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どうでもいい

"魂の檻"という言葉を聞いて、アドナインは突然とある情景を思い出す。それはミコト様とのかつての日常の一節であった。

 真白で何の柄も入っていないフード付きローブに身を包み、木の枝の先に小さな鳥籠をつけたものを握りしめた身長180cm程の人物が道端に転がる中年の死骸を貪る大きな肉食獣に近付く。フードを深く被っていて顔がよく見えない。カランと鳥籠が揺らされると、肉食獣の頭が破裂し、肉片をまき散らしながら倒れた。非常に奇妙な光景だが、僕にとっては日常だった。僕はその人に近付き、フードに包まれた顔を覗き込むと、眼球が獣のそれである人間の女性の顔が視界に入る。目の周りに痛々しい縫い目があるものの、全体として整った顔立ちだ。

「どうしたの?」

女性にしては少し低めの、それでいて優しさを含んだ声でそう問われ、僕はこう返した。

「ミコト様の御顔に返り血が付いていないか気になってしまって。」

それを聞くとミコト様は微笑んだ。奴隷の言葉にも真摯に耳を傾ける心優しい魔術師、ミコト様はそんな御方だった。


 突然そんな情景が思い出されたことに、暫く驚愕のあまり立ち尽くす。僕はこの記憶を無意識下で思い出さないようにしていたことを、なぜか確信した。そんなことを考えている場合ではないと自分を奮い立たせ、目の前にいる獣人に再度警戒を向ける。すると突然、冷たい焦りが心に湧き上がってきた。この状況がより一層酷く絶望的なものに感じられたのだ。目の前の得体の知れない獣人に半年間の檻の中の生活で衰弱しきった生身の自分を晒している。おまけにこの獣人は魔法を使えるときた。この現状に抗おうとする気力が残っている方がおかしいのだ。ミコト様に捨てられた時点で僕に生きる意味などなかった。全身から力が抜け、いつの間にか膝から崩れ落ちていた。今の僕には何の気力も残っていない。

「どうでもいい。」

そう呟くと、それに呼応するように声が聞こえてくる。

「そうですよね。辛いですよね。こんなところにいつまでもいるのも何ですし、取り敢えず私の住処に行きませんか。」

目の前の獣人の声だ。それを認識する頃には、その獣人に抱きかかえられていた。その後すぐに夜の森の中を駆ける振動を感じ、意識が遠退く。今になって想像以上に自分が満身創痍であったことに気付いた。


 目が覚めると、ボロボロの木製の天井が目に飛び込んできた。暫く何の気なしにその天井を見つめていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「あっ、目が覚めたんですね。」

例の獣人の傷だらけの顔が目に入る。周りを見渡し、自分が寝ていたベッドとランタンの乗った小さな机以外には驚くほど何もない質素で薄暗い部屋に連れて来られたことを理解する。

「あ、あの、どういうつもりですか。」

僕がそう言うと、前の獣人は静かに答えた。

「ミコト様を探すお手伝いをしたいんです。あっ、あと、改めて自己紹介します。私は獣人のオルタードと申します。これからよろしくお願いします。」

そう言うと、オルタードは軽く会釈した。それを見て、敵意がないというのは本当であったことを確信した。

「オルタードさん...、」

何かを話そうと思い、ほとんど何の意味もなくそう呟くと、突然オルタードに抱きしめられた。

「やっと自発的に私の名前を呼んでくれましたね。嬉しいです。大好きです。」

オルタードの体温を感じると、なぜか涙が溢れ、止まらなくなった。僕はミコト様に捨てられてから、ずっと誰かからの愛に飢えていたのかもしれない。オルタードのこの行動の真意は分からないが、その後数十分の間、わけも分からず泣き続けた。

抱きしめられただけで泣き出してしまう情緒不安定な主人公、それはこの獣人、アドナイン〜〜。

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