1話 モノクローム
「……なんっじゃこりゃ」
良く晴れた空を思わせる瞳を不快げに歪め、名取秀二は呟いた。
視界を埋め尽くすのはどしゃ降りの灰色。開いたばかりの会社の出入り口で、呆然と空を見上げた。
――先程少し勢いが減ったようだと言ったのは一体誰だっただろうか。
目を細めて考えてみたものの、脳裏によぎった先輩の顔、そういえば彼が帰ったのは一時間前のことだ。雨量の推移が激しいこの時分、勢いの増減が変化するのも当然と言えば当然だった。
(止むかなぁ…)
ぼんやりと雨を見つめた。
昼夜問わず雨雲を張り巡らせる空は重く、大地を太鼓に雨の神々は狂ったように踊り猛る。辺りが真っ暗闇となった時刻であるのも何処吹く風で、世界はモノクロームに溶けて雨色のカーテンで覆い尽くしていた。
待っても多分、止むことは絶望的なように思われる。濡れたら寒いだろうか―― 思考の端がちらりと零すが、考えてみればまだ肌寒い温度寄り。
雨に濡れて暖かいわけもあるまい。
「傘さえあれば…!」
恨めしげにぼやくが、傘がないのが現実であり、また朝のお天気キャスターに呪詛を投げても雨の世界が失せるわけではない。そして何とも呪わしい限りだが、予備として買った折り畳み傘を昼間壊したのは自分自身だった。まさか開いた瞬間に柄が折れるとは、一体どれだけ安物構造だったのだ。
すべてこの雨が悪いのだと、秀二は目一杯憎々しげに空を睨んだ。
―――けれどもそれも仕方がない。
現在季節は六月の半ば、雨蛙の呼び声に応える梅雨全盛期のレイニーシーズンなのだ。今降らずしていつ降るのか、それこそ梅雨前線の独り舞台が日本全土で繰り広げられる時期である。天気予報をアテにするにはあまりに時期が悪かった。
「…しゃーねぇや、濡れて帰ろ」
秀二はどんよりと溜息を落とし、青空が恋しいと憂鬱気な笑みを浮かべた。
六月の雨は、いつも嫌いだった。
* * *
自動販売機修理業者朝倉ベンダーサービス、自販機修理士サービスマン。
それが現在、名取秀二の持つ身分である。
中学を卒業した当時、およそ四年前になるが―― 秀二は途方に暮れていた。
何に対してかと言えば、己の身の振り方についてである。
当時15歳だった秀二は、既に肉親が居なかった。小学校に入る前に父を交通事故で亡くし、その後引き取ってくれた祖父も14歳の時に亡くしている。頼る者はひとりも居なかった。
―― 一人で生きていかねばならない。
そう決心した秀二は、進学するという選択肢は持たなかった。成績が良ければ考えたかもしれないが、決して良くは無かったし、そもそも秀二は勉強が好きではなかった。そうなると秀二が選ぶのは就職の道であったが、初めて触れた剥き出しの現実はあまりに厳しく、途方に暮れるしかなかった。職に就きたくても、中卒身分で雇ってくれる所が無かったのだ。
社会にツテがあるわけでもないし、また学校に相談できるような先生は居なかった。親類を亡くしてからほとんど学校に行く暇が無かったから、親身になろうなどと言う先生は誰一人としていなかったのだ。
『あんた、これからどうするんだい』
最初にそれを秀二に訊いたのは、今秀二が所属している会社の代表取締役―― 見た目と実年齢の噛み合わない美貌を持つ、栗原由希子という女社長である。
当時は由希子のことなど秀二は知らなかったし、祖父の葬式に来ていた弔問客の一人としか認識していなかった。だから唐突に話しかけられたことも驚いたが、その美しくも年齢不詳な姿にどこか気後れし、葬式中であったのも手伝ってただ「解りません」とだけ返していた。正直、先を考える気にもなれなかった。
次に秀二が由希子の姿を見たのは、卒業した翌日の事である。
突然やってきた彼女は「元気してるみたいだねぇ」と笑うと、秀二に構わずずかずかと座敷に押し入ってきた。そうしてただ呆気に取られる秀二を余所に、由希子は簡易設置された台上の位牌を前に座ると、線香を上げて静かに白い手を合わせていた。―― 本当に死者を悼んでいるのだけは理解した。
『――で、これからどうするのか決まった?』
『え?』
じっと、後ろで立ち尽くしていた秀二に、由希子は振り返りざまそう言った。
あまりの突然さに何を言われたのか理解しかね、戸惑いを含んだ顔で「何が」と尋ねた。
『バカだね、これからどうするのかだよ。葬式の時も尋ねただろう?』
責めるでもない、揶揄るでもない、ただ現状を訊く声はリアルだった。色素が薄いのか、飴色のような瞳はどこか優しく、秀二はじっとその目を見詰めた。
最後の肉親だった祖父が亡くなってから八ヶ月、秀二に向けられる視線は哀れみと同情、そして僅かに混じる「迷惑だけはかけてくれるな」という危惧ばかりだった。学校では完全に腫れ物扱い、また近所に関してはいつ世話を押しつけられるかとそればかりで、無視に近い扱いで八ヶ月間生活していた。その中に居て世間に頼ろうなど、そんな考えが秀二に起きる筈もない。近所という絆がいかに砂上の楼閣であるか、秀二はそれを身をもって知ったのだ。
―― けれど由希子の瞳は、今まで見たそのどれでもなかった。
―― あんたはどうしたい。
目は静かに、ただそれだけを問う。
『…何も、決まってない』
誰なのかも知らない相手に、視線を落としながら結局正直にそういった。言ってどうなると思いはする。けれど言わずにどうなるわけでもない。
働き口を探しているけれども、学歴と年齢で弾かれる。多少は覚悟していたけど全く社会に歯が立たなくて途方に暮れている。自嘲気味にそういうと、由希子はポケットから一枚の名詞を差し出した。
そこに記されていたのは、【自動販売機修理業 朝倉ベンダーサービス】。
これがどうしたのかと訝しんで見上げると、由希子が口の端を吊り上げ、笑った。
『葬式の時は言いそびれたけど、私は自販機修理業者の代表取締役をしている者でね。名を栗原由希子という。あんたの爺さんには昔良く世話になったんだ。働き口を探しているのならうちへ来るといい。―― なぁに、遠慮はいらない。何しろここ、元々はあんたの爺さんの会社だったんだから』
語られた事実はあまりに衝撃的で、秀二は目を丸くするしか出来なかった。
詳しく聞いてみれば、秀二の祖父は20年前まで自動販売機修理の会社を経営していたのだという。祖父が亡くなったのは78歳だったが、どうやら60を前に第一線を退き、会長の座に納まっていたらしい。しかし秀二の父が死んだのを機に完全に引退し、権利も地位も全て放棄すると右腕だった由希子に譲って業界の世界から姿を消してしまったのだそうだ。
話は言葉を失うほど驚愕の事実だったが、ふと秀二は父の職場もそうだったのかと尋ねた。己が幼くして死んだ父は、何をしていたのか、またどこの会社に居たのか、秀二は何一つとして知らなかった。
骨だけを残し、秀二の父はこの世から消えた。―― 聞き辛くて、祖父には何も聞けなかった。
『あんたの親父は会社は違ったね。でも同じ業種の人間だったよ』
由希子の話に寄れば、父は会社こそ違えど同じ技術者であったという。
『さぁ、どうする。来るかい?』
秀二は由希子の目を見つめ、深く頭を下げた。
宜しくお願いします、そう言って。
朝倉ベンダーという会社はそれほど大きなものではなかったが、それでも大きな機械メーカーの下請けをしており経営状態は悪いものではなかった。秀二を引っ張ってきた由希子は博打好きなのが玉に瑕だったが、会社経営に関しては業界でも評判の手腕をしていたのが幸いだった。
就職した際、悩んだことが家の問題だ。祖父と住んでいた家は大きく、一人で住むには広すぎる。成人するまでという約束で後見人をかって出てくれた由希子と相談した結果、秀二は思い出を手放し会社の近くにあるアパートに引っ越すことになった。
祖父と住んだ家を出るのは確かに哀しかった。けれど、もはや庇護の手が無い秀二は頼れるものが己の手だけしかない。生温い哀しみの淵に沈んでいる暇など無く、またそんな甘えた世界に居る余裕もありはしない。
中学を卒業したばかり、それは年齢として僅か15だ。
誰がどう見ても子供であると言うだろう少年。―― けれどその少年である秀二は、今まで乗せられていた子供の土俵から自ら下りた。子供であるという免罪符を、棄てることを選択した。
そうして入社し四年目を迎え、秀二は自販機整備士となり取ったばかりの自動車免許で修理担当地区を回る日々を過ごしている。修理に必要な資格も由希子の計らいと死に物狂いの勉強で一通り取得でき、携帯のメールに舞い込む親会社からの修理依頼をこなして回っている毎日だ。
秀二が身を置いたのは自動販売機修理と言う特殊な業種ではあったけれども、やり始めるとこれがなかなか面白く、学校で教科書を開くより自販機のマニュアルを見ていた方が秀二は楽しいと思った。そして現実、その方が役に立つのだ。
側で教えていた先輩はいくら怒っても秀二の楽しそうな姿勢に呆れ、「変わった奴だなぁ」と感心しきりであった。
秀二は正直言って、勉強が大嫌いだ。
確かに自販機の勉強は、学校に比べて楽しかった。けれど、これほど取り組んだ理由は独りで生きることを決めたから。秀二は自分が独りなのだと知っていたからだ。
―― それが秀二の、「生きるための選択」だった。
* * *
(夕食はどうすっかなー)
22時過ぎた真っ暗闇の曇天は、悠々と歩く秀二に容赦ない雨を叩き付ける。
しつこいまでに肌を叩くそれらは正直鬱陶しいが、慣れてしまえば何てことないなと秀二は雨など知らん振りして歩みを続ける。体温は確実に奪われているのだろうが、どうせ秀二の家は直ぐ近くなのだ。
朝倉ベンダーの事務所は、フェンスを隔てた電車の線路沿いに建っている。秀二の住むアパートとは踏切を超え大きな交差点を過ぎ、真っ直ぐ緩い道を登っただけの、徒歩10分程度しか離れていない。ゆっくり歩いても15分あれば着くし、かなり便利な距離である。
ぼんやりと夕食のメニューを考えながら交差点を通り過ぎると、信号が既に点滅信号となってちかちかと道を照らしていた。雨音以外に何の音も響かない通りは閑散とし、世界に自分だけが取り残されたような気分になる。
晴れた日は触れられない程に熱を持つアスファルトは、叩き付ける雨にその存在をかき消され、まるで見たことも無い道を通っているような錯覚さえ覚えた。ひっそりと静まり返った坂道、今更のように寒くなる。
ぶるり、と体を震わせた。
(けっこう雨量酷ぇな・・・川が決壊しなきゃいいんだけど――)
上から襲い来るように流れる雨水に、通り向こうにある川を心配した。そこの川は大雨が降るとすぐ決壊して、近くの自販機が何度と無く被害を浴びているのだ。このあたり一帯の修理を担当する秀二としては他人事ではない。
(もうあそこ撤去してくんねぇかなぁ・・・)
面倒臭いことこの上ない、と溜息を落とし―― ふと、視線の先に見慣れないものを見つけた。
雨で霞む視界の中、ぽつぽつと立つ背の高い外灯。波打つ視界でぼんやりと照らされたライトの下、何かがその白光を反射して妙な光りを弾いている。じっと目を凝らしてみると、それは銀色の光をしていて―― よく見ればその光の下にはスーツに包まれた体があった。
(―――人じゃねぇかよ!)
ひゅっと喉が鳴る。
光は胸ポケットから覗く銀色のボールペンが反射したもので、服が真っ黒であった為にすぐ人間だと気付けなかった。大雨と夜の暗闇という悪条件が重なったのが原因なのだろうが、ともかくも助けなくてはならない。その人間は塀に上半身を凭れさせ、足を投げ出して項垂れている。
慌てて溜まった雨水を跳ねながら秀二は走った。死んでたら事件だ、どうしようと思う。
「お、…おい!あんた大丈夫か!?」
側に寄ると、それは男性で酷く悪い顔色をしていた。真っ青などという表現では足りず、既に色味すら失い人形のような色をしている。秀二が声をかけてその肩に触れると、男性はゆぅるりと顔を上げた。
雨に濡れた顔は水が滴り、張り付いた髪が雨の道筋を作っていた。
筋の通った鼻梁は高く、唇は薄い。形のいい顎の輪郭はいっそ扇情的とも言えた。―― けれど、本来赤味がかっているはずの口は紫になり、その体温は著しく低下している。
そうしてその男の瞼がゆっくりと押しあがり―― 瞳が、秀二を映し出した。
「―――・・・!?」
秀二は小さく息を飲む。
開かれた目の、吸い込まれそうな漆黒の二玉。貫いた色彩は一色の黒なのに、まるで七色に光っているように美しい。
…けれど。秀二が驚いたのはその美貌がどうとかではなく、この印象的な目で昼間の記憶が蘇ったからだった。そう、この目は見たことがある。確か―――
「―――そうだ、あんた桐蔭電機工科大学の!」
思わず状況を忘れて小さく叫ぶと、男が不思議そうな顔で秀二を見上げた。
あぁ間違いない、と秀二は呻く。この異様に綺麗な顔と吸い込まれそうなほどの漆黒の目は、昼間修理で訪れた桐蔭電機工科大学の事務室にいた、異色の先生に違いない。―― こんなびっくり美人の顔、そうそう忘れられはしない。
秀二は何でこんなトコにと目を丸くしていたが、その当の男が微かに何事か口にした。
しかし冷え切ったそれはまともに開かず、何と言ったのか秀二には解らなかった―― が、秀二を正気に戻すには十分だった。
ぼんやりと秀二を見上げる男にはっと我に返る。
「――って、ンな場合じゃなかった!」
言うが早いが、男の横に片膝をついた秀二は腕を掴むと己の首に回して持ち上げた。
驚いて、え、と声を発した男を綺麗に無視し、秀二は半ば引き摺る様にして道を進む。
とにもかくにも、まずは屋根のある場所に避難だ。
「俺ン家すぐそこなんだ!この辺病院ねぇし、とりあえず体あっためねーとマズいだろ!?救急車なんか待ってたら肺炎なってコロっと逝く!」
結構とんでもないことを口走っているが、秀二は本気だった。
雨は強くなる一方で、降り止む気配は微塵もない。目の前で死人など、冗談じゃないのだ。秀二は低い声で唸る。
氷の顔などもういらない。―― 天に向かって、もう沢山だと悲鳴を上げた。
――― もう沢山だ、目の前で冷たくなる体なんて!
「あ…の…、」
「――あ、大丈夫!もう着くから!」
男が上げた掠れ声に、秀二はよたよたと歩きながら笑って返した。
すると男はいや、そうじゃなく、と弱い声で途切れがちに言い。
「せいと、さん・・・、の、お世話に、・・・なるわけには――」
「セイトサン?…あぁ、俺生徒じゃねぇから大丈夫。遠慮はいらねーよ、単なる通りすがりっつーか…昼間自販機修理に来た業者、覚えてっかな」
安心させてやろうと少し朗らかに言うと、男が「あ、」と口にした。何か思い出したらしい。
「自販、機の…鍵の――?」
「そうそう!事務室に鍵借りに来たの俺。…っと、先生着いたぜ」
アパート辿り着き、階段を慎重に上りながら言うと、一瞬男が「いや、俺は…」といいかけて、やがて小さな声が「済まない」と言った。
何を言いかけたのか少し気になるところではあったが、そんな事よりも体だ。双方共に全身濡れそぼっていたが、男はそれに増して体が完全に冷え切っている。――あの手の冷たさと同じように。
アパート二階の三号室に着くと、秀二は急いでポケットから鍵を取り出した。含みすぎた水分のせいで一度ずるりと滑り、舌打ちしながら再度がちゃがちゃと鍵をまわす。開いた鍵に目一杯ドアを開けると、乱暴に足で広げて身を滑り込ませた。男を見ると眼を閉じて真っ白な顔をしていた。体は酷く冷たい。
嫌だ、と思った。男がではなくて、触れた体が冷たいのが嫌だった。
世界に響くのは雨の音。ざぁざぁと絶え間なく木霊している。
玄関から見える窓の外、ガラスを滑る雨はゆらゆらと揺れて――・・・。
―― りりぃぃん ――
やめろ。
無いはずの電話の音が耳の奥に木霊した。急激に体全体が心臓になったように鼓動が響いた。秀二は無言で靴を放ると男を部屋へ引き摺った。顔は酷い恐怖に囚われ、部屋に入るなり電気を点けると開け放たれたカーテンをひいて景色を閉ざす。カーペットに横たえた男の靴を引っ張り脱がせ、浴室に走ってバスタオルを全部持ってきた。バスタオルなど一枚あれば十分であるのに、必死の形相で秀二は男の服を脱がせる。服はスーツで黒の背広とスラックス、淡い水色のカッターに濃紺のネクタイをしていた。秀二はそれらを全て取り去り、下着だけになった男にバスタオルで髪や体を拭いた。擦る。体が冷たい。冷たい。
まるでこれじゃあ氷じゃないか――― あの時と同じ、つめたいこおり――
――― あぁ、もう沢山だ!
秀二は懸命に体をこすり、暖かさを呼び戻そうと必死になっていた。目は苦悶に歪められ、口は何度も「イヤだ」と呟いている。外は、雨の音が響いている。何かを迎えにきているように、秀二の部屋のガラス窓を叩く。
ざぁざぁ、ざぁざぁ。
「…、…」
「!」
男の声が漏れ、柳眉が僅かに寄せられた。は、と秀二は我に返り、触れた男の体がほのかに温かみを帯びている事に気付くとへたり込む。
安堵の吐息を落とし、次にハッと気付いた。
(は、裸に剥いて体擦ってるってのは、何かちょっと…マズくね?)
大変にまずい。まずいし、おかしい。
漸く己の錯乱状況を思い、秀二は慌てて立ち上がった。
恥ずかしさを誤魔化すように部屋の隅にあるクロゼットへ走ると、がしゃりと開いて客用布団を引っ張り出す。自分のベットの直ぐ横へそれを敷き、男の元へときびすを返した。
側に戻ると、背と足に腕を入れ――
「――どっこい…重ッ!!」
気合いを入れて持ち上げようとしたが、秀二は五秒で諦めた。
多分どう頑張っても、火事場の馬鹿力を発揮しても、この男を持ち上げることは無理に違いない。哀愁を纏った笑みを浮かべながら、秀二はうっそりと軽く落ち込んだ。あぁ、非力な腕が憎たらしい。
男を持ち上げることは諦めて、秀二は後ろから背中を抱くと足を引き摺って移動させた。意識のない半裸の男に抱きつくというのはちょっと構図的にどうかと思ったが、深くは考えず布団に乗せる。考えたら負けだと心の自分が元気づけていた。
服をどうしようかと再びクロゼットを漁ると、大き目の新しいパジャマが一枚発掘された。
おお、と見つけたて広げたそれに、秀二の顔は渋面に歪むこととなった。
(これ、確か去年初めて通販した時サイズ間違って買った…)
Mサイズにチェックを入れたつもりがLサイズだったという、超簡易ミスで購入してしまった商品だ。しかも返品不可ですと言われてしまえばもうどうしようもない。
値段が少々高かった為棄てることなく取っていたが―― まさか、こんな所で役立つとは。
世の中って解らないと首を振り、秀二はパジャマを取り出した。
男に四苦八苦してパジャマを着せると、仕上げに掛け布団を上から乗せ、漸く秀二は一息ついた。
そうしてあぁ、つかれた、と伸びをしようとして。
「―――…って、そういや自分はそんままかよ」
思わず己に裏手ツッコミを入れ、ズビシと決まったそれに苦笑いを浮かべた。男を見ると、顔色が先ほどよりも見られる色になった気がした。
端正な顔立ちの表情は落ち着き、無表情ではなく、ただ休んでいるといった感じに見える。
(…まぁ、いっか)
微笑み、秀二は自身も服を脱ぎながら浴室へ向かった。
体は冷たくなっており、しっかり風呂で温まらなければ風邪を引きそうだった。