その1
「うん、ずいぶん遅かったじゃないか」
ガーヴィンは腕を組みながら少し不機嫌そうな顔をする。
少し厳しめの表情の将軍を前に、ビューはばつが悪そうに俯きながら肩をすくめる。
しかし、マグナートは何食わぬ顔でビューを指さす。
「こいつがやさしく起こしてくれなかったので」
「わ、私のせいだって言うんですか。違うんですっ! 聞いて下さいガーヴィン将軍――」
ビューは顔をあげて猛烈な抗議をしてガーヴィンに弁明しようとするもガーヴィンは手を前に突き出しそれを制止する。
ガーヴィンは大きくため息をつくと自身の机の上にある資料を手に取る。
「オブザーブ君、こいつがこういう奴だと言うのはわかってるから心配をするな。それより、これが君たち第三魔工兵器観察部に担当してもらう魔工兵器の資料だ」
ガーヴィンは二人に資料を手渡す。ビューは初めての任務に緊張しつつも資料を見て呟く。
「……超長距離魔工砲搭載型魔工鎧 EXA-101R」
「コードネーム『シラヌイ』。これは魔工鎧と一体になった巨大な砲身を持つ魔工砲、リュウジンノトモシビを持ち敵の機先を制し撃滅することを目的とした特殊魔工鎧だ。有効射程は超長距離にわたり、射出される魔弾は着弾と共に炸裂。その破壊力は広範囲にわたる。術者の魔力を限界まで引き出す機構が搭載され、個人差はあるものの引き出された魔力により一度に3~5連射はできるって代物だ」
マグナートは資料のニ、三枚チラチラっと見た程度でシラヌイの概要を話す。
「え? そんな出力を一人で実現するんですか? ……ありえない」
ビューの漏らす感想を全く意に介さず、マグナートはガーヴィンの方を見据える。
「しかし将軍。これは第一観察部でやった二年前の実験以来凍結したやつじゃありやせんでしたかね?」
「え? どういうことです?」
マグナートは右目を瞑って資料をパシッと軽く叩くと苦々しい顔でガーヴィンに訴えかける。
ビューにわけがわからずマグナートとガーヴィンを交互に眺める。
「うん、そうだねマグナート。確かに、全身魔工鎧で一人分の魔力しか使えないゆえにこれはインターバルが異様に長いっていう欠点がある。さらに言うと不幸な事故もあって凍結になった。
だけど、参謀部がどこからかこれに目をつけてね。押し切られる形にはなったけども……」
ガーヴィンは軽く頷き椅子に深く腰掛け、目を閉じて顎を上げる。その表情には悔恨に満ちた表情が浮かぶ。
「あんなのはもうごめんですぜ」
「……今度は大丈夫だ、別にリミッターを設けてあるからね。あんな事はおこらないよ」
二人で何かを噛みしめるガーヴィンとマグナート。
会ってからは見たことがない苦々しい口調のマグナートを前に、ビューは少し胸がざわついた。
◇◆◇
「これは……」
ビューは魔工車の中で二年前のシラヌイの報告書を見て顔を顰める。
――シラヌイの実験結果。
シラヌイは速射性を高めるため半ばオートで術者から魔力の入力が行われる。これは実体としてはほとんど強制的な吸い出しと言われてもいいものであった。
魔力を吸い出された術者は時間が経てば回復するが、『シラヌイ』のインターバルのタイミングは術者の魔力の回復量をわずかに上回り、四射目、五射目には完全に限界を突破していた。
通常魔力切れは腰が抜けるなどしてわかるものだが、長い砲身を支える姿勢制御のための魔工鎧に身を包まれた術者にはそれが許されなかった。
かくして術者はシラヌイにより足りなくなった魔力の代替として生命力を奪われるのであった。
「ひどいもんだった。異常に気がついた時はもう手遅れだったよ。中の奴はカスカスのミイラみたいになってたが、目だけをギョロギョロって動かしててな、そいつも自体が飲み込めてなかったみたいだった。
……すぐに動かなくなったがな」
マグナートは右目を瞑りながら苦虫をかみつぶしたような顔で付け加えると、そのまま魔工馬車を降りる。ビューはマグナートの過去の事はわからないが、口ぶりからすると当時は現場にいたのだろう。その様子を想像したビューはゾクッと身震いをさせて後に続く。
「まぁ、今回はガーヴィン将軍の言っていたリミッターがある。本当なら『シラヌイ改』と言った方が正しいんだろうな。この資料通りのがついてたらの話だが――」
「その辺については信頼して欲しいものだな」
「なんだ、出迎えてくれたのか。シルビア・ハーネス第一研究部室長殿」
目の前には眼鏡をかけた眼光の鋭い女性が居た。マグナートはハーネスに握手の手を伸べ、ビューはとっさにお辞儀をする。
しかしハーネスはその握手の手を無視し代わりに書類を突きだした。
「無駄な挨拶は良いだろう。これがこれまでの試験データだ。もうすぐ最終のデータも取り終える」
「へえへえ、相変わらずなこってっすな」
マグナートは肩をすくめて書類を受け取る。ハーネスの後ろに立ちつくす巨大な魔工鎧に目を移す。
一般的な魔工鎧でも装着と言うよりは乗り込むと言った方が正しいほどの大きさであるが、『シラヌイ』はさらにその倍ほどの大きさに見える。
『シラヌイ』は四つの巨大な筒を背中に背負っており、さらに大きさを際立たせた。
装甲の隙間を時折白く怪しく燐光する『シラヌイ』
それは魔力が通っている証拠で今も中に人が入っているのだろう。ビューはこの巨人が生命力を吸いつくす悪魔かと思うと一瞬たじろいだ。
「相変わらずのサイズだな。……前より一か所筒が太くなってるが?」
「その部分にリミッターを組み込んである。以前はなぜか生命力を魔力に変換する機構が組み込まれていたが、これによりそのような事が起こる事は99.999%……限りなく無いと言える。また、中の術士の魔力及び生命力を外部に数値として表示する事のできるデバイスもすでに開発済みだ。安全面での対策は万全だと自負している」
ハーネスは眼鏡をクイッとあげると『シラヌイ』を見上げる。眼鏡が光を反射して彼女の表情を伺う事が難しかったが、彼女なりの思い入れがあるのだろう。
「……ずいぶん、回りくどいような。そもそもその変な機構を元からなんとかできないんでしょうか?」
「ふむ、君は?」
ビューはほとんどぼやくように言うとハーネスは鋭い眼光をビューに向ける。眼光を向けられてビューははっと口元を押さえるとおびえながら慌てて頭を下げる。
「ひっ、ひゃあああ。すっ、すいませんっ申し遅れました。このたび第三魔工兵器観察部に配属されましたビュー・オブザーブです」
「あ、いや。挨拶を省略したのはこちらだ、そんなに怯えないでくれ……」
「ダハハ。シルビィは性格と一緒で目つきが悪くて怖いからなぁ」
「シルビィっていうんじゃないっ! 同期かつ同じ室長とは言え部下の前では礼儀をわきまえたまえっ! それに目つきが悪いのは近眼のせいだっ!」
「はっ! 失礼しました、シルビィ第一研究部室長殿」
「ぐぬぬぬぬ」
マグナートにからかわれて顔を真っ赤にするハーネス。さっきまでの雰囲気とのギャップにポカンと口を開けて惚けるビュー。ハーネスはビューの様子に気がつくと咳払いを一つして体裁を整える。
「あー、ビュー・オブザーブ。君の意見はなかなかいいところを突いている。
……しかし、カタログスペックを見てもわかる通り本来なら一人の魔力でこの出力の魔工砲は放つ事は出来ない。だが、この機構にはそれを可能にしてしまう魔力の増幅作用が含まれていてね、これを取り除くとそもそも『シラヌイ』の主力兵器であるリュウジンノトモシビが成り立たないのだ。
まったく、腹立たしい事だよ。これが――」
「『シラヌイ』室内試算実験終了。バーグランド軍曹お疲れさまでした」
ハーネスの声をかき消すように室内アナウンスが流れる。『シラヌイ』がその場で跪き、腹部に手をやると『シラヌイ』の腹部から屈強な中年の男性が出てきた。
男性は軽快に『シラヌイ』から降りてくると、大きく伸びをしながらこちらへ歩いてきた。
「『シラヌイ』ってぇやつぁあんなでかいのに窮屈でいけねぇ」
「御苦労さま、バーグランド軍曹。次からは計測器がほとんど外れる事からもう少しマシになると思う。それと次からはこちらの第三魔工兵器観察隊が引き継ぐことになる」
「ジェフリー・バーグランド軍曹だ。前線しか知らねぇ俺だが今回の事ぁなんかの縁だな。んまぁ、よろしく頼むぁ」
バーグランドはニカッと歯を見せて笑うとマグナートに握手の手を伸べる。差しのべられた手に反射的に手を出すマグナート。
「俺は、グラン・マグナートだ。こちらこそよろしくたの――イダダダダダ」
丸太のような腕で思いっきりマグナートの手を握るバーグランド。マグナートが目に涙を浮かべながら痛がる様を見て、バーグランドの後ろでハーネスは声を殺してニンマリ笑う。
「ありゃま。やっぱり頭でっかちさんはひょろくていけねぇ。でぇ、そっちのお嬢ちゃん」
バーグランドが手を離すと今度はビューに目線を移してビューに手を差し出す。
「わ、私はビュー・オブザーブです……。あの、どうかお手柔らかに」
ビューはマグナートの惨事を見て一瞬ビクンと身を震わすと恐る恐る手を差し出して握ろうとするも、バーグランドはビューの手をさっと避けて頭をぐりぐり撫でる。
「お嬢ちゃん、どうやってここに来たのかは知らねぇが授業を抜け出してきちゃいけねぇ。学校の先生きっと怒ってるぞぉ?」
「んなぁぁぁっ! 私はちゃんと大人ですっ!」
歯を剥き出しにして怒ると、頭の上の手を両手で払いのけるビュー。バーグランドは一瞬驚いた顔を見せると、両手をパンパンと叩いて豪快に笑う。
「なんだぁ、お嬢ちゃんの方が元気じゃねぇか。ガッハッハ、よろしくなぁ」
まだ隣で痛がってるマグナートと大口を開けてるバーグランド。
ビューは大きくため息をつくと、初めての任務に一抹の不安を覚えるのであった。