そっくりさん
馬車でどこかへ移動するアドナイン達。そんななか、強烈な魔力の気配を感じるアドナイン。すると突然ボディーガード達の怒号と悲鳴が鳴り響いて、馬車が横転してしまう。
ディムとそのボディーガード達とともに僕は馬車に乗せられ、どこかへ移動していた。所々破れた幌の隙間から外を覗くと、きれいな夜空と森林が視界を彩る。半年ぶりだと何でもない風景も絶景に見える。流れる景色を眺めながら、心地良い夜の静けさに浸っていたのだが、ディムが沈黙を破った。
「今は一刻を争う。それに、実質的にⅦ家でまともに権力を行使できるのは現在俺だけだ。少しの無茶は必要なんだ。」
それにボディーガードの一人が答える。
「それは分かっていますが、よりにもよって獣人なんて。世間的な評価が悪すぎます。強さは認めますが。しかもこいつを...。」
「アドナインちゃん。」
ディムが静かに訂正する。
「そうですね。アドナイン...ちゃん。あなたが追い詰められているのは分かっていますし、お気持ちお察し致します。なんせ...家族全員が自殺ですからね。」
「自殺じゃない。他殺だ。誰かに殺されたんだ。魔法が使われた痕跡もあった。間違いない。敵を討つんだ。」
「...確かに可能性として完全に否定はできませんが、あまり期待するのも、いや期待という表現は良くないですね。失礼しました。あの...。」
「僕を置いて自らこの世を離れるなんてこと、父も母も、祖父や祖母もするはずないんだ。」
そう言うとディム様は俯いた。まるで魂が抜け落ちたかのようにずっと固まっている。第一印象は世間知らずの甘ったれだったが、意外と心中に苦しいものを持たれていたことに少し驚く。
ただ、そんなことよりも今は気にすべきことがある。なぜ誰も気付かないのだろう。人間が魔力に疎いのは知っているが、これだけ強大なものをただの一人だって察知できないものだろうか。それとも、彼らの仲間のものなのだろうか。それにしても、魔力の気配からこんなに悍ましいものを感じたのは生まれて初めてだ。伝えたほうが良いかと口を開こうとした瞬間だった。
「何なんだ。俺が何をしたって言うんだぁぁぁあああああ!!!」
ボディーガードの一人がそう怒鳴り、自ら自身の喉仏を短剣で切り裂いた。次いで怒号と悲鳴が鳴り響き馬車が横転した。咄嗟に外へ放り出されたディム様を地面に叩きつけられる前に抱きかかえ、安否を確認する。目立った怪我はない。
「大丈夫ですか、ディム様。」
一応本人に問う。
「あっ、えっ、あぁ。」
動揺されているようだ。ディム様を地面に寝かせて、周りを見渡す。すると、茂みがガサゴソと不気味に揺れていることに気付く。そこから今にも枯れそうな声が聞こえてきた。
「あぁ、世知辛いなぁ、本当に。死にたい。」
茂みから姿を現したのは僕そっくりの獣人だった。体のほとんどが茶色の毛で覆われているため、真黒な胸毛が目立つ。可愛らしい猫に人間の骨格をねじ込んだような姿だ。ただ、僕とは異なる部分もある。僕の尻尾や瞳が鮮緑色なのに対しこいつは真赤だ。顔には無数の引っ掻き傷があり、首に汚れた縄を巻いている。
「何者?」
僕は警戒しながら静かに訊いた。
「てっ、敵じゃないです。あっ、あの、オルタードと申します。とにかく敵意はありません!!!」
こいつがそう答えるのを聞いて、ここに獣人がいることに多少の違和感を抱きつつも、さっきまでの強烈な魔力の気配がすっかり消えていたこともあり、取り敢えず信じることにした。
「そう。ここは危ないから離れたほうがいいよ。多分まだ近くに相当手練の魔術師がいる。」
僕がそう言うと、こいつは俯きながら呟いた。
「はぁ、勘違いされちゃった。私ってついてないな。なんでだろ。本当に、なんで、なんでなの。」
取り乱している様子だったので慰めようとしたその瞬間、こいつが首から垂れている縄の両端を掴んだかと思えば、消えていた強烈な魔力の気配が再び押し寄せて来たのを感じ、安易に見ず知らずの獣人の言葉を一瞬でも信じた自分の愚かさと半年間檻の中で過ごしたことによる肉体の衰えと疲労に憤りを覚えた。僕は勢いよくこいつに飛び掛り、爪を顔に刺して引っ掛けたあと、持てる力を全て振り絞って腕を振り下ろし地面に叩きつけた。頭蓋骨が砕ける音が響き、脳やら血液やらが飛び散る。
可愛らしさに狂気を添えて。




