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ある世界の「公国の第三魔工兵器観察部」  作者: 野生の南瓜
EXA-101R シラヌイ
7/11

≪紅蓮の疾風≫


 どこか現実でないような空間。足首まで水につかっているが、足をあげてみるとまるで濡れてはいない。

 空間の入り口は滝が水龍の如く流れ落ちる。だけど、その滝の音はこの祠には一切入ってこない。

 すぐそこにあるものはすぐそこに無いように。現世でなく幻世であるかのように。

 その静かな静かな空間にこだまするのは水滴の音。岩の天井から滴る水滴が水面に落ちると、一連の音楽のように音色を変える。


「水の祠……、不思議なところですね」


 祠。それは力を失ったダンジョンの成れの果て。そのダンジョンではかつて多くの魔物や冒険者が生という役目を終えて行く。それはやがてダンジョンにも訪れた時、そこは精霊の住処である祠となり崩壊する。ゆっくりゆっくり崩壊する。

 水滴が奏でるのはその役目を終えたものに送る水の精霊の鎮魂歌。

 ビューはその自然の奏でるレクイエムに心地よさを感じ、浸る。


 しばらく自然の音楽にたゆたうと、ふとビューの目に留まる。

 ビューの近くで水の精霊が心配そうな雰囲気で『シラヌイ』、その他の魔工鎧を見ていた。


「ごめんなさい。すぐに出て行きますから」


 申し訳なさそうに小声で言うと、精霊は軽く顔を横に振るとスッと姿を消す。小さくビューの肩がほんのり光って肩がほぐれたのを感じた。


「ふふ、ありがとうございます」

「こちら中継、偵察より敵偵察部隊の撤収を確認。と言うより途中で引き返したかの模様との連絡が入りました」


 ビューが水の精霊にお礼を言うのと同時に通信石から声が響く。


「本隊了解です。ふむ? なんだかよくわかりませんが僥倖です、悠々と準備させていただきましょう。では、第ニ一八小隊は狙撃ポイントにて陣を構築します。進軍っ!」


 ルーカスの声がする魔工鎧が波打つ剣の魔工兵器炎の剣(フランベルジュ)を掲げると剣は赤く染まる。赤く染まった剣をそのまま振り降リ下ろすと、滝が真っ二つに割れる。魔工鎧隊は続々とそして粛々とその滝の隙間から飛び出していった。



 ◇◆◇



 狙撃地点にてリュウジンノトモシビを展開する『シラヌイ』。静かに白い燐光を脈動させ座する。


「こちら中継、偵察より敵偵察隊のB本隊との合流を確認しました」

「了解ですバーグランド軍曹。準備はいいですか?」


 白の脈動は力強くなる。


「いつでもいいぜぇ」

「第一射っ! 発射っ!」


 号令と共にリュウジンノトモシビから火球が五つ飛び出す。

 飛び出した火球が見えなくなるほど小さくなった瞬間、刹那の間が空く。

 ――轟音と業火が調和し幕を開けると、岩壁が崩落、土煙を巻き上げ踊りだす。


「リュウジンノトモシビ着弾。岩壁の崩落を確認しました」

「……これが『シラヌイ』。すさまじい威力です。……いけますっ。これならやれますよっ」


 『シラヌイ』の強大な力の前にルーカスは作戦の成功を確信したのだった。



 ――帝国側



 豪華な装飾を施した剣を腰に携え、絢爛なマントを纏う金髪の若い男の前に、兵士が駆け足で寄る。


「カールマン少佐、偵察隊の撤収完了しました。しかし、よろしいのですか?」

「……ふん、よろしいのだ。公国軍は陽動隊の方に釘付けだと言うのに、これ以後偵察など不要である。全軍に伝達、行進速度を最大に、エルドランドをさっさと制圧する」

「はっ! 了解しました」


 兵士は敬礼して立ち去る。すれ違いに長身で燃えるような赤い長髪の女性がカールマンに近づいてくる。


「ずいぶん急ぐんだねぇ」


 ぶっきらぼうに言葉を投げかけられるとカールマンは軽く鼻で笑う。


「僕はこの作戦で男を上げなければならない。父上にもそう期待されてここを任されているのであるから」

「しかしねぇ――」

「おっと、あまり口を挟まないでいただこう。今回は貴女の意見を借りずに成功させることに意味がある。百戦錬磨と言われる≪紅蓮の疾風≫クレア・クレイドル少佐が居たおかげだと言われてはかなわない」


 カールマンは自分の髪の先をいじりながら傲慢な笑みを浮かべる。


「そうはいうが――」


 クレアがカールマンに対して大きくため息をついて苦言を呈そうとすると、ズズンと低い地響きが体を突き抜ける。


「今日はよく言葉が遮られるねぇ……」

「ど、どうした。地震か? 敵襲か? ててて、偵察は何をしていたっ」


 クレアがガシガシガシと呆れたように後頭部を掻く前で、カールマンは腰を引かしながらうろたえる。


「土煙りが上がっている。岩盤の崩落か何かだろう……」

「そ、そう。僕もそう思っていたところだったのである。大方風化かなにかしたのであろう、はっはっは」


 クレアはこれでもかと冷たい視線を浴びせる。だが、それにも気がつかず高らかに笑うカールマン。

 クレアは諦めたように視線を外すと若い兵士が駆け足で駆けつけて来た。


「報告しますっ! 岩盤が崩落いたしましたっ」

「そんなものはとっくにわかっている。つまらない事で僕の耳を汚すな、さっさと進軍するがいい」

「はっ! 申し訳ありません。しかし、崩落した所が進行ルート上とみられまして……」

「……え?」


 きょとんとした顔をして沈黙するカールマン。そのままクレアに視線を滑らす。

 クレアはカールマンが不測の事態に完全に思考停止している事を察してかわりに指示を出す。


「ただちに崩落の具合を確認しろっ! 程度が多少であれば同時に進行できるように地ならしもしておけ」

「はっ! 了解であります。クレイドル少――」


 カールマンが手のひらを広げて前に突き出すと兵士の発言を遮る。


「さすがであるな、クレイドル少佐。僕とまったく同じ事を思っていたようだ。

 だが、僕を差し置いて指示するのはいけない。命令系統は一本化しておかないと兵が混乱をするであろうからな。そこの君、今の指示は僕が出したと言う事にしておいてくれたまえ」


 カールマンは髪の毛を掻きあげると自信たっぷりな笑顔を兵士に向ける。


「はっ? はぁ……。失礼します」


 兵士は目を点にしながらも踵を返して去って行った。


(血に縋りついてる貴族ってやつは……。えらいやつの子守をしなきゃいけなくなっちまったもんだよ)


 クレアはカールマンを一瞥してから崩落現場の方へと足を向けた。



 ◇◆◇



「状況はどうかい?」


 クレアの威勢のいい声が崩落のあった現場に響き渡る。現場指揮官と思われる兵士がクレイドルにすぐに駆けより敬礼をする。


「はっ! クレイドル少佐。どうやら派手に土煙りを上げただけのようで崩落具合は軽いようです。撤去作業も間もなく完了し、進軍に支障はありません。ただちに進軍再開するところであります」


 報告を終えた兵士が敬礼の腕を下ろす。


(土煙りを見る限りは結構なもんだったけどねぇ。確かに崩落は大したことがないが)


 クレアは一度見まわしてから頭を横に振る。


「いや、一旦全軍停止するんだ」

「はっ! 了解でありますっ! 先頭進軍やめっ!」


 現場指揮をしていた兵士の声により隊の進行が止まる。


「……どうも変だねぇ」


 クレアは腕を組んで頭をひねる。

 この崩落現場にはどこか違和感を感じさせる。自然ではないなにかが……

 そう思案していると背後からカールマンの声が飛んでくる。


「なぜ止まっているのであるかっ! 誰の指示で止まれと号令がかかった!」

「アタシの指示だよ」


 顔を真っ赤にして兵士たちに怒鳴りつけるカールマンにしれっと答えるクレア。


「どういうつもりだっ! ええい、もういい僕が指揮権を握っているんだ、全軍――」

「待ちなっ! 早漏すぎる男は嫌われるよっ」

「なっ! なんと破廉恥なことをっ。だいたいクレイドル少佐は常々レディーとしての――」

「そこの、ちょっと来てくんな」


 わめきたてるカールマンを無視して近くの兵士を呼び寄せ、耳打ちする。


「はっ! ただちに準備いたしますっ」


 兵士はクレアに対して敬礼をして立ち去ると、すぐに魔工車にのって戻ってきた。


「よっし、変われ」


 クレアは魔工車に飛び乗ると、操縦していた兵士をつまみ下ろすようにして下車させる。


「オラオラっ! こいつに轢かれたくなかったら道を開けなっ!」


 威勢のいい声と共に兵が退き道が開く。とたんにクレアは操魔石に魔力を全力で込めると、一瞬車輪が空回りしてから飛び出すように加速させる。

 魔工馬車がトップスピードにのり隊列の最前列までいくと、クレアは操魔石から手を離し、猛スピードで走る魔工馬車から身を投げ出した。

 クレアは空中で翻り巧く威力を殺して膝をついて着地する。同時に魔力の供給が断たれて余力で走りだす魔工馬車を見守る。


 勢いを殺せずにそのまま突き進む魔工車。それが崩落した岩壁付近を通り過ぎる――

 わずかな光の筋の後に豪速で飛んでくる火球。

 ――着弾、――炸裂、――爆発。

 一瞬にして爆炎に飲み込まれる魔工車。その轟音が帝国軍の全身をひと撫でして煽る。


 カールマンは身をガクガクと震わすと叫ぶ。


「て、敵襲ーっ!」

「敵襲っ? あの爆炎……、敵は何人だ? 大隊なのか?」


 軍もカールマンにつられるように騒然とざわめきだす。

 クレアはその場で大きく息を吸いながら立ち上がる。


「浮足立つなぁっ! 敵の足音や戦の咆哮(ウォークライ)がしないだろうがぁっ!」


 クレアの迫力のある声を自身の背中越しに全軍に轟かす。一同は平静さを戻し静まり返る。


「お前たち、まずは冷静になれ、熱くなるのは敵を食い散らかすときだけだ。これは狙撃だ、それも足止めの意味が大きいだけのな」


 凛として振り返るクレア。混乱を極めていた兵たちの気持ちがキュッと引きしまる。


「魔工鎧の性能がどうのこうの言ったって戦いにおいて一番有効な戦術は数で上回る事なんだよ。だが、敵は姑息な狙撃を選択してやがる。つまり、敵はアタシ達より数が少ないからこっちに突撃できないって事だ」


 クレア一度兵達を見渡す。兵達の瞳に、動揺の色を宿したものはもう一人もいない。


「勇敢なる帝国の兵士たちばっかりでアタシは嬉しいよ」


 満足げに一度頷くと、黒の装飾されたマントを翻し腰に差した剣を抜いて掲げる。


「剣を掲げよっ! 我らは勇猛なる帝国兵。矮小なる公国など恐るるに足りんっ!」

「「オオオオオォォ!!」」


 一様に剣を掲げ鬨の声を上げる帝国兵。

 帝国兵の士気が一気に高まり頼もしく、そして嬉しく思えるクレアは仄かにその余韻に浸る。


 その横から手をパンパンと叩き余韻に水をかけると、薄らと笑みを浮かべながらカールマンが出てきた。


「素晴らしい演説だったであるな。後は僕に任せると良い。今度は僕の手腕をお見せしよう」


 何食わぬ顔でクレアを押しのけるカールマン。


「さあ、諸君。まずは情報を集めよう、情報を集める事が戦いを制すのである」

(言ってることは間違っちゃいない。間違っちゃいないが……)


 クレアは大きく振りかぶって拳を握る。


(腹が立つっ!)

(ま、まぁまぁ少佐。ここはひとつ)

(なにとぞなにとぞ)

(ひぃぃぃ、力が強すぎるっ)


 後ろから力いっぱい殴ってやろうとするクレアを不穏を感じた衛兵三人が、カールマンの脳天直前みずぎわで必死に押さえるのであった。



 ◇◆◇



 定期便がくると爆炎が土を巻き上げ辺りは煙る。

 あれから、公国の砲撃はこちらが囮を出そうが出すまいがかまわず砲撃を続けている。ルーカスの作戦は功を奏しカールマン少佐率いる帝国軍は今だ一歩も進めていなかった。

 いらだちが頂点に達し天幕の中をウロウロしながら唸るカールマン。クレアも足を組んで椅子に座るとトントントンと机を指で叩く。

 そのカールマンの元に兵士が駆け付ける。


「解析終了いたしました」

「まったくもって遅い。僕は大変機嫌が悪いが、これ以上の時間のロスはできない。さっさと報告したまえ。そしてただちに反撃に移る」

「はっ! 敵の砲撃は距離五千付近と断定しました」

「五千? はあ? 何の冗談であるか? 僕が今時間のロスをできないと言ったそばから……。

 そんなもの固定砲台でもなかったらありえないであろう。父上――、カールマン将軍から聞いた先月の調査ではそんなものはなかったはずである。そんな短期間に、こんな辺鄙なところにフォートレスでも建築されていたと言うのであるか?」


 カールマンに鼻で笑われるも、兵士は表情を変えずに続ける。


「いえっ、固定砲台ではなく一騎の魔工鎧です」

「……は? 魔工鎧? それも一騎? であるか」


 カールマンは口を開けて惚けているとクレアが口の端を上げながら立ち上がる。


「はん、おもしろいねぇ。本当に一騎でなのかい?」

「はい、あの砲撃はこの一騎の魔工鎧のみです。……もっとも、見た目は普通の倍ほどの大きさはありますが。

 あと、護衛だと思われる数騎の公国の量産型魔工鎧が見られます。おそらくは小隊以下の規模かと」


 カールマンはよろよろと力なく椅子に座る。


「五千……、こちらの砲撃などせいぜい千だと言うのに……、数で押し切ろうにもあの砲撃じゃ部隊の半分は……、そんなに部隊を失っては僕は責任問題ものだ……。たかが小隊相手に、僕はなんて運がないのであるか……」


 真っ青な悲壮感に満ちた顔でぶつぶつと呟く。それとは対照的にクレアの瞳はギラギラと輝いていた。


「ふふふ、あははは。あっはっはっは、そうかいそうかい。すごい魔工鎧もいたもんだね。ふふ、興奮してきちまったよ。小隊規模か、ならアタシが単騎で押さえてやる。

 おいっ、アタシの『アパラージタ』を三分、いや二分で準備しなっ」

「はっ!」


 兵士は敬礼をすると、クレアと一緒に足早に天幕を出て行った。


「そうか、そうであるな。こちらには≪紅蓮の疾風≫クレア・クレイドル少佐がいるではないか。……ククク、アハハハハ、僕はなんて運がいいんだぁ」


 ただ一人残されたカールマンの不気味な笑い声が天幕に響いているのであった。




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