その2
「バーグランド軍曹、準備はよろしいですか?」
「だぁいじょうぶだ、いつでもいいぜぇ」
研究室のある公王都から遠く離れた広い海岸。そこに『シラヌイ』は白い脈動をしながら佇む。
初めての観察任務にビューは程よく緊張しながら通話石を握りしめる。
「EXA-101R『シラヌイ』、砲撃形態展開してください」
「おうさ。『シラヌイ』、展開だってよぉっと」
ビューの指示に従い赤い操魔石の埋め込まれたレバーを握りそのまま引く。
《オーバークロック……。リュウジンノトモシビ・スタンバイ》
無機質なサポートアナウンスが『シラヌイ』の中にこだまする。
金属のすれる音がわずかにすると、背中の四つの横に並ぶ筒のがそれぞれ組みあがり一本の長い砲身が右脇に抱えられる。同時に『シラヌイ』が腰を落とすと足からバンカーが飛び出し地面に喰らいつく。
組みあがった砲身はシラヌイの2倍以上はあるように見える。
『シラヌイ』の巨体を持ってもしてもなおアンバランスなように思えるその砲身は、抱える右腕と添えられた左腕、そして『シラヌイ』の脚部についている巨大なバンカーを地面に打ち込む事によって支えられた。
「あっ……」
あらためて砲身を構える『シラヌイ』に声を漏らす。
それなりに離れて見ているはずなのに、遠近感を失う。
巨人が槍を抱え、海神に挑むかのような姿に現実感を失う。
ただ立っていた時とは違う海に向かって砲身を構える壮大な姿に、二歩、三歩、無意識に近寄ってしまう。
――これが『シラヌイ』の本当の姿?
そう思うとビューは不思議な高揚感に包まれた。
「展開までちょうど二十秒か。おいビュー、呆けてんじゃない。ゆっくりしてたら軍曹が寝ちまうぞ」
「あ、はいっ」
ビューはマグナートの声に我に返り、慌てて通話石を握って声をかける。
「バーグランド軍曹。第一研究部での実験でもやったとおり赤く光る操魔石から魔力を出力してください」
「はぁいよ。――こいつは出力って感じじゃねぇんだけどなっとぉ」
バーグランドが緩やかに点滅する赤い操魔石に親指を添えてぐっと押しこむ。
《マリョクプール・カクニン・チャージカイシ……》
「……ぬぅ」
無機質なアナウンスと共に魔力を吸い出される。その特殊な感覚にバーグランドは少し呻いた。
《20、40、60……》
アナウンスと共に『シラヌイ』の白い脈動が少しずつ加速する。
すぐに激しく脈動した白い燐光は燃えるような鮮やかな赤へと変わった。
《ホユウゲンカイカクニン・ウテマス》
「1、2、3、4、5。充填まで5秒か。次」
マグナートは『シラヌイ』から視線を外すと、目標に向けられた双眼鏡を覗き込みながら促す。
「目標は海上十時の方向の距離五千にある岩礁の標的。いけますか?」
「オーライ、バッチリだぜ。よっく見えてらぁ」
「リュウジンノトモシビ発射っ!」
「発射っ!」
ビューの指示にバーグランドが答えると同時に『シラヌイ』の砲身からはキンと高い音と共に白い閃光が一瞬走る。その刹那、今度は低い射出音と共に五つの小さい火球が弾け飛ぶ。
その火球は空気を斬り裂き、岩礁の目標まで到達すると炸裂する――。
轟音と共に爆炎の帯が横に広がると、岩礁ごと飲み込んだ。
「かー、実際に見ると派手じゃねぇか。なぁ『シラヌイ』」
《……オーバークロック・カイジョ・インターバル・カイシ》
目の前の出来事に対して、バーグランドはご機嫌な調子で『シラヌイ』の中をぽんぽん叩く。
『シラヌイ』は淡々とアナウンスすると、砲身の後部のフィンを開き冷却音をウンウンと鳴らして答えた。
◇◆◇
「第一射から第五射までやって、インターバルは相変わらず長いが、不自然な短縮もないしモニターしている限りは生体反応は安定してる。射程および威力についてもブレがない。よし『シラヌイ』砲撃実験終了だな」
「ぷはー」
少し上を向きながら息を吐きだすビュー。いくらか肩の力が抜けるのを感じるとそのままマグナートの方に振り向く。しかし、マグナートの顔は渋かった。
マグナートは計測器を置くと、先ほどまで書き込んでいたレポートに顔を向けたまま目線だけを『シラヌイ』に向けた後、ビューに向ける。
「あとは実際にバーグランド軍曹がどうなってるかだが……。今回は大丈夫だとは思うが、前回の事故の事は公開はされていない。いらん不安をあおる必要はないからな、無駄に勘ぐられるなよ」
確かに、前回の実験の事を知っているのなら今回のことを引きうけるのはとんだ自殺願望者みたいなものだろう。そうでないならなバーグランドは前回の事については知らない可能性が高い。
マグナートの言う事はわかるが、それは騙しているのでは?
一瞬そんな考えも頭をよぎったが、ビューは一度だけ頷いて通話石を握った。
「……『シラヌイ』実験終了です。バーグランド軍曹おつかれさまでした」
ビューの声に『シラヌイ』は白い脈動を失うと、バーグランドが軽快に『シラヌイ』から降りてくる。凍結された実験の時とは違い、『シラヌイ』着装前と変わらないバーグランドの姿にビューは安堵した。
「多少広くなったのはいいがやっぱ肩が凝るわな。っと、お嬢ちゃんずいぶんいい笑顔してんな」
「え? あ……、そうですか? そ、そんなことないと思いますけど」
バーグランドに察されまいと焦って変な取り繕い方をするビュー。
「あー、ビューはこれが初任務でな。うまいこといってホッとしてんだろ」
「なるほどなぁ。初々しいじゃねぇか、俺にもそんな時代があったんだぜぇ」
マグナートがそれじゃ余計に怪しいだろと言わんばかりにビューの背中をバシンと叩いてフォローした。
それなりに痛かったのかビューは背中をさする。
「あいったぁ。叩く事ないじゃないですか、もーっ!」
頬を膨らまして抗議してみるも、内心感謝をしながらバーグランドの方を向く。
「それにしてもバーグランド軍曹にもそんな時代があったんですね」
「ガハハ、あったりめぇだろう。俺にも若ぇ時代がある。そう、マグナートに髭がなかった時代があるようになっ」
バーグランドはニカッと笑いながら顎をさする。ビューも自分の顎をさすりながらちらりとマグナートの方を見る。
「……ふーむ。その例えを出すと、軍曹に若い時代があったって話の信頼レベルが著しく下がりませんか?」
「下がるわけないだろっ! 俺だって子供の時はさすがに髭はやしてないわっ!」
「研究屋ってのは偏屈なのばっかりかと思ったらお前らはおもしれぇなぁ」
ビューとマグナートのやり取りにカラカラ笑うバーグランド。
その直後に唸るようなの腹の虫の音をバーグランドが鳴らす。
「おっとと、腹の虫がもう我慢ならんってお怒りよぉ。んまぁ、一区切りついたところで野戦食かなんか簡単な食いもんねぇかい?」
「ん、そうだな。ビュー、なんか軽く準備してやれるか? 俺はあっちで報告書まとめとくから」
マグナートはそう言うとビューの返事を待たずに『シラヌイ』を牽引してきた大型魔工馬車にこもった。