表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

第5章 立ち止まる決断

大学の四年間は、瞬く間に過ぎていった。

千佳子はいつも友人たちの輪の中にいた。

学生主導の行事の実行委員には、決まって名を連ね、研究室の雑務なども、率先して引き受けた。

裏方仕事は嫌いではなかった。

誰かの役に立つことや頼りにされること、感謝されることは素直にうれしかった。

けれど、本当にやりたいことは、結局何も見つけられなかった。

働きたいと思える職種も思い浮かばず、就職活動にも身が入らない。


夕食どきに交わされる母との会話にも、次第にうんざりしていった。

「卒業したらどうするの?」

「お友だちは、どんなところに就職するの?」

「千佳子はN女子大なんだから、いざとなったらお父さんが、知り合いに頼んでくれるから大丈夫よ」

「うちの印刷所でも、千佳子一人ぐらいなら雇えるから安心して」

母は、千佳子が何も答えなくても、声を荒げるようなことはなかった。

ただ、当たり前のことのように、将来の選択肢を並べていく。

その一つ一つが少しずつ折り重なって、胸が重くなっていく。

だんだんと母と顔を合わせないように、就職活動、卒論作成を理由に、帰宅時間が遅くなっていった。


そんなときN女子大付属高校の事務職員の募集を知り、一も二もなくこの話に飛びついた。

千佳子にとってそれは願ってもいない、「ちゃんとした就職先」だった。

教授の推薦もあり、採用はすんなり決まった。



通いなれた大学に隣接する高校の事務職員。

この仕事は自分に向いていると思えた。教員の補助、学生や保護者への対応。大きな事件は起こらず、毎年決まったサイクルで仕事は回っていく。


三年目、仕事にもすっかり慣れたころ、同じ職場の男性と結婚をした。

同僚たちに結婚を報告すると、「えっ?二人って付き合っていたの?」と周りが驚くほど、静かな交際だった。

「ちゃんとした職場のちゃんとした人」ということで、両親たちも素直に祝福してくれた。

彼の実家の近くのマンションで、二人での生活が始まった。


宮本家は、よくも悪くも、全てが母の采配で回っていた。

そこから離れた千佳子は、何を基準に行動すればよいのか分からなくなった。

朝ごはんはパンがいいのかご飯がいいのか、夜ご飯はおかずを何品作ればいいのか、そんな些細なことに戸惑った。

尋ねても彼は「なんでもいいよ」「千佳子のやりやすいようにして」と答える人だった。

本当は、ここで、話し合って、二人のスタイルを創り上げていけばよかったのだろう。

後になってそう思う。

けれど、その頃の千佳子は、何も言わない夫の本心を察し、それを先回りして差し出すことが愛だと信じていた。

言葉にできず黙り込む生徒に寄り添い、その想いをくみ取り、表現するのを手助けしてきたのと同じように。


そして三十歳の誕生日、冬実からメッセージが届いた。

「お誕生日おめでとう。あなたらしく輝く30代を過ごしてくださいね。太陽のように明るく素敵なあなたと親友であることは、私の人生の誇りです」


冬実はいつも、自分らしく生きていた。たぶん、本人は気付いていない。

彼女は、決してその他大勢の側には立たなかった。


その彼女に、誇りだと思ってもらえる自分でいたい。

立ち止まって、自分の人生を取り戻したい。

胸の奥から、湧き上がってくる思いを、無かったことにはできなかった。

もう、自分にも、親友にも、嘘をつくのをやめよう。

そうして千佳子は、離婚を決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ