戦の咆哮(ウォークライ)
――第二一八小隊側
「すごい、圧倒的じゃないか『シラヌイ』は」
「援軍がなくても俺らだけでいけるんじゃないか?」
『アカツキ』の搭載するリュウジンノトモシビから放たれる圧倒的火力を前に浮かれる歩兵達。
しかし、ルーカスの表情は初めの期待とは裏腹に硬かった。
「バーグランド軍曹。こちらからも確認していますが、そちらでは敵兵を一人でも撃破できましたか?」
「いいや、1両か2両魔工車をぶっ飛ばしたくらいかねぇ。それも空っぽの。後はずっと空打ちだな」
「ふむ……」
バーグランドもルーカスと同じく声のトーンは低い。
ビューは首をかしげる。展開は一方的なはずなのになにがいけないのかと。
「敵も打つ手なしって事で硬直してるからいいんじゃないですか?」
「ビューさんの言う通りです。しかし、本来なら初手でそれなりの被害は出しておかないといけないところでした」
「それが隊を進めずに空の魔工車を走らせて囮を撃たせたって事は、敵が直前でこちらの手を看破したって事か。恐ろしく勘のいい奴がいると」
「ええ、そう思った方がいいと思います」
マグナートの意見に同意するルーカス。
「……敵さん、何か手を打ってくるかもしれねぇなぁっと」
リュウジンノトモシビを放ちながら話すバーグランド。
相変わらず着弾するのは敵ではなく岩壁。敵を釘付けにする事が作戦の主旨であるため、今の所問題なく成功はしている。いや、成功どころではなく大成功なのではないだろうか。なにせ五十で千を足止めしているのだから。
爆炎の後にもうもうと巻き上げる土煙り。
それはさっまでもよく見た土煙り。
だが、今回は土煙りの中で一瞬乱れが見えた。
「……お客さんが来るぜぇ」
いち早く察知したのはバーグランド。
ルーカスも確認を急ぐ。
土煙りを斬り裂き紅の風が踊り出す。
「紅の魔工鎧……『アパラージタ』」
飛び出したのは紅の魔工鎧。川の上流であるため傾斜があるが、それをものともしない≪紅蓮の疾風≫。
それは黒い装飾されたマントをなびかせて、疾風の如き早さで駆けあがってくる。
「そうか、クレア・クレイドル少佐が居たのか」
バーグランドがただ敵の名前を告げる、それだけで小隊の空気は重く張り詰める。
クレア・クレイドル少佐。没落貴族の出身でありながらその卓越した戦闘センスで若くして少佐に成りあがった帝国の女傑。特に魔工鎧戦においては並ぶ者はなく、百騎に相当すると言われている。
ビューも、名前を聞いたことあるこの武人。
刻々と死の風が近づいてくる様に生唾を飲む。
「確かに足は速いですが、まだ距離はあります。マグナート室長、敵の速度からみて砲撃は何回できそうですか?」
「おおざっぱだがギリギリ三回だな」
「わかりました。第二一八小隊交戦準備っ! 第三観察部は撤退の準備をはじめてください」
「わかった」
ルーカスの指示に頷いて返すと、マグナートは撤退の準備をはじめる。
「そんな……、みんなが戦うのに逃げなきゃならないんですか?」
「聞き分けろビュー。ここで俺達ができる事はなにもない」
「でも、でも……」
マグナートの正論の前に唇を噛みながら俯く。
「お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが優しいのはわかるがぁな。戦場ってのはいかに戦力をうまく発揮するかってのにかかってんだよ。
俺達は今戦う事が戦果を一番発揮できるんだ。
そして、お嬢ちゃん達みてぇなやつらが戦果を発揮するのはここじゃねぇ。公都に戻ってから発揮できんだよ。でねぇと、今まで取ったデータが無駄になるだろう?
無事に生きて帰れよ。それがお嬢ちゃんの戦場ってやつだ」
「……すいません。ありがとうございます」
バーグランドの言う通りだ。
目に涙をこらえながら『シラヌイ』に頭を下げる。
「第三魔工兵器観察部さんが逃げるくらいは耐えてみせまさぁ」
「おめっ、女の子いるからって調子のってんじゃねぇぞ」
歩兵の一人がガッツポーズをとって話しかける。
それを隣の魔工鎧の兵士がからかった。
陽気な青年達。もうすぐそばに死地が迫っているのに、なんて強いんだろう。
ビューは自分の弱さに頬をぬらす。
「いくぞビュー。ここからは俺達が居ると邪魔になる」
「……はい」
『シラヌイ』を乗せてきた時のものとは違う小型の魔工車にバーグランドと乗り込む。
「泣かないでくださいビューさん。私達もただ死ぬつもりはありません。もう援軍が来るでしょうし。クレア・クレイドル少佐が百騎に相当するとはいっても、我が小隊は一騎当千でありますからね」
そう言って見送ってくれるルーカス。表情は魔工鎧で見えないが、きっと爽やかな笑顔だろう。
ビューはそれにただ頷いて返した。
◇◆◇
≪紅蓮の疾風≫クレア・クレイドルの駆る『アパラージタ』が迫る。
「リュウジンノトモシビ、目標『アパラージタ』。発射っ!」
カールマンの号令。リュウジンノトモシビから轟く射出音。飛来する五つの火球が『アパラージタ』を狙う。
しかし、それを見切る『アパラージタ』は火球の間を軽々とぬってをかわす。
「点の攻撃で当たるなんて思わないで欲しいねぇ!」
クレアは独りごちりながら通信をカールマンにつなげる。
「おい、カールマン少佐。デカブツの攻撃を引き付けてる間に本隊を進めちまいな」
「……ふん、言われるまでもない。僕もそう思っていたところだ」
ああそうかい。文句の一つでも返してやりたいところだが、クレアはここで通信を切る。
つくづく人を不愉快にさせる男だ。しかし、今のクレアの機嫌は良かった。なにせあんな魔工鎧は初めて目の当たりにしたのだから。
それに周りにいる小隊もまた面白い。≪紅蓮の疾風≫の二つ名を得たころから、だいたいの小隊規模ならクレアが単騎で突撃してきたところで逃げ出したり、取り乱したりしていたものだ。
しかし、あの小隊の落ち着き方はどうなんだろう。まだ隠し玉があるのか?
クレアは興味をひかれるとぺろりと唇をひと舐めする。
クレアが興奮しながら駆けるところにまた、魔工砲が飛んでくる。
「だぁから、アタシを――。なにっ! 足元かっ!」
とっさに跳ねる『アパラージタ』。すんでの所で爆風を逃れる。
確かにあれなら直撃は関係ない。
クレアも一瞬ヒヤッとするものを感じた。
「歩兵隊、一斉掃射」
空中にいる『アパラージタ』に向けて放たれる数十の炎の矢。点ではなく面で『アパラージタ』を狙う。
「オラァ!」
『アパラージタ』は両手剣に魔力を込め抜きざまに空を叩き斬る。その両手剣に込められた風の魔力が矢を全て叩き落とす。
「歩兵隊後退。全魔工鎧、突撃!」
続けざまに着地する前に十騎の魔工鎧が突撃してくる。
一騎の魔工鎧が両手剣で『アパラージタ』を横に薙ぐと、『アパラージタ』は空中で前転するとそのまま魔工鎧を蹴りつけて反動で距離を取る。
息もつかせず次々と斬りかかってくる公国の魔工鎧。しかし、『アパラージタ』はそれぞれを寸前で避けると一太刀で魔工鎧を切り捨て戦闘不能に陥らせていく。
「これ以上はっ!」
炎の剣を持つ魔工鎧。ルーカスが『アパラージタ』に斬りかかる。
『アパラージタ』は両手剣で受け止め弾き返す。
「隊長騎かい。少しは骨があるんだろうね」
「……どうだろうね」
ルーカスは一言だけ答えて盾を構えると、そのまま突撃する。
「盾なんか意味があると思うなぁ!」
「元からあるとは思っちゃいないっ!」
盾をほおり投げるルーカス。炎の剣を両手で持つとすぐ横から斬りかかる。
「甘いねっ」
『アパラージタ』は炎の剣の柄を蹴って真後ろに飛ばすと、そのままショルダータックルをぶちかます。
「がはぁっ」
岩壁に飛ばされるルーカスの魔工鎧。
そのルーカスと『アパラージタ』の間を火球が飛んでいく。
「味方を巻き込む気か? 狂って――。違うっ! しまった!」
はるか後方で爆炎が上がる。
リュウジンノトモシビが狙ったのは『アパラージタ』ではなく帝国軍本隊。
主力部隊はほとんど渡りきっていたが帝国軍には少なくない被害が上がっていた。
「やってくれたねぇっ。ぶっつぶすっ!」
「ぐっ、……お前の相手はまだ自分だぁっ!」
ルーカスが飛びかかるように斬りかかる。『アパラージタ』は間合いを見切り寸前でかわすと、足を斬り払い剣の柄で殴り、地面に叩きつける。
「がっ……」
衝撃で気を失うルーカス。
「なかなかだったよ」
『アパラージタ』は両手剣を横たわるルーカスに向けて構える。
「だけど、今度はしっかり止めを刺してやるからさ」
「――そいつぁ、ちょっと勘弁してやってくれや」
残像を残す勢いで一瞬で飛び退くアパラージタ。その残像を巨人の拳がかき消す。
「……ちっ、完全に不意を突いたの思ったのになぁ。伊達に二つ名持ってねぇかぁ」
「ふっ、ふふふ。あははははは、アンタ、格闘もできるのかい?」
「さあね。『シラヌイ』に聞いてくれ。ちょっと借りるぜ」
巨大な『シラヌイ』を前に高揚するクレア。近くにあった両手剣を拾い上げると片手剣のごとく軽く振るう。
「ふーん、でかいだけあってなかなかパワーもあるな」
「その魔工鎧『シラヌイ』って言うのかい。『シラヌイ』……アタシを楽しませてくれるのかいっ!」
地を這うように『シラヌイ』に襲いかかる『アパラージタ』。
そのまま足を擦るかの高さで足を薙ぐ。『シラヌイ』は剣を地に突き刺し防御する。
『シラヌイ』はそのまま地面をえぐり上げると、地を這う『アパラージタ』の近くを踏みつけてけん制する。
「さすが、≪紅蓮の疾風≫、えぐいねぇ。デカブツをやるにはまず末端からってか? とっさに対人から対魔竜みてぇな戦法とれるかね」
「はん、それを防ぐアンタも大したもんじゃないか」
「スピードはともかく思いのほかレスポンスがよくってなぁ。じゃ、こっちの番だなぁっと」
手に持つ両手剣を『アパラージタ』の足元に投げつける。
『アパラージタ』は跳んで回避すると、『シラヌイ』はルーカスの炎の剣を手に取り魔力を込める。
燃え盛る炎の剣を振り上げた。
「着地間際も確か、蹴って軌道修正してやがったなぁ。じゃあ、地面に足をつけてからならどうだかなぁっ」
バーグランドはそう言うと、『アパラージタ』の着地の瞬間を『シラヌイ』の巨人の一歩を持って踏み込んで斬りかかる。
「……ふっ」
『アパラージタ』は着地のまま膝まづき、頭上に両手剣を斜めに構えると絶妙な加減で『シラヌイ』の必殺の一撃を両手剣を滑らすようにして受け流す。
『シラヌイ』の一撃が地面を割って炎の剣がめり込むと、割った地面から炎が噴き出す。
「あーあ、これもダメかよ。……しかし、思ってたよりも結構繊細な剣を使うんだな」
クレアは一瞬キョトンとすると、不思議な高揚感を感じて笑いだす。
「ふふふ、あははは。繊細だって? 初めて言われたよっ! ……もしかして口説いてるのかい?」
「けっ、冗談言いやがれっ!」
『シラヌイ』が炎の剣を手放しそのまま『アパラージタ』を蹴り上げる。しかしその足は空を切り、そのまま『シラヌイ』の足に乗って跳ぶと、くるりと翻って着地する。
その間に『シラヌイ』は別に両手剣を拾い上げる。
「アタシは、……結構本気なんだがね。『シラヌイ』よりも断然アンタに興味が出てきたよっ!」
『アパラージタ』が飛びかかって斬りかかる。『シラヌイ』は難なく両手剣で受け止める。
「……なんだ、今度はずいぶん雑じゃねぇか」
「……アンタ、名前は?」
「ジェフリー・バーグランド。階級はしがねぇ軍曹だ。覚えとかなくていいぜぇ?」
『シラヌイ』に振りはらわれて飛び退く。
「アタシとここまでやりあうアンタが軍曹? 公国の目は節穴なのかい? それとも将軍の女でも寝とったのかい? なんにせよありえないねぇ」
「ほっとけ、俺ぁ結構気軽で気に入ってんだ」
「……ジェフリー・バーグランド。いやさ、ジェフ。まじめな話、アタシと一緒に帝国に来ないか? アタシの事は知ってるんだろう? 帝国は腐ったような貴族の連中もいるが、実力で相応に成りあがる事もできる。帝国ならもっといい待遇で向かえてやれるぞ。そんで……」
『アパラージタ』が少しだけ剣の先を下げる。
「そんで、アタシの男になりなよ」
「何言ってやがんだ、おめぇも貴族様だろう。没落したとは聞いちゃいるが、今の功績がありゃいい奴ぁいっぱいいるだろうがよぉ」
「はん、そんなので話しに浮かぶ奴に男なんざいないねっ。アタシが睨んでやったらすぐ縮こまる奴ばっかだよ。……なぁジェフ、悪い話じゃないよ? じ、自分で言うのもなんだけど、ア、アタシ結構美人だよ?」
「……悪ぃな。俺ぁ嫁さん一筋なんだよ」
弾けるように飛び出す『アパラージタ』。猛烈な剣撃を『シラヌイ』に向けて繰り出す。
「はあああぁぁぁっ? 妬けるねぇっ! 妬けるねぇえっ! 妬けるねえええっ! これが失恋ってやつかいっ? 傷心ってやつかい? 苦しいねぇっ! 苦しすぎて、ジェフを八に裂いてでも無理やりモノにしてやりたいよっ!」
激しさを増す剣撃。それを全て『シラヌイ』は受け止める。
その様は、『アパラージタ』と『シラヌイ』がワルツを踊っているようでもあった。
「……なんだぁ、結構かわいいとこあんだな」
「かわいいとか言うなぁぁぁぁ! どうしたらいいかわからないだろうがああああっ!」
ますます苛烈する『アパラージタ』と『シラヌイ』のワルツ。
しかし、それをカールマンからの通信の呼び出し音が水を差す。
「……なんだい? いいところだから邪魔をするんじゃないよ」
「クレイドル少佐、その魔工鎧は僕に任せて君は本隊と共にエルドランドへ向かいたまえ」
カールマンの耳障りな声が高ぶったクレアの心をさかなでる。
「はあああっ? ふざけるなっ!」
「ふん、ふざけてるのは君じゃないかね。僕がこの隊の指揮官だ。僕に逆らえば軍法会議ものであるよ? よくよく判断したまえ」
カールマンの通信がそこで切れる。
カールマンの思惑は至って簡単。クレアから『シラヌイ』の撃破又は捕獲の戦功を掠め取りたいだけだった。
「くそったれがっ!」
『アパラージタ』は『シラヌイ』から飛び退くと剣を納める。
「なんだい。引いてくれるのかい?」
「……ああ、アタシの代わりにくそったれな奴が来るよ。そのくそったれな奴がうちの隊の指揮官だ、そいつをつぶせばうちは撤退するよ」
「うーん。おめぇ、そりゃ言っちゃまじぃだろうがよ」
「はは、ははは。ホントにそうだよな。アタシなにやってんだろ。
……なぁジェフ、また会えるかな?」
「存外すぐ会えるだろうよ。……人を殺し過ぎた俺達が行きつくとこなんざぁ。まぁだいたい決まってるもんよ」
「……そうだな」
『アパラージタ』はマントを翻し踵を返し疾風の如く去っていく。
その後ろからはカールマン率いる部隊が押し寄せてくるのが確認できる。
『シラヌイ』はクレアに撃退された魔工鎧を一瞥する。
「ざっと見て、生きてそうな奴は半分くらいかねぇ。あれがこっちまできたら確実に狩られるか……。どいつもこいつも若ぇ奴ばっかだったなぁ……。歩兵班いるかい?」
「……はい、こちら損害なし」
歩兵班に通信を開くと班長と思わしき若い男の声が返ってくる。
「そいつぁよかった。じゃあ、俺ぁつっこむから後頼むわ」
「わかりました。歩兵班、抜剣っ! 軍曹に続いて突撃を敢行するっ! 突撃用意っ!」
歩兵班は一斉に剣を抜き掲げる。
「あー。違ぇ。後頼むってのは俺に続けって意味じゃねぇんだ」
「何を言います。ルーカス・アルバ少尉に続き、我々も覚悟はできています」
「その、ルーカス・アルバ少尉だがぁ。生きてる可能性がある。他の魔工鎧のやつらもだ。助けてやってくんねぇか? その代わり俺が『シラヌイ』のデカイ図体使って壁になってやっからよぉ。ついでに指揮官つぶしてくらぁ」
バーグランドによりルーカスの生存の報。
歩兵班は一斉にどよめく。
「隊長生きてるのか? 助かるのか?」
「だが、中隊規模が近づいてきている、どの道無理だろう。だったらバーグランド軍曹と一緒に散ってやろう」
「いやまて、逆に俺達が居ると邪魔にならないか? バーグランド軍曹は≪紅蓮の疾風≫と互角にやりあってたんだ、散るどころかいけるんじゃないか?」
「……そうかもな」
班長は腕を横に突き出して歩兵班を黙らす。
そのまま『シラヌイ』に向かって敬礼をする。
「歩兵班は、隊長以下魔工鎧兵の救命にあたります」
「勇気と理性ある決断に感謝する。じゃあ、いってくらぁ」
「いってらっしゃい。ジェフリー・バーグランド軍曹」
歩兵隊の全員も班長に続き『シラヌイ』に敬礼をする。
「じゃあやりますかね『シラヌイ』、いっちょ守るための戦いってやつを」
『シラヌイ』は炎の剣を右手にもう一つ両手剣を左手に握る。
「行くぜぇ――。ウオオオォォォォォォッ!」
巨人は戦の咆哮を上げて帝国の荒波に向かっていった。