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第三魔工兵器観察部


「おーい、ビュー」


 書類に埋め尽くされた机の向こうから男の声が飛んでくる。


「なんでしょう?」

「コーヒー煎れてくれ」

「手が離せませんのでお断りします。ご自分でお入れください」


 青いほどの黒いショートヘア、そして少し小柄な女性はビューと呼ばれ返事をする。書類の山脈と必死に格闘するビューは間髪いれずに男の要請を断った。


「あ、そう。じゃあコーヒーはいいや。その代わりに肩でも揉んでくれ」

「同じ理由でお断りします。……と言うか肩なんか凝らないでしょう? 何もせずにソファーに寝転がってるんですから」


 ビューは書類山脈ごしにも聞こえるように、わざとらしく大きなため息をついて見せる。男はニヤリとしながら起き上がると、無精髭を蓄えた顔をビューがようやく作った僅かな書類の隙間から覗かせる。


「いやいや意外と肩が凝るものなのだよ。こうやって肩身が狭いとね」

「だったら少しは片付けてくださいっ! グラン・マグナート観察部室長殿っ!」


 ビューは男――マグナートの顔をキッとにらみ返しながら机を叩いた。その衝撃で書類山脈はグラリと傾き、雪崩を起こしそうになる。


「ああっ。――ふぅ、危なかった」


 ビューは一瞬で顔を青くするものの何とか被害は免れホッと安堵の息を漏らす。


「ダッハハハ」


 その様子にマグナートは声をあげて笑うとビューが目線で非難して止める。マグナートは大げさに肩をすくめてみせると、ほのかに口の端をあげる。


「おお、こわいこわい。だいたいそんなもの整理なんかしなくてもいいんだ。全部覚えてんだから」

「……そういう問題ではありません。第一こんなゴミゴミした部屋では精神レベルが低下します」

「よし、じゃあいっそ燃やしてしまおう。そしたらスカッと広くなる。ついでに芋も焼けるんだ。これぞ一石二鳥と言う。フンフフーン」


 そう言うと鼻歌交じりでマッチと芋を取り出すマグナート。ビューは眉間にシワを作って顔を顰めるとこめかみを指で押さえる。


「部屋の中で燃やすつもり? ……まさかね。

 それよりもいいんですか? 燃やしてしまったりなんかしたら、上層部から過去の実験データを要請された時に室長が全部書き出すんですよ?」

「うへ、そりゃかなわん。よしっ! 早く片付くように俺も努力しよう」


 言いながらゴロンとソファーに寝転がるマグナート。ビューは唖然としながら問う。


「何寝てるんですか……、言ってる事とやってる事がまったく違うじゃないですか……」

「なに、俺は最大限の努力をしている。これが一番お前の邪魔にならない方法だ」

「……頼りになります事」

「あっははは。そうだろう、そうだろとも。まっ、何かあったら多少強引でもいいから起こしてくれ」


 ビューの嫌味が空を切る。そして、グーグー寝始めるマグナート。

 一瞬、彼が長く寝ていられるように濡れたハンカチでも顔にかけてやろうかとも思わなくもなかったが、少しでも早く目の前の書類を片付けた方が建設的だと判断し中断する。


 学院を卒業した時は学院で培った知識を生かした充実した毎日が始まると胸を高鳴らせていたのに、現実には片付けても片付けても片付かない書類と、地面に埋めてでも片付けてやりたい上司。


(お母さん、私はとっても充実毎日で頑張っています。って言いたい……)


 ビューはのそのそと作業を再開し始めていた手を止めて大きくため息をつくと、腰を下ろしながらしばし物思いにふけるのであった。



 ◇◆◇



 ビュー・オブザーブは西魔学院の魔工学部を好成績で卒業した優等生であった。

 卒業後は学院の推薦により軍部へ入隊。教授の話によれば、ビューの配属は魔工兵器研究部に十中八九は配属されるだろうとの事になっていた。研究部への配属はビュー自身も望んでいる事であった。

 卒業後、早速ビューは魔工兵器研究部を直轄するガーヴィン将軍に呼び出される事となった。その時は志望していた場所への配属は確定したものと思い込み、少々浮かれていたビュー。

 ガーヴィン将軍の執務室に向かうビューの足取りは軽く、将軍職に会うというのにもかかわらず緊張感はなかった。


「ビュー・オブザーブ君。君には第三魔工兵器観察部に配属してもらう事になる」


 恰幅の良い男性がビューの目の前に立つと厳かに伝える。


「はいっ! ビュー・オブザーブ第三魔工兵器観察部への配属。拝命いたしまし……。えっ? 観察部?」


 目の前の恰幅の良い男性に自身が思っていた所と異なるところへの配属を告げられる。ビューは敬礼しかけた手を力なく下げるとしばし放心してしまう。


「うん、どうしたね? ビュー・オブザーブ君」

「え? はっ! 失礼しましたっ!」


 恰幅の良い男に声をかけられ、慌てて背筋を伸ばして取り繕うビュー。ビューはこの失態に嫌な汗が背筋を伝うのを感じた。

 浮かれ切って失念していたが、この目の前にいる人はこの国で偉い将軍であり。研究室等を管轄するガーヴィン将軍なのだから。

 ガーヴィンはビューが緊張している事を感じ取ると人の良さそうな笑顔を見せて頷いた。


「うん、いい。君の志望は魔工兵器研究部であったな。君の西魔学院時代の成績や評価を見る限りでは研究部としても申し分ない」

「では、どうして?」


 将軍の命とはいえ、教授も研究部だろうと言ってたはずなのに……。そう思うと、今回の配置について今一納得がいかず反射的に聞き返す。


「栄えある我がペインス公国は今現在、ウーサ帝国の一方的な条約破棄により交戦状態である。

 君も西魔学院で習ってはいようが、今日の戦術及び戦略において、魔工兵器とは騎兵よりもよほど重要な位置に存在する。

 そしてその魔工兵器の完成とは研究、開発、実験、分析により至るものである。

 君の中にもいろんなアイデアがあるだろうが、まずは他人の研究成果を見ていろんな事を感じ取ってほしいと私は思っている。

 君には、魔工兵器の動く様を間近に見る事により戦場を身近に感じてもらい、若い君の新鮮な発想力を生かし、そして戦争を終結させうる決定打となるべき魔工兵器を開発してほしいのだ」


 ガーヴィン将軍の力説に圧倒されんばかりなる。

 しかし、これほどまでに自分を必要とし、慮ってくれた事があっただろうか。

 ビューはそう感じると足を揃え双眸を向ける。


「……はい、了解しました。ビュー・オブザーブ第三魔工兵器観察部への配属。拝命いたしました」

「うん、君には期待している。行ってくれ」


 ビューが敬礼をしてから踵を返すとガーヴィンはそのまま続けた。


「そうそう、君の上司となるグラン・マグナート君はとても優秀だ。君も多くを学べるだろう」


 この時ビューは好奇心と期待感に胸の高鳴りを覚えたのだった。



 ◇◆◇



 ……しかし、実際に書類の向こうでグースカ寝ている人物はとても優秀な(ただのぐうたら)男である。

 ビューは思い返せば思い返すほどため息が漏れそうになるのをぐっとこらえると、そろそろ作業の再開をするかと立ち上がった。


 コンコンコン。


 そんなところで扉からノックの音が響いてくる。

 ビューは観察部に入ってから日は浅いものの、初めての客人だったため少し緊張しながら扉を開ける。

 目の前には自分よりももっと緊張した若い伝達兵が姿勢を正して立っていた。


「失礼しますっ!」

「なんでしょう?」

「ガーヴィン将軍より、次の魔工実験が決まりましたゆえ、至急、お集まりいただくようにとの事ですっ!」

「えっ? ガーヴィン将軍がですか? 大変っ! 室長っ、起きてくださいっ」


 慌ててビューはマグナートに大声で呼びかける。


「……うーん、あと五分。むにゃむにゃ」


 が、返ってくるのは間抜けな声。

 ビューはづかづかづかとマグナートのところまで行くと電撃の術を組み込んだ符を張り付けて電撃を浴びせる。


「……ほら、さっさと起きてください」

「あばばばば、強引すぎるっ。ビューさん、やめてっ! 起きるっ、起きるからっ!」


 ビューは冷たい目線を投げかけかけるながら符をぺリッとはがした。


「ふーっ、えらい目にあった」

「強引でも構わないと言ったのは室長でしょう?」


 ビューは半眼にして見下ろすと、マグナートが自身の膝をバシンと叩く。


「強引っていったら強引なお目覚めのチューに決まっているだろうがよ」


 一瞬キョトンとするものの、すぐさま虚空にため息を漏らす。


「……それはセクハラです。無精髭のおっさんが意味のわからない事を言わないでください」

「お、おっさん……」


 マグナートはガクッと肩を落とすとノロノロと立ち上がった。ビューはふんと言うと、日ごろのうっぷんを晴らせたのが心なしかすがすがしい顔をしていた。


(早くしてほしいんだけどなぁ……)


 伝達兵は一人やきもきしながら立ちつくしていた。



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