幻の家
その家は突然その場所に現れた。
昨日まで確かに空き地だったその場所に、まるで幻のように唐突に。
平屋建てながらも薄暗いその場所にそびえたつ様は、まるでお化け屋敷のようで薄気味悪い。そのくせ家の中からは、まるで僕らを誘うように甘美な匂いが漂ってくるのがいかにも怪しかった。
そう、それはさながら童話に出てくるような『お菓子の家』のように……。
「ねえ、ゴロー君。少し入ってみよ?」
幼馴染のゴウ君は甘美な匂いの誘惑に負けたのか、突然そんなことを言い出した。
「やめとこうよ。危ないよ」
僕がそう言うと、ゴウ君は心底呆れたような顔をして僕のことを弱虫だと罵った。それでも僕は絶対にその家に入りたくなかった。家が放つ異様な雰囲気もさることながら、まだ小さい頃に今は亡きお祖父ちゃんに聞いた話を思い出したからだ。
お祖父ちゃんが子供の頃にもやっぱりこの場所に突然家が現れたことがあったらしい。不思議に思った当時の大人たちが調査のためにその家に入ったそうだが、調査に入った者はいつまで経っても出てくることはなく、それどころかその家はいつの間にか姿を消してしまったという内容の話だった。
ずっとお祖父ちゃんが作った怪談話だと思っていたけれど、今僕の目の前にある家がまさにその怪談に登場した家ではないのか、そんな気がするのだ。
「もういいよ。弱虫なゴロー君はそこにいればいいさ」
やがて痺れを切らしたのか、ゴウ君は僕を置いて一人で家に入ってしまった。
ゴウ君を置いて帰るわけにもいかないので、僕は家の外でゴウ君が出てくるのを待つことにした。
一時間、二時間……。
いくら待ってもゴウ君が出てくる気配はない。
「ゴウ君、そろそろ帰ろうよ」
外から大声で家の中に向かって叫ぶと、消え入りそうな程小さな呻き声が返ってきた。
やっぱり中で何かあったんだ。そう思うと、僕はいてもたってもいられなくなった。
「まってて、すぐ助けに行くから!」
「ゴロー君、来ちゃダメだ……」
か細い声でゴウ君が僕を止めようとしたけれど、僕はそれを無視して大切な友達を助けるために家に向かって走った。
もう怖いなんて言っていられない。
家に足を踏み入れると、外にいたとき以上に強烈な甘い匂いが僕の意識をぼーっとさせる。床にも何か仕掛けがあるのか、ネバネバした物が身体に纏わりついた。
恐怖で逃げ出したくなるのを堪えながら一歩一歩慎重に進んでいくと、部屋の中央ですっかり弱ったゴウ君を見つけた。
「大丈夫?」
「ゴロー君、どうして来たんだよ……」
「放って置けるわけないよ」
僕がゴウ君に纏わりつくネバネバを必死になって剥がそうとすると、それは僕にまで纏わりつく。動けば動くほど、自由を奪われる。そう気づいたときには僕もゴウ君もすっかり動けなくなっていた。きっと過去に調査に入った人も、こうしてこの家から出られなくなっていたのだろう。
ふいに家そのものが激しく揺れだした。窓の外が明るくなる。
家が飛んでいる?
そう思った瞬間、窓の外からすごい勢いでガスが噴き出してきた。
苦しい、息ができない!きっとこのガスは毒ガスなんだ……。
「このまま死ぬのか……?」
ゴウ君のその問いに、もう僕は何も答えることができなかった。
薄れいく意識の中で、最後に考えたのは『なぜこの家が幻のように突然現れ、中に入った者を閉じ込めて、また幻のように消えていくのか』というこの家の謎についてだった……。
こうして僕の意識は永遠に闇に消えていった。
舞台は変わって、そこはある家のキッチンの一角。まだ小学生くらいの男の子が四角い箱のようなものを拾い上げてなにやら騒いでいる。
「おか〜さ〜ん、見てよ。大きいのが二匹も入ってる。気持ちわる〜」
「あら、ホント。昨日仕掛けて、一晩で二匹も入ってる。このゴキブリ取り、よく取れるわ〜。また仕掛けておこうかしら」
「それにしても、よくこんな変な匂い袋に誘い出されるな〜」
「きっとこの黒い悪魔のような虫には、いい匂いに感じるんでしょ?」
男の子の母親は箱の窓から、中に入った害虫にトドメを刺すように殺虫剤を噴きかけた。そしてそのまま二匹の害虫が入った箱をゴミ袋に放り込んだ。
これは何処にでもある、そんな話……。
嫌な物を登場させてごめんなさい(泣)
お食事中の方、生理的に嫌悪された方、夢にうなされた方、ならびにチラッと視界の端に動くものが<あの虫>に見えてしまう症状に陥った方、全ての方にごめんなさい<m(_)m>
私自身、あいつらは人類の敵として恐怖の対象だと思ってます。見かけたら、しばらく寝れません(泣)
途中から文章が投げやりな感じになっているのは、リアルなイメージが脳裏によぎってしまった所為ということにして許してやってください……。