巻き戻し
冒険者ギルドについた頃、空はすでに綺麗な夕暮れで染まっていた。
緊張した面持ちで、ギッとドアを開けると、
賑やかな人々の中で、一際目を引く鮮やかな赤のグローブが、こちらへ近付いてきた。
「おかえりなさい、ユイチさん。・・・お待ちしておりました」
メルたんに手招きされ、後ろをついていく。
ギルドマスターの部屋へ案内され、椅子に座るよう促される。
正面にメルたんが座ったのを確認すると、俺は我慢仕切れずに、まくし立てた。
俺が過去に飛んで、4件の死神を倒したこと。
それによって、変わった未来が、悪い方である可能性が高いこと。
2人のうち、どちらか1人が必ず死ぬと、決まっているかもしれないこと。
一通り話を聞き終えた後、メルたんは思案する様に目を閉じた。
ふーっと息を吐き出し、顔を上げる。
「それならば、まずはドワーフの夫妻を助けてあげてください」
なぜ、と不思議そうな俺に、メルたんの言葉が振り下ろされた。
「夫妻は自殺したんです」
・・・え?
混乱する俺に、メルたんが悲痛な面持ちで続ける。
「死神によって娘さんを失ったことが、彼らには耐えきれなかったんですよ」
「そんな・・・」
俺が過去を変えたせいで、一家全員が死ぬ運命に・・・!
ショックで言葉を失う俺に、メルたんが肩を揺さぶる。
「ユイチさん、大丈夫です。過去へ飛べば、元に戻せます」
まっすぐな瞳で言われ、はっとする。
「・・・いってきます」
メルたんの返事を待たず、俺は過去へと飛び出した。
飛んだ先は、ドワーフの娘さんが殺される、1日前だ。
見覚えのある小さな民家の、ドアを叩く。
「はーい」
中から、ぷっくりと太った、幸せそうな旦那さんが出てきて、俺の涙腺は崩壊してしまった。
「どうぞ」
一通り話し終えた後、夫婦に進められて、温かい紅茶を口にする。
「おいしい・・・」
「娘の好物なんですよ」
目を細めて、やさしく我が子を想う2人の瞳が、痛々しい。
何も言えず、うつむく俺に、奥さんがおだやかな声で話しかける。
「どうか、私のかわいい娘を救ってください」
「よろしくお願いします」
迷わず頭を下げる夫婦2人に、動揺する。
これはなんだ。俺は知らない。我が子のために、自分の命すら捨てれるのが、親だと言うのか?
脳裏に、自分の両親の顔が浮かび上がる。
まるで腫れ物を扱う様な視線。口を開けば俺の存在否定。
俺が交通事故で死んで、厄介者がいなくなったと、きっと喜んでいる。
俺は知らない。こんな、こんなやさしい愛情を、知らない。
「死ぬのが、怖くないんですか?」
震える声で聞いた俺に、奥さんは、にこやかに答えた。
「私の命一つで、娘が救えるのならば、私は喜んで命を差し出しますよ」
ここは、やさしい世界だ。親が、深い愛情を持つ、やさしくて温かい世界だ。
この世界を、俺が守りたいと、その日、初めて、心から思った。
ドワーフの娘を助けた後、そのまま、冒険者ギルドの未来へと戻った。
ふらふらとした足取りで、メルたんの元へと向かう。
鮮やかな赤のローブを視界に入れたとき、受付の方から、
ガッシャーン!!と物が倒れる音が、飛び込んできた。
ケイティーが、皿洗いの報酬が少ない、と暴れている。
ああ俺は、その時間まで戻って来たのか
冒険者ギルドを出ていこうとするケイティーを、
アーティーの話があると引き止め、メルたんの元へと向かった。
2階の宿舎の一室を借り、今までの経緯を2人に話す。
俺が話し終えると、ケイティーの体が、ガタガタと震え始めた。
「お、お、俺が生き残る未来が、悪い方なのは、わかるよ」
ボロボロの服を握り締め、疲れ切った目元を、涙で滲ます。
「アーティーを失って、悲しくて、取り戻したいとも思った。
でも、でも・・・
俺は死ぬのが怖いよ・・・!」
ケイティーの言葉に、はっと顔を上げる。
夫婦の件が解決して、俺はなんておこがましい勘違いをしていたんだ・・・!
「ごめん!ごめんケイティー、君が悪いとか、そういう話ではないんだ」
俺が肩を掴もうとすると、ケイティーがビクッと後ずさる。そして、そのままドアから飛び出した。
きっと、俺に、殺されると思ったんだろう。
ケイティーが出て行った先を、呆然と見つめる俺に、メルたんが肩を叩く。
「・・・ユイチさん、大事な話があります」
ゆっくり振り向くと、表情の無い顔が、俺を淡々と見つめてる。
そして、メルたんが静に口を開く・・・
「私は、1000年後の未来から、貴方を阻止しに来たエージェントです」




