を寄せる。

とばっちりを受けたくないリザは机の下に隠れ、

とばっちりを受けたい俺は足元に四つん這いになった。


俺をぐりぐりしながら、魔王様がため息を吐く。

そんな俺たちに、ルドはにっこりと笑って見せた。

「地道ですけど、方法はありますよ」

「どんな方法よ」

疑わしそうな目で聞いたリザに、ルドは静かな声で答えた。




「実験、観測、結果です」




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