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も、も、もう無理。
「奈緒ちゃん、大丈夫?」
「………ちょっ、きゅうけ、い」
「わわっ!」
千鶴に肩を貸してもらって近くに設置させておいたベンチに腰かけた。
立ってるのにも疲れたご令嬢のために用意させといてよかったぁ~。
「ちょっと何か飲み物買ってくるね?」
「………おり」
「え?」
「かき氷、食べたい」
「かき氷?…分かった!かき氷も買ってくる!」
あぁ!そんなに急がなくていいから!浴衣はだけるからね!?
さっきあんなに走ったばかりだというのにもう姿が見えなくなる所までいってしまった。
ついていけたらいいんだけど、もうホント体が悲鳴をあげてんの。日頃の運動不足を軽くみちゃダメ。走っただけでも筋肉痛になれるんだから。
キュー?と鳴くシュネーの背中をよしよしと撫でてやって少し離れた屋台の列をぼーっと見た。
付き合ってる人達同士は手を繋ぎながら幸せそうに回ってる。
あーあー独り者には目に毒だ。思わず半目で見てしまう。…リア充なんて集団は滅びてしまうがいいさ。
「………都」
「はいはい。なんですか…って、え?」
今その名を呼ぶ者は誰一人としていない。それは向こうの世界での私の名前。
そもそも師匠と御門君しか知らないし、二人の声なんかじゃなかった。
声はかなり近く…すぐ後ろから聞こえてきた。もちろん振り返っても誰もいない。誰が植えたかも分かんないような大きな桜の木があるだけ。
つい返事をしてしまったけど……ヤバい。全身に鳥肌たってきた。
視えるのと聞こえるのとでは恐怖感が半端なく違う。今まで目に見えた方が怖いと思っていたけど…全然そんなことはなかった。むしろ見えない分怖さが倍増されてる。
「……き、気のせいだから。うん、何かの音を聞き間違えたのよ」
私ったらやだなー。あはは。
…………………移動しよ。
「……もうヤダ」
とりあえず人の多いところに行こう。
師匠か御門君を探して…千鶴にも場所を変えたことを教えなきゃ。
最後に自分でもなんなのかよく分かんないけどほんのちょっとだけ振り返ってしまった。激しく後悔した。
桜の木の下に…いた。なんなの?桜の木の下には死体が埋まってるってホントなの?
…して。成仏して!今すぐして!
顔とかははっきりとは分からなかったけど、昔の貴族が着てたみたいな着物姿だった。
もう自分でも分かるくらい顔ひきつってるし、涙なんかとっくの昔に目尻にたまってる。どこにこんな体力残ってたのかってくらい走った。もう脇目も振らず。
そうしたら勢い殺しきれずに誰かとぶつかってしまった。
「…っ!ごめんなさい。よく前を見てなくて」
「……奈緒様?」
ぶつかったのは颯だった。心配そうに私の顔を窺ってくる颯に思わず服の裾を掴かんでいた。
「………………」
颯はピタッと動きをやめ、私が掴んでいる裾を凝視している。その顔は信じられないと如実に語っていた。
確かにこんなことしたのは…おおよそ十年ぶりだ。記憶を持つまでは面倒を見てくれる颯に私の方がつきまとってたくらいだから。
こうして裾を掴んだらさっと手を繋いでくれた。子供らしい甘えた攻撃は毎度成功したものだ。一度として彼の方から拒否されたことはなかったのだから。まぁ、霧島が神宮寺に逆らえるはずもないからかもしれないけど。
はっきりと分かるのはそれで小さかった私は安心できていたということ。
「……あ、ごめん、なさい!」
「…いえ」
あぁ無意識って怖い。そして刷り込みも。
パッと手を離すと明らかに颯の表情が影を帯びた。
「…奈緒様、お一人ですか?」
「千鶴と一緒だったんだけど、今、色々と買いにいってくれてるの」
「………そうですか。シャルル殿下を狙う賊が侵入しているかもしれません。危険ですので私が護衛いたします」
え!?いらないいらない!それならシャルルの方を護衛してやってよ。
約束破っちゃってるし、このお祭りをさせてくれた功労者なんだからさ。
颯にシャルルの方に行くように言ったけど颯は首を縦には振らなかった。
「大丈夫です。風紀委員の中でも武道の手練れがついていますから。私には奈緒様の方が大切です。他などどうでもいい」
………見上げた忠誠心ですこと。でも相手王族だから。不敬罪で捕まるから。
小さい頃うんと面倒を見ていてくれた颯がどうにかなるのを見るのは…さすがに忍びない。だから自分の言動には気をつけよっか?
「どうしてもとおっしゃるなら一緒に行きましょう。それならば喜んで参ります」
「私は千鶴と回っているから…」
「高橋様にも他のご友人はいらっしゃるでしょう?あなたは高橋様以外とは深く関わろうとなさいませんが」
おい。それは暗に友達がいないんだろうと言うとるのか?失礼な!
でも颯のおかげでさっきまでの恐怖は薄らいでいた。
…だがしかーし!やっぱりそれとこれとはまた別の話。
甘やかしたいのか侮辱したいのかどっちだ!
「奈緒様には、私一人いれば十分でしょう?いえ、十分なのです。あらゆる害悪から奈緒様をお守りすることが私の役目。この身が霧島家に生を受けたこと、これほどの喜びはございません」
いやいや、私だってお友達たくさん欲しいからね?なんか神様みたいに崇められても困るんだけど。
とりあえずそのちょっと異常なまでの忠誠心はお兄様に向けて欲しい。私には重すぎて圧死しそうだ。
だから立て!何故ここで膝まずく!
騎士道精神なのかなんなのか知らないけどズボンの膝部分が汚れるのもいとわずにやってのけた颯とその目の前にいる私に否応なく衆人の目が集まった。
…………これは何てプレイですか、羞恥プレイですか、そうですか。
………………………んなもん一人でやって欲しいんだけど!!
「颯」
「はい」
「焼きとうもろこしにフライドポテト、焼き鳥に焼きそば、リンゴ飴にワッフルが食べたいの。買ってきてくれる?」
「しかし…」
「今すぐ食べたいの。あそこのベンチで座って待ってるから」
ごねる颯を笑顔で黙らせ、近くのベンチを指差すと颯は渋々頷いた。
ちなみにもちろんさっきまでいたベンチとは違う場所。もうさっきの場所にはよっぽどの理由がない限り行きたくない。
「くれぐれもここを離れないように」
「はーい」
なーんてね。私が大人しくしてるわけないでしょ?