未来
メルたんが言い終わると同時に、まばゆい光に包まれる。
次の瞬間、俺は無機質な壁に囲まれた部屋で、重厚なソファに座っていた。
目の前で、白髪まじりの仮面を付けた男が、パラパラと本をめくっている。
「後はよろしくお願いします」
メルたんは一礼すると、そのままドアの方へと歩いて行った。
冷たい視線で俺を一瞥した後、静かにドアを閉める。
俺は思わず身悶た。
この状況はあれだ・・・!
魔法少女メルたんに、冷たく見捨てられて部屋に、
放 置 プ レ イ ッ !
あはあああん!!!と身を捩っていると、目の前の男が、パタンと本を閉じた。
不気味な黒い仮面が、こちらを見ている。
この男が・・・俺のかわいいメルたんを残酷な実験に巻き込んだのかっ・・・!
俺が口を開こうとしたその時、男がぽつりと声をかけてきた。
「君、コーヒーと紅茶、どっち飲む?」
へ?と拍子抜けする俺に、構わず続ける。
「いや、緊張していると思ってね。あ、この本読む?王道のSMだけど結構おもしろいよ」
「SM?!」
思わず食いついてからはっとする。
いやいやいや、こいつはメルたんを陥れた悪の親玉!!決して心を許してはならぬ!!
ぐぐっと我慢する俺に、男は飄々と続ける。
「特にこのページがねえ」
バッと釘付けになった俺を、本をぐるぐると回しながら、からかう。
からかわれてると分かりながら、本の動きに合わせて顔を動かしてしまう俺に、男が吹き出した。
「あっはっはっ、素直だねえ~」
どうぞと本を渡されて、期待を膨らませパラパラとページをめくると、そこには・・・
「宇宙船に隕石がぶつかる。ドカーンという音と共に、警報が鳴り響いた。船長!もうこの船はダメです!!いや諦めるな、ここを越えれば、幻の星、デスムーンが・・・ってSFやないかーいッ!!!」
つっこんだ俺に、男がますます声を上げて笑う。
「あっはっはっ、それ僕が書いた小説なんだよ~」
あんたが書いたのかよっ!と思ったが、つっこんだら負けな気がする。
ムッとして黙る俺に、男は申し訳なさそうに頭をかいた。
「ごめん、ごめん。ちょっと調子に乗りすぎたよ」
「・・・俺、何のためにここに呼ばれたんスかね?」
口を尖らせてそう尋ねると、男は人差し指を差し出した。
空中にコップが出現し、なみなみと紅茶が注がれる。
「ようこそ未来へ、ユイチ君。僕は科学者のタールだ」
名前を呼ばれたことよりも、紅茶の入ったコップが手元までふよふよと浮かんできた、その魔法に目を見開く。
「あっはっはっ、これは全然初歩レベルの魔法なんだよ~」
照れくさそうに言われ、ますます拍子抜けする。
紅茶をすする俺を、満足そうに見た後、タールはのんびりと話始めた。
「・・・君はね、どうして僕が、罪の無い人たちを殺すんだ、と思っているだろう」
こくりと頷くと、だろうねと続ける。
「僕が理由を話す前に、未来についてちょっとお勉強してもらおう」
そう言うと、ぱちんと指を鳴らした。
窓一つ無かった無機質な壁が、透明なガラスへと変化し、外の景色が飛び込んでくる。
「な・・・何だよ、これ・・・」
目の前に、排気だらけの薄暗い空と、密集する高層ビルが広がっていた。
呆然とする俺に、タールが続ける。
「見えているビルの1つ1つに、空間魔法が使われていてね・・・まあ、4次元ポケットを想像してくれればいい。最大限に使っているが、それでも人が、余っているんだ」
明るかった声が、悲しそうな色に変わる。
「余った人間は、政府が買い取り、食肉工場へと運ばれる」
「なっ・・・」
「そうでなければ、満たせないぐらい、食料不足なんだ」
一応、主に食べられているのは、ケモノ耳の亜人だけどね、と続ける。
だが、それは何のフォローにもなっていない。
「どうして、そんなことに・・・」
愕然とする俺に、タールはあっさりと言い放った。
「世界が平和になったからさ」
衝撃で押し黙る俺に、構わずタールは続ける。
「世界が平和になったら、何が起こると思う?人々は戦争で死ななくなり、人口が増加する。魔族と戦える様な上級の聖職者たちが、どんどん病気を治すから、平均寿命も伸びていく。住居スペースが足りないからと、森林は切り取られ、海は埋め尽くされる。こうなったらもう、後は、星がゆるやかに死んでいくだけだ」
「に、日本も平和だけど、そんなことにはならなかったぞ・・・!」
「この世界には魔法があるからね。ヘイストで野菜畑を急速成長させ、水魔法で飲み水を確保し、ダブルで食用魔物のクローンを作り、ゾーンで住居空間を作った。聖職者が余っているから、一般の庶民ですら、上級魔法で不治の病が治ってしまう。」
そこまで話して、タールがふっと笑う。
「皮肉だね。人々が善意でやったことが、ますます人口増加を助長させたんだ」
そんな・・・
ずるずるとソファに沈み込む俺に、タールは続ける。
「そこで、僕は考えた。過去に戻って、ある程度の人々を間引こうと。そうすれば、未来では数百単位の一族が、まるっと滅びることになる」
俺にも、やっと、タールがやろうとしていることが、理解できた。
「君は未来でたくさんの人が食肉になるのと、過去でたった数人が犠牲になるのとでは、どちらが慈しみ深い方法だと思う?」




