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「お兄様!これは一体どういうことですの!?」
「まぁまぁ落ち着いて」
こんな非常事態に悠長にお茶なんか楽しめるか!
………おいしいけど!お茶菓子も私が好きなやつだけど!
あれから師匠の所へ避難した私は頑張った。かーなーり頑張った。日頃インドア派な自分を心底呪った。撒いて撒いてまた撒いて。ほんっとうにここ最近ろくなことがない!
川崎さんを呼び出してお父様に会いに行こうと思ったけど、あいにく今朝ロンドンに発ったそうだ。察知して逃げたな?
…海外逃亡。普段の私なら金持ち思考にひくけど、今ならいける。行くか、海外。できれば常春の国がいい。
私がどんな顔をしていたのか分からないけど、たぶんとんでもなく不穏な顔つきだったのだろう、川崎さんがお兄様の所へ連れていってくれた。
そして今に至る、というわけ。
今日もご機嫌麗しいお兄様はルンルンとお茶のおかわりを入れている。
一方で部屋の隅でアワアワとそれを見守っているお兄様の秘書である後藤さん。童顔である彼はそれが密かなコンプレックスらしい。手を出すなと言われたものの気が気じゃないらしく、お兄様の一挙手一投足に狼狽えている。大丈夫か、この人。やるときゃやる人なんだけどねぇ。某有名国立大出だし。
「大丈夫だよ。彼がいる限り奈緒にちょっかいかけるなんて馬鹿げた事をしてくる男はいないから」
本気で言ってるのか?殴るぞ。
前世ではアレでも今は元気元気。ちょっと前まではバテてたけど、もうすっかり回復済み。顔面一発なんてお手のものだい。
イケメンなんて滅びてしまえ。イケメン憎し。イケメンとヤンデレ、ダメ、絶対。
…ふぅ。落ち着こう。
今の私は少々冷静さを欠いている。正常の判断を下さねばならない。人間冷静さを失えば何するかわっかんないからね。ここは冷静に冷静に。
かつ自分の意見は押し通す。えぇ、常識です。それが何か?
「その彼が問題だって言っているのです。何故彼なんですの?」
「だって、おあつらえ向きじゃないか。彼は奈緒のことを恋愛対象としては見ない。そうだな…遊び友達の域を越すことはない。これからもね。でなければ僕も彼を選んだりしないからね。今はごちゃごちゃと言うかもしれないけど、気にしなくていい」
そうか。王太子妃にと言い出していた気がするのは気のせいか。あれはじゃあなんだ。
……妃にすればいつでも我が儘し放題なんてことをどこかのバカに吹き込まれてないだろうな。………ありそうで怖い。
しかもさらっと最後の一言、一国の王太子に毒吐いたな。
予言者かあんたは。予言者なら予言者らしく、私の幸せな未来への道を手助けしてくれないだろうか。
今の世は、とかく生きにくい。ヤンデレに優しい世界なんてまっぴらごめんだ。
大事なことだからもう一度言っておこう。ヤンデレ、ダメ
絶対。
「………庵様。朝霞家のご子息からお電話が」
「ふぅん。貸して」
KI・ TA!来るべくして来たってか。来ないわけないだろうってか。そりゃ間違えだ。希望的観測だ。
後藤さんから子機を受けとるとお兄様は優越感丸出しで話始めた。
「やぁ、なにかな?僕も暇じゃないんだけど」
嘘つけ。今まで優雅にティータイムしてただろ。
まぁ、会話にちゃちゃを入れるつもりはないから黙っておこう。ここにいるのがバレても嫌だし。
「……あれ?君には関係ないことじゃないかな?」
…あぁ、もうやめい。なんかより面倒な事態になりつつある気が。
あれ?おかしいな?電話の向こうなのに黒い影が見える。見えるぞ?………いかん。眼科に行かなきゃ。
…あのーすみませーん。ヤンデレ予備軍から発せられる黒いオーラが見えまーす。
…なんだこれは。眼科はなしだ。下手すりゃ精神科への受診を勧められかねん。オーラってなんだ、オーラって。
「奈緒の意思?君達につきまとわれているよりかはマシなんじゃない?」
待て。私はどっちも嫌だ。
そもそもマシかマシじゃないかで話を進めるなんてもっての外ではないか。当人の意思はきちんと聞くべきだ。うん、決めつけ良くない。
…だからこれ以上火に油を注ぐようなこと言うのはやめて~っ!
「じゃあ、これから会議だから」
私の願いが通じたのか電話をピッと一方的に切り、お兄様は子機を後藤さんに渡した。
……帰りたくない。猛烈に帰りたくない。
これはもう本当に生徒会特権を駆使して長期の逃亡生活にでもはいってしまおうか。人の噂も七十五日。三ヶ月もすれば……ってダメだ。私一人ならそれも可能だけど、自分の役を忘れちゃいけない。千鶴を放り出して行くわけには…一緒に行くか?うん、それも楽しくていいような気がする。
「あぁ、愉快愉快」
「………」
それはそれはイイ笑顔なお兄様。
過保護につけ加え西條呉羽と同じ属性のお兄様はこういう時、ないわーと思う。
さて、どうするか。
「あ、そうだ。奈緒、試験はいつ?」
「来月の中頃、だったはずですわ」
「なら丁度いい。末に九条家の夜会に呼ばれているから」
「翁のですの?それはまた珍しいんですのね」
政界の長老的存在にして我が神宮寺家と同様華族の家柄。
政界だけでなく各界著名人が恐れる九条の翁は私からしてみれば好好爺の可愛いお爺ちゃんだ。とんでもなくシャイなだけなんだよ。
そんな九条の翁が夜会を開くのは珍しい。ここ何年も聞いたことがない。誰か主催のパーティーで会うくらい。誕生パーティーか何かかな?
翁のことが好きな私が行かない理由もない。普段ならパスと言うところだけどね。
「分かりました。準備をしておきますわ。エスコート役はどなたが?」
「僕に決まってるだろう?他に誰がいるんだい?」
「…いえ、誰も?」
確かに誰もいないけどさ。そんな恋愛できないみたいに言われるとね~。誤解のないように言っておくと、できないんじゃなくてしないんだからね?
自分だって私に構ってばっかりじゃなくて彼女の一人くらい作ればいいのに。跡継ぎなんだから。
妹に嫉妬するような人はちょっとアレだけど、性格いい人だったら大歓迎なのに。ちょうどお姉さんが欲しかったし。
こればっかりは、ねぇ?いまさらどうお願いしたって無理だし。
「川崎。奈緒を学校まで送ってくれ」
「かしこまりました」
「それではお兄様、お仕事頑張ってくださいませ。後藤さん、兄をお願いしますね」
「は、はいっ!」
「後藤…お前……」
ぺこりと頭を下げ、部屋を出た。
後藤さんがお兄様から黒い笑みを見せつけられていた気がするけど、気のせいだろう、そうに違いない。
「ありがとう、川崎さん」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
お気をつけて、か。
ふふ。フラグ立てじゃないよね?ね?川崎さん。
千鶴、今何してるかな?
千鶴、千鶴…っと。
「失礼ですけど、神宮寺様でしょうか?」
「え?」
スマホをいじりながら道を歩いていると後ろから声をかけられた。振り返るとちまっとした可愛い女の子が立っていた。
あら、なにこの子。可愛い。一番は千鶴だけど、この子もなかなか。
え?違う違う。レズじゃないよ?可愛いものが好きなだけ。
「そうですわ。あなたは?」
「斑鳩あすかと申します。あの……私、雛乃さん……あ、有馬さんの友人なんです」
あぁ、有馬君の妹さんの。ってことは初等科の一年生か。どうかしたのかな?
「私に何か御用かしら?」
腰を屈めて可愛らしいお客様に微笑んだ。
あ~癒されるわぁ~。さぁ、なんでも言うがいいぞ?お姉さんが持てる全てを使って叶えてあげよう。
「あの!私、私っ!好きなんですっ!」
「…………まぁ」
ちょっ!告白されたっ?告白されてしまったっ!?どうしよう!モテてヤバイ。鼻血出そう……ティッシュどこ~!
「だからお願いします!雛乃さんのお兄様を好きにならないでください!」
「………ん?」
「え?」
…………あー、いや、うん。ごめんね?お姉さんめちゃくちゃ恥ずかしい勘違いしてた。ホントごめんね?最近色々と追い詰められててね?自分に都合のいいように解釈してしまったんだよ。
あー恥ずかし。
有馬君ね。なるほどね。うん、いいよね、彼。
「……詳しくお話したいから少しいいかしら?」
もう授業も終わってる頃だしね。
斑鳩さん…明日香ちゃんと呼ばせてもらうよ?明日香ちゃんも頷いて私の後ろにくっついてきた。
場所は例の誰も来ない薔薇園だ。乙女の秘密を話すのにあそこ以上にふさわしい場所はない。
……………なんていうか雛鳥が親鳥の後をくっついて歩いてるみたい。あー可愛すぎる。どうしよう。お持ち帰りしてもいいかしらん?