その3
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「はいどうぞ、野戦食にちょこっと手を加えただけですけどね」
「ちょこっとってぇ……、おいおい俺ぁ結構野戦食食ってるが手ぇ加える元のがわかんねぇぜぇ」
口ぶりとは逆に胸を張って鼻を高くするビュー。テントの下でバーグランドの前にそこらのシェフ顔負けのメニューが広がる。
バーグランドはスープから手をつける。一口口に含むと感嘆の声を上げて目を丸くした。
「こりゃうめぇやっ! ふんふん、ちょいっと変わった味付けだな。公王都でも地方でも食った事がねぇ感じだ」
「母が遠い異国の人ですから。そのせいでちょっと若く見られがちですけどね」
ビューは照れるように頭を掻くと、バーグランドの食事の手が一瞬止まった。
どうかしたのかと声をかけようとするビュー。
「……そっか、母ちゃん仕込か。へへへ、そりゃいいなっ」
だが、声をかけるより前にニカッと笑うバーグランド。
ビューはその笑い方に少しだけ違和感を感じる。しかし、次々にうまいうまいと手をつけていくバーグランドを見て思い過ごしかと判断する事にする。それよりも聞きたい事があるからだ。
ビューは椅子に座るとバーグランドの目をじっと見据えた。
「……軍曹、少し質問してもいいですか?」
改まったビューの態度に食事の手を一瞬止めて首をかしげる。
「『シラヌイ』の事か? それがお嬢ちゃんの仕事だろうよぉ? なぁんでも聞いてくれよ」
「あ……、えっと。『シラヌイ』に魔力を出力する時に何か変なところはありませんか?」
「あれなぁ、変わった感覚だよなぁ。若干の喪失感っちゅうやつかねぇ? 力を持ってかれる感じはあったが別にいけなくはねぇ」
一瞬言い淀んだビュー。
バーグランドはふっと笑うと、手を見つめ握ったり開いたりする。
「力を持ってかれる感じ……ですか」
「操魔石がゆっくり赤く光った時によ、こう『シラヌイ』が素っ気ねぇアナウンスとは別にこう言ってきやがる気がするんだ。
「こっちは準備がとっくにできてる。はやく俺を握れ」ってよぉ。
そんで握ってやったら俺の魔力を一気に吸い取りやがるんだ。赤い点滅が早くなってまるで鼓動を早くして喜んでやがるみてぇにな。
『シラヌイ』が腹いっぱいになったら今度は「敵はあれだ、早くぶちかませ」って目標の映像を俺に送って急かしやがる。それで打ち終わったら満足しやがるのかその光がふわっと消えるんだ。「今はこれくらいにしといてやる」ってな。
射撃の間隔のあれはインターバルなんかじゃねぇ、リロードだ。俺っていう弾丸のなぁ」
カラカラと笑いながらパンを握り齧るバーグランド。
しかし、ビューには悪寒が走る。この言いようのない不快感はなんだろうと言葉を探した。
その間もバーグランドは続ける。
「伝説の魔剣やら妖刀っていうやつぁああいう感じなのかもなぁ。
俺ぁ、魔力と腕っ節には自信あったからよぉ、最初は傭兵、嫁さんもらってからは兵隊やっててな。そりゃあ山ほど武器も魔工兵器も見てきたし使ってきた。
けどよぉ、『シラヌイ』は使うじゃねぇんだな。俺が『シラヌイ』に使われるってほうがしっくりくるかもな」
使われている。
バーグランドはさらりと言うが、この言葉にビューは引っかかる。
道具とは使い道を定められたものであり、使うから道具なのだ。そして『シラヌイ』は道具である。敵を撃滅するという使命を与えられたものだ。だから道具に人が使われるって言うのは矛盾している。
だが、現実に『シラヌイ』を着装したバーグランドはこの感想を述べている。
ビューはさらに思考を深める。
それはごく自然に? 疑問の余地もなく?
自然に人を道具である事を強要しているのか? これは設計者が偶然作ったものなのか、それとも……
「なんにせよ、あの威力だ。『シラヌイ』ってなぁ大したもんよ。ごっそさんっ、うまかったぜぇ」
「……あ、はい。おそまつさまでした」
「どしたぁ? どっか具合でも悪ぃのかい?」
料理をたいらげたバーグランドの前で顔を青くして俯くビュー。
バーグランドが心配そうにこちらを見ている事に気がつくと、あわてて両手を振って否定する。
「いえっ、大丈夫ですよっ。あのっ、それより軍曹はどうしてテストパイロットに参加したんですか?」
「どうして? うーん、どうしてって言われても金かなぁ。魔工兵器の実験術士ってやつぁ結構な人気があってな、普通なら志望者がわんさか集まるんだが、こと『シラヌイ』に関しては誰もいなくってよ。そのおかげで報酬が跳ねあがってたからな」
「え? 誰もいない? どうしてですか?」
「そりゃあ、『シラヌイ』だろうからよ。二年前の事を知ってたら受けたがらないだろうよ」
ビューはしばし沈黙をする。マグナートは公開していないと言っていたのに……。
それよりも、バーグランドは知っていながらと言う事になる事にもまた驚愕を隠せなかった。
「どうして知ってるんですか? ってぇ顔だな。ま、噂ってやつだよ。
新しい魔工兵器ってやつぁ俺達の今後にも大きく関わるもんだ、兵士はみんな関心があらぁな。
それに、考えても見てくれ。ひときわでっけぇ図体にさらにでっけぇ砲身。どこかしらで見かけたやつぁ印象が強烈だからまず覚えてらぁな。その実験に応募したと思われる同僚の不審死。緘口令しかれたんかもしれねぇが、人の口に戸は立てられねぇってやつかねぇ」
水を一口含むバーグランド。机に肘を乗せて身を乗り出した。
「噂を知ってるやつはみんなこういう。『シラヌイ』はゴメンだ。あんな死に方は兵士の死に方じゃねぇってな。
俺達ぁしがねぇ兵士だ。戦争の時にゃあ数ある駒の一つでしかねぇよ。だがよぉ、俺達にだってちっぽけなプライドがあるのよ。
国だろ――。
家族だろ――。
それに思い出――。
大事なもんはみんな違うかもしれねぇ。でもよ、その大事なもんを守るために戦士として勇敢に戦いてぇってやつはみんな一緒だ。
どいつもこいつもそんなプライドを腹ん中に据えて、そん腹ん中から声出して戦いに突っ込むんだよ」
腕を組んで満足げに離す。しかし、疑問が残る。
「それだとバーグランド二曹だって嫌ではないんですか?」
バーグランドは得意げに俺達と言った。すなわちバーグランド自身も含まれているはずである。であるとするならば、やはりバーグランドが志望したのもどこかおかしいのではないか。
ビューは眉を顰めてバーグランドを見る。
「俺ぁ、別にかまわねぇ。こいつは二人の娘のために出した答えだ」
バーグランドは笑う。澄み切った秋空のように。
そして、ロケットペンダントを開いて見せてくれた。
そこにははにかむように微笑む少し癖毛の精巧な女性の絵があった。
「こいつぁ俺の嫁さん、イネスってぇんだけどな。イネスは俺ぁにゃもったいねぇくらい別嬪だった。けどよぉ、体が丈夫じゃなくてよぉ。二人目の娘を産んだら物心がつく前に逝っちまった。まっ、病弱なわりに二人も産めたのがスゲェけどな」
愛おしげにロケットを自分の手中で眺めると、少しだけ照れたように頭を掻く。
「俺ぁそんなイネスが命がけで遺してくれた二人の娘のために俺ができる事ってやつを考えてみたんだ。
俺ぁ傭兵やって、今は兵隊やって、俺ができるこたぁ正直人の壊し方くらいのもんさぁ。親としてなんかしてやれたかって言っても、あいつらは俺が遠征に行ってる間もすくすく育ってんだぁ――。
親がいなくても子は育つったぁよく言ったもんでよ、帰ってくるたんびにイネスみてぇに……いや、それ以上に別嬪になってぇいきやがる。特に下の娘なんかそっくりなんだぜぇ。
上の娘もよぉ、イネスが残したレシピでどんどん料理がうまくなっていくんだ。イネスがちゃんと料理を教える前に逝っちまったから最初なんかまっ黒けだったのによぉ」
顔を破顔させて二人の娘の事を身を乗り出して語るバーグランド。
ビューはバーグランドの父としての愛と一緒に、先程の違和感の正体を知る。
イネスは母の味を子に伝える事が出来なかった。下の子に関しては味の記憶を残す事も出来なかったのかもしれない……
母が料理を教えてくれたのはごくごく当たり前の事だと思っていた。
でも、改めてそれはとても尊い物だと母に感謝した。
「娘達を守ってやる事。俺に出来る事ぁそれくらいだ。そして、それは『シラヌイ』に詰まってたのさぁ。
『シラヌイ』はスゲェ。こいつが量産されりゃあ帝国も尻尾巻いて逃げやがるだろう。そしたら戦争もすぐ終わる。仮にこの『シラヌイ』が失敗してもよ、開発屋ってやつぁしぶてぇからよ。これを生かして新しい魔工兵器
を作るだろ? そしたらそれが結果的に娘を守ってくれるんだ。
で、戦争が終わったら金だ。今度はこの『シラヌイ』の実験でもらった金が娘を守ってくれるんだ。
だからよぉ、俺ぁ別にこの実験で死ぬ事ぁ恥だとも思っちゃいねぇ。
全部、俺のいっとう大事な娘達を守るために繋がってんだからよぉ」
バーグランドはやさしい笑顔と瞳に決意を宿す。
ビューが見る限り、バーグランドの娘の将来を思うその姿に、バーグランド自身の姿はなかった。
でも、それでいいと……。
『シラヌイ』に取り込まれるまでもなく、自身を『道具』にやつして消耗しても構わぬと……。
「すごいです……」
「俺ぁすごかぁねぇよ、普通さぁ。すげぇのは『シラヌイ』みてぇなのを作っちまうお嬢ちゃん達だな。結局俺も死にぞこなったしな」
少しおどけた表情で首をすくめる。
文字通り命をかけていたにもかかわらず、普通と言い切るバーグランドにビューは委縮する。
「私をいれないでください。私なんかまだ何も……」
「じゃあ、これからすげぇの作ってくれんだろ? せっかく死にぞこなったんだ。自慢させてくれよな。俺ぁあのビュー・オブザーブの初任務に行ったんだぜ、それに料理もクソ美味かったってよ」
バーグランドの言うビューの成功に根拠はない。一研究者の前で根拠のない可能性など何も意味を持たない。それはビューも同じ事。しかしビューの中から溢れる何かは笑みとなって反映した。
「根拠のない推論は困ります。信頼レベルが足りませんよ。……でも、ありがとうございます。私、がんばりますから。
あっ! だけど私の料理の話をするのに固形排泄物の名前を接頭語に持ってくるのはやめてくださいっ! 絶対ですよっ!」
「ガッハッハ、確かに言われてみりゃそうだな。わりぃわりぃ」
二人は和やかな雰囲気になって話しているところにマグナートの声が飛んでくる。
「ビュー、ここを撤収する」
「あっ、はい室長。わかりました。公王都に帰還するんですね?」
これで初任務も終わりと思い、少し緩んだ表情で魔工馬車に振り向くビュー。しかし、出てきたマグナートは顔を横に振った。
「いや、さっきガーヴィン将軍から通信を受けた。第三魔工兵器観察部は第〇七作戦区域に入り、現地第二一八小隊と合流。その後、作戦終了まで参謀部カルス・シュタッド将軍の指揮下に入る」
「……え?」
「戦場に行けと言う指令が出た。実戦にて引き続き『シラヌイ』の観察を続けろとの事だ」
「……戦場に行けと言う指令が、……出たんですか」
暗号?
ビューはマグナートの言う事をそのまま返す。
言ってる事はとても簡単なのに、その瞬間はマグナートが何を言っているのかわからなかった。
少しの間をおいてビューの体が小刻みに震えだす。
体が震えてから頭が理解した。
あぁ、これはそのままの意味だ。戦地に向かえと。
「――怖ぇか? お嬢ちゃん」
静かに柔らかく、そしてゆっくり声をかけてくる。
「……こっ、怖くなんかっ、怖くなんかありませんよっ。私くらいの年齢の人でも前線に出てる人なんかいっぱいいるんですからっ。怖くなんかっ、怖くなんかありませんからっ」
バーグランドとは対象的にビューは唇を震わしながら早口に否定する。
「……怖ぇのはな、悪くなんかねぇ。
生き物なんてなぁ、怖ぇって思えるから気持ちがあるから生き残れてんだよ」
「……怖くていいんですか?」
「いいんだぜぇ。
その代わり、怖ぇのちょっとだけ我慢しててくれや。その間にこの兵隊さんが守ってやっからよ」
ニカッと笑いながら力強く、そして優しく語りかけるバーグランド。
――怖い。
その感情は依然ビューの中で渦巻くが、不思議と震えは止まった。
「お嬢ちゃんは軍属とはいえ非戦闘員だしな。まぁ、ついでにマグナートも面倒見てやんよぉ」
「はは、よろしく頼むわ。お礼に帰ったら酒でもごちそうするよ。実はとっておきのがあるんだ」
「なぁにぃ? 俺ぁ自分の買う酒に文句はいわねぇが、ひとからもらう酒にはうるさいぜぇ?」
「味は保証する。とっておいてある場所ってのは、ガーヴィン将軍のワインセラーだからな」
「おいおい、かっぱらってくるつもりかぁ? そっちのがよっぽど綱渡りじゃねぇか。ガハハ」
「違いない。ククク」
男二人、肩を叩きながら笑いあう。ビューもつられてプッと吹き出す。
大丈夫だ、前に進める。
自然とそう思えた。
「優しいんですね。バーグランド軍曹は」
「あー……、そんなこたぁねぇんだけどなぁ。お嬢ちゃんみてるとどうしても下の娘と歳の頃が同じに見えてよぉ」
「むーっ、子供扱いですか……。まぁいいです。高等教育くらいですか? 結構大きいんですね」
「いんやぁ。この前、十一歳になったばっかだ」
ピシッ。ビューが固まる。
マグナートが吹き出し腹を抱えて笑う。
ビューは震えだす。
これは恐怖などではないっ!
「そこまで子供に見えるわけないでしょーっ!」
「ガッハッハッハ、元気なお嬢ちゃんだ」
――その後の撤収作業中はずっと顔を真っ赤にしながら頬を膨らましているビューだった。