過去と未来
ルドの知らせを受け、村に駆けつけると、そこはすでに火の海だった。
ちょうど夕刻なのも災いしたのだろう、焦げた匂いが、辺りに立ち込めている。
民家の入り口で、小さな我が子を庇うように抱き締めている遺体が、痛々しかった。
「どうして、こんなことに・・・」
呆然とする俺の横で、魔王様が遺体を抱きしめる。
泣くもんかと震える細い肩が、己れの無力さを責めている。
俺の心の中で、叫ぶ。憎悪の塊が叫ぶ。
タールめ!タールめ!!タールめ!!!!
真っ赤に染まった空が、漆黒の闇の中に沈んでいく。
遠い、果てしなく遠いその先を睨みつけると、俺はスキルを乱暴に発動させた。
ズシャッ
荒々しく飛んだせいだろう、体が地面につき、頬が擦り切れる。
だが今、そんなことは、どうでもいい。
村人の悲鳴が上がり、死神の出現を確認した後、俺は時を止めた。
ザクザクと、死神を切りつける。
何度も何度も、もうすでに事切れたソレを、切りつける。
小さな子どもも、老人も、無差別に襲おうとする、その黒い塊が憎い。
自分たちで背負った枷を、過去に払わす未来が憎い。
全ての死神を滅した時、俺の中で、何かが切れた。
ふらふらと戻ってきた俺を、魔王城にいたルドが出迎える。
100体もの死神を、複数回切りつけたせいで、腕が棒の様だ。
ルドにヒールをかけてもらいながら、事の経緯を説明すると、魔王様は悲しそうに眉を寄せた。
「・・・すまない」
謝られた意味が分からず、首を傾げる。
「お前だけに、背負わせてすまない」
その言葉の意味が、その時の俺には分からなかった。
それから、繰り返しの日々が始まった。
1日1回、どこかの村が襲われる。
送られてくる死神の数はちょうど100体。
俺はそれを、未来からの自分勝手な擦り付けを、ザクザクと切り裂いていく。
人口増加は自業自得だろう!!
産まなければよかったじゃないか!!!
過去の人々を殺そうだなんて、身勝手すぎる。
怒りが止まらず、不必要に何度も切りつけながら、俺の心はゆっくりと蝕まれて行った。
そんな日々が何ヶ月続いたある日、俺はふと気付いた。
時が止まって動かない死神を切り付けながら、気付いた。
もう、憎しみすら残っていない、俺のこれは
「作業だ」
そうつぶやいて、くっくっ、と可笑しくなってくる。
ああ、タール、お前はどうして、こんな無駄なことを続けるんだ?
何ヶ月も続ければ、いつか俺が、死神を倒すのを諦めると思っているのか??
タールを哀れみながら、いつしか俺は、まるで素振りを100回する様な、ルーティンワークだと、これを思った。
死神が村を襲いつづけて半年後のある日、魔王様が俺に話しかけてきた。
そういえば、彼女のことを、ずっと見ていなかった気がする。
久々に見る赤い瞳は、宝石の様にとても綺麗で、トクンと心が鳴った。
頬を染めた俺を見て、魔王様がやさしく笑う。
「今まで、お前だけに背負わせて、すまなかったな」
だが、我々も半年間、ただ手を拱いていたわけではない、と続ける。
意図が読めず、首を傾げる俺に、魔王様は誇らしげに手を差し出した。
「お前に見せたいものがある」
魔王様に連れていかれた先は、冒険者ギルドだった。
相変わらず賑わう様子に、懐かしさを感じる。
魔王様に手を引かれ、ギルドの裏手に回ると、そこでは信じられない光景が広がっていた。
「どうだ、驚いただろう」
目を数回瞬きして、俺はこれは幻でないのだと気付く。
大勢の屈強な剣士や、騎士たちが剣を交え、魔導士たちが上級魔法を繰り出している。
アーチャーや聖職者、召喚士まで、様々な種族が、鍛錬に励んでいる。
呆然としていると、魔王様がますます、したり顔で笑ってみせた。
「まるで、魔王の再来のようじゃろう」
ただし、これを指揮しているのは、妾じゃがな、と楽しそうだ。
そう言われて、やっと合点がいく。そうかこれは・・・
「死神討伐隊じゃ!!」
フフンと腰に手を当てて、誇らしげに言い放った魔王様に、冒険者たちがオオー!と拳を振り上げる。
「未来の好きな様にはさせん。妾たちは、間引かれるべき植物ではない、生きる意志をもっておる!!」
そこに集まった、全員の闘志が、燃え上がる。
魔王を倒し、職を失い、眠っていた上級者たちの腕が、鍛え上げられ、存分にふるわれるのだ。
まぶしい光景に、過去の力強さを感じる。
今なら、勇者なんていなくても、自分たちで未来を切り開いていけるんじゃないだろうか・・・
そんな思いが、胸を熱くする。
過去の快進撃が、今、始まろうとしていた。




