手から手へ ―あるぬいぐるみの最後の旅―
わたしを作ったのは、気まぐれな魔女だった。
どんな顔をしていたか、もう思い出せない。覚えているのは、その人の指がとても冷たかったことと、最後に綿を詰め終えたとき、ふっと笑って「さて、おまえはどこまで行けるかね」と言ったことだけだ。
魔女はわたしに二つのことをくれた。ひとつは、手放されるたびに、その人へ一言だけ言葉を返せること。もうひとつは——あとで話す。それは、いちばん最後にならないと意味のわからない魔法だった。
わたしは旅をした。といっても、自分の足で歩いたわけじゃない。わたしには足の裏に縫い目があるだけで、立つこともできない。旅をしたのは、人の手だ。手から手へ、わたしは渡っていった。
最初に覚えているのは、市場の籠の中の暗さ。それから、誰かの子供部屋の、日の当たる窓辺。男の子に買われて、犬みたいに振り回されて、片方の耳がほつれた。その子はわたしに飽きて、弟にくれた。弟はわたしを大事にしたけれど、引っ越しのどさくさで箱に詰められ、誰かの家のバザーに出された。
そうやって、わたしは何十年も手から手へ渡った。
乱暴な人もいた。煙草の火を近づけて、布に焦げ跡をつけた人。それでも、別れぎわには一言を残した。わたしの魔法は、手放されるその瞬間にだけ働く。だからわたしは、その焦げ跡の男にも言った。「あなたの手は、あたたかかったよ」と。嘘ではなかった。ひどい人でも、抱いている間の手は、たいていあたたかいものだ。
優しい人もいた。わたしのほつれを丁寧に縫い直してくれた老婦人。彼女はわたしを孫にゆずるとき、長いこと迷っていた。手放すとき、わたしは言った。「ありがとう、ずっとあたたかかった」と。彼女には聞こえたと思う。少しだけ、目もとを押さえていたから。
わたしの体には、そういう人たちの跡が全部残っている。焦げ跡。縫い直した糸の色違い。片方なくなった、ボタンの目。継ぎはぎだらけのわたしを見おろすと、これは誰、これは誰、と思い出せる。わたしの体は、わたしが渡ってきた手の記録だった。
そうして、ずいぶん古びたわたしは、ある町のバザーの、台の隅に並べられていた。
よく晴れた日だった。
女の子は、その人混みの中を、お母さんに手を引かれてゆっくり歩いていた。やせていて、肌が紙のように白くて、少し歩いては立ち止まった。その子の歩き方を見て、わたしにはなんとなくわかった。ああ、この子は、あまり外に出られない子だ。今日はきっと、調子のいい日なんだ。
たくさんの古いおもちゃの中で、その子の目は、わたしのところで止まった。
わたしはいちばんみすぼらしかったと思う。耳はほつれ、目はひとつしかなく、焦げ跡まである。隣には、もっときれいなぬいぐるみがいくらでも並んでいた。それなのに、その子はわたしを指さして言った。
「これがいい」
お母さんが、ほかのを見ようよ、ときれいなのを勧めても、その子は首を振った。
「この子がいい。だって——」
そのあとを、その子は言わなかった。けれどわたしには、なんとなくわかった気がした。誰にも選ばれそうにないものは、選ばれそうにないもの同士、わかるのだ。
わたしは、その子の小さな手に渡った。
その手は、これまでのどの手より軽くて、頼りなかった。けれど、わたしを握る力だけは、不思議としっかりしていた。
また渡った、とわたしは思った。これで何度目だろう。この子もきっと、いつか飽きる。大きくなって、もっと別のものを好きになって、わたしを箱にしまう。これまでの全員がそうだったように。わたしは長く生きすぎて、別れというものを、もうすっかり知っているつもりだった。
その子は、わたしに名前をつけた。
へんてこな名前だった。ここには書かない。その子だけが呼んだ名前だから、その子のものにしておきたい。
わたしの暮らしは、その子の部屋の、白いベッドの上になった。
窓の外には大きな木が一本見えて、季節が変わるたびに色を変えた。その子はたいてい、ベッドの中にいた。点滴の管がつながっていることもあった。それでもその子は、わたしを枕の横に置いて、たくさんの話をした。
学校に行けたら入りたかった部活のこと。大きくなったら飼いたい犬のこと。海を見たことがないから、いつか見たいということ。その子はわたしに、未来の話ばかりした。自分の未来が、たぶん、ほかの子より短いことを、薄々わかっている子の話し方だった。だからこそ、未来の話をするのだと思った。話している間だけは、それがあることになるから。
苦しい夜もあった。その子が小さく泣く夜。わたしは何もできない。立つこともできないし、手を握り返すこともできない。ただ、その子の腕の中で、抱きしめられているだけだった。
わたしには、別れのときの一言しかない。それ以外のときは、ただの古いぬいぐるみだ。その子がいちばん苦しいときに、わたしは何も言ってやれなかった。それが、長く生きてきて、いちばんつらいことだった。言葉を持っているのに、肝心なときには使えない。魔女は、そういう意地の悪い作り方をしたのだ。
季節が、二回めぐった。
窓の外の木が、二度赤くなって、二度裸になった。
その子は、だんだん話さなくなった。未来の話も、しなくなった。ただ、わたしを抱く手だけは、放さなかった。眠るときも、目を覚ましたときも、わたしはその子の腕の中にいた。
わたしは、それまでのどの持ち主のときとも違うことに、気づきはじめていた。
いつもなら、わたしはとっくに次へ渡されているはずだった。飽きられて、譲られて、捨てられて——どんな別れでも、いつか必ずやってきた。それがわたしの旅だった。手放されるから、わたしは次へ行けた。手放されつづけることが、わたしが旅をつづけるということだった。
でも、この子は、手放さなかった。
飽きる時間も、わたしを誰かに譲る時間も、その子には来なかった。
最後の夜のことは、よく覚えている。
その子はもう、目を開ける力もなかった。お母さんとお父さんが、ベッドの両側にいた。その子の腕は、それでもわたしを抱いていた。とても弱い力で、けれど、放さなかった。
わたしは、わかってしまった。
ああ、これは、別れだ。
でも、これまでの別れとは違う。これは、手放される別れじゃない。この子は、最後まで、わたしを手放さない。手放さないまま、いなくなろうとしている。
わたしの中で、なにかが、静かにほどけていくのがわかった。
それが、魔女のくれた、もうひとつの魔法の正体だった。
わたしは、寿命が尽きるまで、人の手から手へ渡る。そういうふうに作られていた。渡る先がある限り、わたしは旅をつづける。けれど、もう誰にも手放されないとき——本当に最後まで、ひとりの人のものでいられたとき、わたしの旅は終わる。
手放されつづけることが、生きることだった。
だから、手放されないことが、わたしの終わりなのだった。
いちばん長く、いちばん大切にしてくれたこの子が、わたしの旅を終わらせる人だった。
わたしは、最後の一言を使うことにした。
別れのときにしか使えない、たった一言。乱暴な男にも、優しい老婦人にも、これまでずっと、別れのたびに残してきた言葉。いつもは、その人の手のことを言った。あたたかかった、と。
でも、この子には、違うことを言いたかった。
わたしは、その子のうすく開いた耳もとで、生まれて初めて、自分から伝えたいと思った言葉を言った。
「いってらっしゃい」
さよなら、じゃなかった。ありがとう、でもなかった。
だって、この子はわたしに、未来の話ばかりしてくれた。海を見たいと言った。犬を飼いたいと言った。だからわたしは、見送る言葉を選んだ。これは終わりじゃなくて、その子がやっと、どこかへ出かけられるのだと。ずっとベッドの上から動けなかったこの子が、いま、いちばん遠くへ旅に出るのだと。
その子の腕から、すっと力が抜けた。
けれど、わたしを抱く手の、かたちだけは、そのまま残った。
わたしは、その手のかたちの中に、おさまったままでいた。
もう、次の手はなかった。次へ渡る必要も、なくなった。
わたしの旅は、終わった。
長い、長い旅だった。何十人もの手を渡ってきた。あたたかい手も、つめたい手も、乱暴な手も、優しい手もあった。けれど、最後まで放さなかったのは、いちばん小さくて、いちばん頼りない、この子の手だけだった。
わたしは、しあわせだったと思う。
ぬいぐるみのしあわせというものがあるのなら、それは、きれいなままでいることでも、大事に飾られることでもなくて、たぶん——最後の最後まで、ひとりの子の腕の中にいられることなのだ。
窓の外の木が、三度目の赤に、染まりはじめていた。
わたしはもう、何も言えない。一言は、使ってしまった。
だから、これは、声にならないわたしの、最後のひとりごと。
いってらっしゃい。
わたしは、ここで待っているよ。




