氷の冷酷公爵様、心の声が【特大ネオン看板(虹色爆音発光)】で頭上に表示されている件について。〜「興味ない」と言いながら頭上で『天使! 尊死! 一生養う!』が激しく点滅中〜
「ルチアナ嬢。君との婚約についてだが」
氷点下の美貌が、低く冷たい声で私を見下ろしていた。
黒髪に鋭い氷青色の瞳。長身躯に隙のない軍服を纏ったこの美青年こそ、帝国屈指の名門にして「氷の処刑人」と恐れられるアレクシス公爵である。
そして私は、しがない没落寸前男爵家の娘、ルチアナ。
親の遺言という縛りだけで成り立っているこの政略婚約は、冷徹な彼にとって重荷以外の何物でもないはずだった。現に、月一度のお茶会でも彼は常に無表情で、私と目を合わせようともしない。
(……うん、知ってた。いよいよ今日、婚約破棄の言い渡しね!)
前世で社畜生活を送り、過労死したあげく乙女ゲーム風の異世界に転生した私である。
人生二度目ともなれば引き際の大切さは骨身に染みている。慰謝料をむしり取ろうなどと浅ましいことは考えず、笑顔で「謹んでお受けいたします」と答えて、田舎でパン屋でも開こう――そう覚悟を決めた、その瞬間だった。
『ピロリロリロリロリロリロリロ――ン!!!』
突如、私の脳内に、家電量販店の安売りセールのような陽気極まりない電子音が爆音で鳴り響いた。
【システム起動完了! ようこそ、運命の宿主様!
あなたの悲惨な運命を救うため『ターゲットの好感度可視化チート』を無料プレゼントいたします!
※現在ベータ版のため、少々表示に不具合が生じる場合がございます☆】
(……は? システム? チート? いや、頭の中で喋らないで……って、え!?)
驚愕した私の目の前で、現実の空間が歪んだ。
アレクシス様の頭上――およそ三十センチほど浮いた虚空に、突如として**【巨大なパチンコ屋の看板めいたド派手なネオンサイン】**が実体化したのである。
バチバチッ! キュインキュインキュイン!!
虹色に発光しながら、ドット絵の文字が激しく点滅し始めた。
『うわあああああああああああ今日も世界一可愛い天使かよ死ぬ!!!!!』
『三日三晩徹夜で魔獣討伐終わらせて会いに来た甲斐があったあああああ!!』
『吸いたい! そのサラサラの栗色の髪吸いたい! 神様ありがとうフォーエバー!!』
(……へ?)
私は完全に硬直した。
目の前のアレクシス公爵は、眉ひとつ動かさず、相変わらず冷酷無比な氷の貴公子然としたポーカーフェイスを保っている。腕を組み、切れ長の瞳で冷たく私を睨みつけている……ように見える。
だが、彼の頭上では、
『ああっ、目を合わせてくれない! 嫌われた!? 死のうかな!?』
『いや待て、俺の目つきが悪すぎるのか!? 鏡の前で三時間笑顔の練習したのに笑顔作ろうとすると顔筋が痙攣するんだよクソが!』
『手袋外して手ぇ繋ぎたい! ぷにぷにしたい! ハァハァ……落ち着けアレクシス、理性を保て、紳士であれ……!』
ピカピカ! ドゴォォォン!(※文字の周りで祝砲の花火エフェクトが炸裂中)
「あ、あの……アレクシス様?」
「何だ」
声は絶対零度。凍りつくようなバリトンボイス。
しかし頭上のネオン看板は:
『名前呼ばれたァァァァァッ!! 全人類祝日決定!! 国庫を開放しろ!!』
と、激しくピンク色にスパークしている。
(待って、情報量が多い。ちょっと待って)
私はこめかみを押さえた。
どうやら、私の頭の中に現れたポンコツシステムとやらは、「好感度を数値化して私にこっそり教える」はずの機能をトチ狂い、**「彼の狂おしい本音を物理的なネオン看板にして現実世界に射出する」**というとんでもない大暴走をやらかしたらしい。
(幸いなのは……この看板、アレクシス様本人には見えてないし、周囲の給仕たちにも見えてないっぽいこと……?)
給仕長は涼しい顔で紅茶を注いでいる。見えているのは私だけのようだ。
しかし、目の前で「死のうかな!?」と「愛してる!!!」が交互に1秒間隔で点滅している男を前にして、どうやって平静を保てというのか。
「ルチアナ嬢」
「は、はいっ!」
「……茶が冷める。早く飲め」
ぶっきらぼうにカップを指すアレクシス様。
頭上:
『熱い茶で猫舌のルチアナが舌を火傷したら俺の心臓が破裂して死ぬから完璧な適温に冷ましてあるぞ! さあ飲んでくれ! 君が口をつけたカップを後で粉末にしてカプセルに入れて持ち歩きたいくらいだ!!』
(後半の狂気がすごい!! ちょっと引くけど愛が重すぎる!!)
私はゴクリと唾を飲み込み、冷めかけの紅茶に口をつけた。
「……美味しいです。ちょうどいい温かさです、閣下」
「そうか」
フン、とそっぽを向く冷血公爵。
だが頭上:
『ウッ(心停止の音)』
『尊い……聖母……? 聖女……? いや俺だけの神……』
『生きててよかった……ルチアナ教に入信します……布施なら国家予算分ある……』
プツン、とネオンの文字が「昇天」の二文字を残して消え去りそうになる。
あぶない。目の前のイケメンが内心で成仏しかけている。
私はようやく理解した。
この人、冷徹でもなんでもない。ただの**「感情表現が極度に下手くそで、私に対して激烈にクソデカ感情を抱いている限界オタク」**だ!!
そうと分かれば、話は別だ。
前世で幾多の炎上プロジェクトと気難しいクライアントを捌いてきた元社畜の血が騒ぐ。
このシステムの悪用――ゴホン、有効活用法が、瞬時に脳内で組み上がった。
「あの、アレクシス様。先ほど『婚約について』とおっしゃいましたが……やはり、私のような地味な女では、公爵家の名に泥を塗ってしまいますよね?」
あえて伏し目がちに、しおらしく尋ねてみる。
カチャリ、と彼の手のティーカップが微かに揺れた。
「……私の妻となる者に、派手さなど求めていない」
「ですが、社交界では『氷の公爵が貧乏男爵令嬢に妥協した』などと囁かれておりますし……私、閣下のご迷惑になりたくないのです。もしご重荷でしたら、いつでもこの婚約を破棄してくださって――」
ドギャァァァァァァン!!!!!!
鼓膜を劈くような幻聴とともに、アレクシス様の頭上に過去最大級のギガサイズネオン看板が出現した。
文字の色は血のような真紅。そして激しくドクロマークが回転している。
『破棄!?!?!?!? 無理無理無理絶対無理死ぬ死ぬ死ぬ!!!!』
『誰だそんな噂流したカスは!? 一族郎党八つ裂きにして氷山に埋めてやる!!』
『迷惑なわけないだろお前がいないと俺の人生は暗黒の虚無なんだよ!!』
『頼むから捨てないでくれえええええ! 靴でもなんでも舐めるから! 犬になります! ワン!! ワルツじゃなくて今日から四つん這いで歩くからあああああ!!』
(犬宣言出たーーー!?!?)
吹き出しそうになるのを、私は唇を噛んで全力で耐えた。お腹が捩れそうである。
帝国の至宝、常勝無敗の英雄公爵が頭上で「ワン!」と虹色に吠えているのだ。面白すぎる。
しかし、本人の口から出てきた言葉はこれだ。
「……戯言を。誰が何を言おうと、君が気にする必要はない。この婚約を白紙に戻すつもりは……毛頭ない」
ギロリと睨みつけるような目力。他人が見れば「脅迫」にしか見えないだろう。
だが頭上には、
『頼む……どうか信じてくれ……俺の宝物……手放すくらいなら世界を滅ぼす……』
としおしおと涙を流すアスキーアート(´・ω・`)が描かれていた。可愛すぎか。
「ふふっ……承知いたしました。閣下がそうおっしゃってくださるなら、私、ずっと閣下のお傍にお仕えしますね」
「ッ……!?」
私が満面の笑みを向けると、アレクシス様はビクッと肩を跳ね上げ、バッと口元を手袋で覆って顔を背けた。
耳の先が真っ赤だ。
そして頭上のネオン看板は、限界突破を起こしたように火花を散らし、
『【祝】我が人生、完全勝利の巻【全米が泣いた】』
『明日、宝石商を百人呼ぼう』
と神々しい金文字を表示したのだった。
◇◇◇
数日後。
私はアレクシス様にエスコートされ、皇宮で開かれた盛大な夜会に出席していた。
ドレスは、アレクシス様から「これくらいしか手頃なものがなかった」と素っ気なく贈られてきたものだ。最高級の妖精絹に無数の星屑ダイヤモンドが散りばめられた、一国が買えるレベルの特注品である。(※頭上ネオン:『似合いすぎて失神するかと思った。妖精の国に連れ去られないように俺が結界を張らねば』)
会場に入ると、周囲の貴族たちから痛いほどの視線が突き刺さる。
冷酷公爵が連れてきた婚約者が、格下の男爵令嬢。面白くない連中は山ほどいるのだ。
アレクシス様が少し席を外した隙を、ハイエナたちは見逃さなかった。
「あら、ごきげんようルチアナ様。身の丈に合わない豪奢なドレスを着せられて、まるでお人形遊びのようですわね」
扇子で口元を隠しながら近づいてきたのは、傲慢で有名な侯爵令嬢エレノアとその取り巻きたちだった。
「身分を弁えぬお方が公爵家の隣に立つなど、帝国の恥ですわ。アレクシス様も、義務感だけでお優しくされているに違いありませんのに。早く身を引かれてはいかが?」
クスクスと意地の悪い嘲笑が響く。
乙女ゲームならここでヒロインが涙を浮かべる場面だが、今の私には痛くも痒くもない。
なぜなら――。
(あ、戻ってきた)
エレノアたちの背後から、氷山のような冷気を纏ったアレクシス様が音もなく歩み寄ってきたからだ。
彼の手には、私が「喉が渇きました」と言ったのを聞いて自ら取りに行ってくれた果汁水のグラスがある。
エレノアは気付かず、さらに私を侮辱しようと口を開いた。
「大体、あなたのような取り柄のない女が――」
「私の婚約者に、何か用か」
地獄の底から響くような冷徹な声。
エレノアたちが「ひっ」と息を呑んで振り返る。
アレクシス様は、夜叉のような冷酷な笑みを浮かべ、殺気すら孕んだ瞳で令嬢たちを見下ろしていた。
「あ、ア、アレクシス様……! ち、違いますの、わたくしたちはただ、この方が公爵夫人の器にふさわしいかお話を……」
「貴様ごときが私の妻を測るなど、不敬極まりない。身の程を知れ、羽虫が」
ゾッとするほどの冷酷貴公子ムーブ!
周囲の貴族たちも恐怖で息を呑んでいる。
だが……私の視界では、彼の頭上が大変なカーニバル状態になっていた。
ピロピロピロピロ!! 警告音!!
真っ赤なパトランプ風ネオンが高速回転している!!
『我がルチアナに暴言を吐いたなゴミ共がああああああ!!!』
『ルチアナが! 傷ついて! 泣いたら! どうするんだ!!』
『よし決めた、侯爵家の脱税と不正密輸の証拠を明朝皇帝に突き出して取り潰してやる! 絶対に許さん! ルチアナの涙一滴は国家の滅亡に値するのだ!!』
『ていうかルチアナ怖かったよね!? 大丈夫!? 俺が今すぐ抱きしめてヨシヨシしたい! いい匂い嗅ぎたい! でも衆人環視でやったら嫌がられるか!? くそっ、この社交界ルールめ爆破してやる!!』
(内心が過激派すぎる!!! あと抱きしめたい欲を必死に理性で抑えてるの健気!!)
エレノアたちは、公爵の「表の殺気」に耐えきれず、顔面蒼白で失禁寸前になりながら「も、申し訳ございませんでしたぁぁぁ!」と蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
完全なる速攻勝利である。私は一言も反論していないのに、相手は社会的に爆死することが確定したようだ。
「……ルチアナ」
アレクシス様が向き直る。
その顔は、他者を寄せ付けない氷の仮面。だが……。
『嫌われたかも……冷酷で怖い男だって思われたかも……もう終わりだ……』
『嫌だ……俺を捨てないで……シクシク……』
頭上のネオンが、しょんぼりと雨雲のエフェクトを降らせていた。
ギャップで胸が破裂しそうなくらい愛おしい。
「……怖かったか」
低く呟かれたその声に、私は首を横に振った。
そして、一歩踏み出し――彼の手袋に包まれた大きな手を、両手でぎゅっと包み込んだ。
「いいえ。守ってくださって、とっても嬉しかったです。……私の、かっこいい騎士様」
ドゴォォォォォォォンッ!!!!!!
頭上でネオン看板が物理的に大爆発を起こした(ように見えた)。
極彩色の花火が百連発で打ち上がり、眩いゴールドの光文字が夜会の天上を覆い尽くす。
『【速報】アレクシス・フォン・ヴァレンシュタイン、尊さにより無事死亡』
『かっこいい騎士様!? 俺が!? ルチアナの!? ギャアアアアアア!!』
『結婚!! 今夜結婚する!! 神父を拉致してこい!!』
「アレクシス様?」
「…………っ」
アレクシス様は、まるで致命傷を負ったかのように胸を押さえ、その場に片膝をつきそうになって踏みとどまった。
耳はおろか、首筋まで真っ赤に染まっている。
彼はギリッと奥歯を噛み締め、何とか威厳を保とうと絞り出すように言った。
「……ば、馬鹿者が。人前で……軽々しく、そのような……」
頭上:
『一生離さない愛してる愛してる愛してる死ぬまで愛す死んでも化けて出て愛す』
(もう! 口と心が違いすぎて、可愛すぎますっ!)
◇◇◇
夜会からの帰り道。
公爵家の豪奢な馬車の中に、二人の沈黙が満ちていた。
しかし、それは決して気まずい沈黙ではない。
隣に座るアレクシス様は、窓の外をじっと見つめている。
けれど、繋がれた手は先ほどから一度も離されていない。むしろ、壊れ物を扱うかのように、おそるおそる、けれど決して逃さないという強い力で握りしめられていた。
ふと、彼の頭上のネオン看板を見る。
いつも騒がしい電光掲示板が、今は静かに、淡く温かい桜色の光を放っていた。
『ルチアナ』
『君を幸せにしたい』
『俺の全てを懸けて、生涯をかけて、君を笑顔にすると誓う』
そこには、ギャグも誇張もない。
ただひたすらに純粋で、深く、温かい――彼の魂そのものの言葉が灯っていた。
(……ズルいなぁ)
こんなの、好きにならないわけがない。
最初は面白がっていただけのシステムだったけれど、彼のこの不器用で、誰よりも真っ直ぐな真実の愛を知ってしまったら。
私の心臓もまた、彼と同じくらい激しく高鳴っているのを止められなかった。
「アレクシス様」
「……何だ」
振り返った彼の瞳は、夜の闇の中でも星のように美しく揺れている。
私はクスリと微笑んで、彼の肩にコテンと頭を預けた。
「……っ!? ル、ルチアナ!?」
「疲れちゃいました。少し、寄りかかってもいいですか?」
「あ、ああ……構わんが……」
頭上のネオンが『昇天アゲイン!』と激しく自己主張し始めたが、私は見ないふりをしてぎゅっと腕に抱きついた。
「あのね、アレクシス様」
「……何だ」
「私、閣下の妻になれて、世界一幸せです」
「――ッ」
ピロリロリロリロリロリロリロ――ン!!!
その瞬間、再び脳内にあの陽気な電子音が響き渡った。
【おめでとうございます! ターゲットの好感度がカンスト(測定不能値:無限大)を突破いたしました!
規定値に達したため『好感度可視化システム』はこれにて役目を終了し、アンインストールされます☆
末長くお幸せにー!】
シュゥゥゥ……と音を立てて、彼の頭上に浮かんでいたド派手なネオン看板が、光の粒子となって夜空に溶けて消えていく。
(あ……消えちゃった)
少しだけ寂しい気もした。けれど、もうあんなおかしな看板は必要ない。
だって――。
「ルチアナ」
アレクシス様の手が、私の頬にそっと触れた。
手袋はいつの間にか外されていて、触れ合う素肌の熱さに息が止まりそうになる。
彼がゆっくりと顔を近づけてくる。
その氷青色の瞳には、ネオンの光など足元にも及ばないほどの、狂おしい熱情と愛しさがこれでもかと溢れかえっていた。
「……生涯、君を離さない。誰にも渡さない。俺の命の全てで、君を愛し抜く」
それは、文字ではなく。
彼自身の震える声で、真っ直ぐに紡がれた本音だった。
「……はい! 喜んで、捕まってあげます!」
私が笑って答えると、アレクシス様は感極まったように、けれどたまらなく優しく、私の唇に自らの唇を重ねたのだった。
(ふふっ、システムさん、ありがとう)
(でもね――生の声で聞く彼のデレが、一番心臓に悪いみたいです……っ!)
馬車の窓の外、帝都の夜空には、まるで二人の未来を祝うかのような満天の星が、虹色のネオンよりもずっとずっと眩しく瞬いていた。




