獣人を甘く見ていませんか
獣人は獣。獣を飼うときに必要な過程は?
そう、"調教"。しかし、顧客のディムはそれに難色を示す。奴隷商とディムの会話が生み出す重苦しい雰囲気に、奴隷のアドナインは黙って耐えることしか出来ないでいた。
「辛かったよな。この人から話は聞いたよ。可哀想に。あっ、失礼。自己紹介が遅れたね。俺はディム。冒険者だ。今は冒険者って風貌ではないが。なぜこんな格好で赴いたのかといえばだな。ん〜。」
金持ち冒険者は俯いたままの僕にわざとらしいほど陽気にそう言い放った。その光景を眺めながら奴隷商は静かに口を開く。
「貴族には重要な契約の場には正装で赴くという慣習がありますからね。ただ、その姿でここまで来るのは相当骨が折れる。ここ一帯は治安が悪いですからね。正直驚きました。"威厳"というのはここまでの危険を冒してまで守らなくてはいけないものなんですかね。こっそり済ませてしまえばいいものを。それに、あなた少し獣人を甘く見られているのでは?」
奴隷商のこの発言に僕は驚愕した。貴族相手に商品が売れるのは奴隷商として喜ばしいことではないのか。これではまるで奴隷商側が売るのを躊躇っているようではないか。驚いた拍子に目を向けるとボロ雑巾のような衣服に身を包んだみすぼらしい老人の姿があった。今までこの奴隷商の姿をまじまじと見つめたことがなかったので気付かなかったが酷く憔悴している様子だ。この人に多少の恨みを募らせていたことが今になって少し恥ずかしくなった。そして、ディムが奴隷商に冷たく言い放つ。
「私はアドナインと話しているんですが。割って入った上に長々と。なんです?売りたくないんですか?まぁどうあれ私の意思は変わりませんが。」
奴隷商が答える。
「万が一こいつがあなたに牙を剥くことがあればその責任を取るのは私です。本当のことを言うと、あなたがお互い丸腰で面と向かって会いたいと仰らなければ、"調教"が終わるまでは会わせたくありませんでしたよ。」
これを聞いて、ディムは眉間にしわを寄せた。少し視線を落としたあと、ゆっくり口を開く。
「"調教"はしないでください。」
奴隷商は分かりやすく動揺し、ほとんど話を遮るようにして答える。
「何を仰っているんですかあなたは!!!"調教"しないなんてそんな、あり得ないですよ。獣人は獣なんですよ、け・も・の!!!私にも立場というものがある。無責任なことは言えませんし出来ません。」
「わた、...俺が、...やる。」
「嘘ですね。大体仮に本当だったとして獣人の調教はプロでも相当手こずるものなんですよ。素人のあなたには無理です。まぁ、どうせ嘘でしょうけど。」
この一連の会話を聞きながら、僕は冷や汗を流していた。避けられないとは思っていたが、やはり"調教"されることになっているのか。この"調教"のニュアンスは一般的なものではない。獣人の調教では獣人が死に至る場合も往々にしてある。ミコト様の奴隷だったときはミコト様の裁量で"調教"が免除されていた。そのため、僕も"調教"に関して詳しくは知らない。ただ、とても恐ろしいものだということだけは、ミコト様から聞いていた。
「分かりました。ではプロに"調教"してもらった、ということにしましょう、公においては。」
ディムがそう言うと奴隷商が呆れたようにこう返す。
「バレたら誰が責任を取るんですか。どうせ私ですよ。」
「いえ、そんなことはありません。もしバレれば、私があなたを騙したと申し出ます。そうすれば罰を受けるのは私だけですよね。」
「その言葉を信じろ、そう仰るわけですか。...元々私に断る権利なんてなかったですね。」
奴隷商の目から光が消えた。
(助かった...?)
その後淡々と契約が交わされ、ディムと一緒に埃だらけの小さな接客室から出ると、すぐにディムのボディーガードらしき人物がディムに近づき慌てた声で言った。
「お怪我はありませんか?はぁ、こんな勝手はこれっきりにしてくださいねディム様。」
「うん。」
ディムが静かにそう答える瞬間にはもう既に何人ものボディーガードがディムと僕を囲んでいた。ディムの安否を確認したくせにどうして僕のことはノーマークなんだという疑問が浮かんだが、それもディムの我儘によるものなのだろうか。安堵と不安、虚しさが心を交錯し、身体が温かくなったり冷たくなったりしているように感じられる。とにかく助かった、そういう解釈で良いのだろうか。
「はぁ。」
思わずため息が溢れた。
奴隷側から見て、奴隷商と顧客の会話はどのように聞こえるのか、そんな事を考えながら書きました。




